池田
コロナ肺炎の薬物治療がどのような状況になっているかという質問です。現在ワクチン接種をしたり新型コロナウイルスに感染した人がたくさんいるので、集団免疫ができてきたと思われます。このような中で肺炎などの重症化する症例はまだ多いのでしょうか。重症化する症例は、どのような背景を持つ方でしょうか。
氏家
ワクチン接種も普及していますし、何度か感染を繰り返した方もいますので、すでにコロナウイルスに対する免疫をたくさんの方が持っていることが一つあります。また、治療薬もたくさん開発されていますし、ウイルス自体もオミクロン株に変わって、以前の株と比較すると重症化リスクが低い傾向にありますので、全体的に新型コロナウイルス感染症の重症化リスクは低下しています。
一方で、特定の集団、特定の患者さんでは、依然として重症化のリスクが高い方もいらっしゃると思います。ある研究では、特に高齢者では、ウイルス量の増加や免疫反応が低下するということで、コロナの重症化、そして死亡のリスクが高いことが報告されています。特に75歳以上になると、感染した場合の死亡リスクが高くなりやすいという報告もあります。
こういった報告の中では、重症化の主な要因として、ウイルスがなかなか減っていかないクリアランスの低下、免疫細胞数が高齢者では減少していること、そして炎症反応が高くなりやすいことを挙げています。
それは高齢者だけでなく、コロナウイルスに感染した小児を3,000人以上評価した研究報告でも、重症化リスクの要因としては、小児の中でも年齢が高い、免疫反応が起こりやすいという意味だと思いますが、慢性の疾患を持っていること、そして有病期間が長いことが報告されています。
こうした条件を考えると、やはり高齢者は重症化リスクが高いといえますし、その他の基礎疾患を複数持っている方、免疫不全状態にあるような方では、肺炎、重症化のリスクが相対的に高い状態にあると思います。
実際2024年、基幹定点医療機関からのコロナの入院患者報告では、これまで約9万人の報告がありますが、70歳以上の方が約4分の3を占めています。
池田
やはり高齢者、基礎疾患のある方ということですが、単純に新型コロナウイルス感染症でウイルスが増えて免疫が反応して肺炎になるという以前の図式では、今の重症化は説明できないでしょうか。
氏家
ご指摘のように、新型コロナウイルスそのものは重症化のリスクが下がっていますから、ウイルスそのものというよりは、相対的に見れば、もともと高齢によって身体機能が落ちているとか、複数の疾病に罹患していることが、重症化に関連してきていると思います。
特に新型コロナウイルス流行の初期から中期にかけては、高齢者に対してかなり感染予防の対策を立てていましたので、入院してくるような患者さんは、比較的社会的に活発な中高年の方が多かったと思います。
新型コロナウイルスのみを考えた場合には、治療は新型コロナウイルス感染症に対するものが一般的でしたが、現在では高齢者の入院のほうが多いので、コロナウイルスだけではなく肺炎といっても誤嚥性肺炎を併発しています。抗菌薬を用いた治療が必要であるとか、新型コロナウイルス感染症の治療が終わってもADLが低下することによって、社会調整が必要になって入院が長期化する患者さんも多数いるように思います。
そして重症化の機序に関して、もともと典型的にはSARS-CoV-2ウイルス、新型コロナウイルスが臓器に、特に肺に感染して、そこで炎症を惹起して酸素需要が増えるようなことが肺炎の病態として考えられます。また、サイトカインストームと呼ばれるような過剰な炎症反応が臓器障害を促進すると、多臓器不全により病態が悪化するという機序があったと思います。
こうした全身性の炎症反応は、呼吸器の臓器ではARDSと呼ばれるような急性呼吸促迫症候群に進展し、酸素の換気が著しく低下することが病態として考えられます。また、そういった炎症性の変化が血管内皮細胞の損傷、そして血管透過性の亢進といった病態に伴って、血栓症、脳梗塞、凝固異常障害などの合併症の問題につながるようなことも、典型的には起こっているだろうと思います。
池田
そのような重症化の機序は考えられていますが、それに対するステロイドや免疫調整剤がたくさん出ています。薬剤の作用機序はわかっているのでしょうか。
氏家
ご指摘のように、ステロイドは最初に治療薬として確立した新型コロナウイルス感染症の治療の典型です。特に死亡率の低下につながるとの研究結果を受けて、最初に最も使われるようになった治療薬の一つです。
特に、デキサメタゾンがイギリスの研究で用いられたことで、一般的に使用されるようになりました。リカバリーという試験です。作用機序としては、炎症を抑える抗炎症作用によって過剰な炎症反応やサイトカインストームを抑制し、臓器障害を軽減する。また、肺胞や血管内皮の損傷を軽減して、血管透過性の亢進を抑制することで肺水腫などの合併症のリスクを低減すると考えられます。
ただ、適用が中等症Ⅱといわれている酸素需要を必要とする病態以上の患者さんで使うことが重要で、酸素需要のないような軽症の患者さんに使用すると、かえって予後が悪化するというデータも出ている治療方法です。
また、ステロイドは、コロナウイルスの感染の後に生じうる器質化肺炎のような病態では、少しその用量や治療期間が変わってくると思いますが、典型的にはデキサメタゾン6㎎を7~10日程度使用するのが一般的です。また、免疫調整薬に関しては、トシリズマブというIL-6の受容体拮抗薬とJAK阻害薬のバリシチニブというものが新型コロナウイルス感染症にも治療適用があります。
この免疫調整薬は、ステロイドよりもさらに重篤な病態、具体的には人工呼吸管理が必要であったり、ECMO(体外式膜型人工肺)の導入が必要とされるような病態の入院患者に対して使用することで、その他の治療と併せて死亡率を下げるという報告がされています。こちらもステロイドと同様に、新型コロナウイルス感染症による過剰な炎症反応やサイトカインストームを抑制することで重症化を防ぎ、予後を改善することが期待されています。
こちらの免疫調整薬を使用することで炎症反応、CRPなどが上がらなくなり、ほかの感染症を併発したときに評価が難しくなるようなこともありますので、ほかの併発する感染症に対する抗菌薬の適用などはよく考えながら治療を行う必要があるだろうと思います。また先ほどお話ししたように、適用が重篤な病態の新型コロナウイルス感染症に限られています。近年では新型コロナウイルス感染症の病態で重症化する事例が少なくなっているので、そういった治療を必要とする患者さんも少なくなっている状況だろうと思います。
池田
重症化リスクの高い高齢者、基礎疾患のある方の予防が今後も重要になると思いますが、最近ではどのような動きがあるのでしょうか。
氏家
2024年3月までは予防接種法の特例接種というかたちで、1年に1~2回、高齢者であれば2回、無料で予防接種が受けられましたが、4月以降は65歳以上の高齢者、そしてハイリスクの60~64歳の高齢者に対して、定期接種のB類というかたちで一部自己負担を伴いますが、年に1回のワクチン接種が定期接種化されています。
オミクロンのJN1という新しい株に合わせたワクチンが2024年10月から定期接種になったので、そういったワクチンを特に重症化しやすい高齢者が積極的に活用して予防していくことは、非常に重要だと思います。
また予防の観点では、まだ日本では承認されていませんが、中和抗体製剤が挙げられます。これまで使われていた中和抗体製剤は、今のオミクロン株には免疫逃避が非常に進んでいますので、使用できません。JN1にも有効な中和抗体製剤について、2024年12月27日に承認済み[シパビバルト(遺伝子組換え)]ですが、まだ販売開始されていません。そういったものが使用できるようになれば、特にワクチンを受けても免疫が誘導されない強度な免疫不全の方などでは、事前にこうした中和抗体製剤を使用することで感染したときの重症化のリスクを予防することが可能になるだろうと思います。
池田
とにかく重症化リスクの高い方たちに感染させない、患者さん自身はワクチン等で身を守るということですが、その周りの人々はどのように対策したらよいでしょうか。
氏家
コロナのときにみんなで感染対策を強化したことで、インフルエンザの流行もありませんでしたし、感染対策は、感染を予防する際に非常に重要であるといえます。なので、一般的な感染対策として流行時期の人混みではマスクを着用したり、外出後に手を洗ったり、基本的な対策をきちんと続けていくことは重要だと思います。
また新型コロナウイルス以外にも、同じようにインフルエンザ、RSV、肺炎球菌など併発することで重症化のリスクが上がるような感染症も流行します。特に高齢者は定期接種で肺炎球菌とインフルエンザのワクチンが使用できますし、RSウイルスに関してもワクチンが承認されて任意接種で使用できるようになっています。RSウイルスワクチンは、欧米では75歳以上で定期接種として使用することが推奨されていますので、事前にできる感染対策を実施していくことは非常に有効な予防手段ではないかと考えています。
池田
ありがとうございました。