ドクターサロン

山内

まず、胃切除後の貧血は比較的早くから出現するものなのでしょうか。

熊谷

はい。ご存じのとおり、手術後の貧血には大きく2つのパターンがあります。一つは鉄欠乏による小球性の低色素性貧血。もう一つはビタミンB12欠乏による大球性正色素性貧血、いわゆる巨赤芽球性貧血です。

前者の鉄欠乏性貧血のほうは比較的早期から出現する一方で、後者のビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血は、肝臓にかなりの量のビタミンB12の貯蔵があるので、術後3年、あるいは4~5年経ってから初めて出てくると書かれているものも多いのですが、実際に胃全摘術後の方を拝見していると、もう少し早い段階から血液検査上で大球性貧血が見られることが多くなっています。

もちろん神経症状が出るほどの貧血に至るまでには3年、あるいは4~5年かかるのかもしれませんが、そうなってからの補充となると、かなり頻回な受診が必要になります。その前段階から、手術後半年あるいは1年目から大球性貧血の傾向が見られた場合にはビタミンB12製剤を筋注で補充することが多いです。そういったかたちで早めに介入するようにしています。

山内

最終的には、ほぼ全例で貧血が出てくるのでしょうか。

熊谷

はい。まず、いずれの胃の手術においても、鉄欠乏性貧血は、程度の差はあっても皆さんに出てくるものです。一方、ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血に関しては、一般的には胃全摘術後は必発です。胃全摘術後でなくても、残胃が小さいような術式、胃の亜全摘や噴門側胃切除などでは、胃がある程度残っていても巨赤芽球性貧血が出ることがあります。

山内

手術する側からすると、全摘にせずに亜全摘でも巨赤芽球性貧血が出てくるというお話でしたが、手術の術式を工夫して、多少予防的にするようなことはあるのでしょうか。

熊谷

はい。貧血に限らず、例えば一般的には胃全摘が考慮されるような広い病変のがんでも、胃の上部を残すような手術、特に胃の穹窿きゅうりゅう部を残すような手術で、何とか亜全摘として、根治性を損なうことなくできる方には、できるだけそういった手術を選択しています。

それは今お話に出ている貧血の問題もありますし、それ以外にも、胃の穹窿部というのは食欲をつかさどるグレリンというホルモンを分泌する領域ということもわかっていますので、それも含めて、温存できる胃は温存するという試みをしています。

また、胃の中部の早期胃がんに対する手術術式の選択肢として、幽門保存胃切除というものがあります。これは胃の中部を2分の1くらいの範囲で切除して、残った胃の上部と幽門部を吻合するという術式ですが、様々な胃がんの術式の中では、術後の貧血の程度が最も軽いです。また、その他の栄養指標、術後の体重や筋肉量減少などに関しても、ほかの術式、特に標準的な幽門側胃切除と比べてかなり栄養の面で有利だということがわかっています。可能な方にはこういった胃の温存術式を選択するようにしています。

山内

次に薬の導入ですが、今までのお話にもありましたが、早期から治療を介入したほうがやはりいいだろうということです。これに関しての意義は、治療が遅れてしまってビタミンB12欠乏の貧血や神経障害などが出てきたら困るということですね。

熊谷

教科書的には術後3~5年経ってからということですが、そこまで何も介入しないで経過を見ていた場合に、例えば神経症状が出ないまでも、血液検査でかなり高度の貧血、大球性貧血が生じる可能性が高いと思います。

というのは、その時期になると、だいたい受診の頻度は半年に1回ぐらいになってきます。そうしますと、かなり進行した状態の貧血で来られて、そこからそれを回復するためには連日ビタミンB12の筋注に通っていただき、しかも数週間を要することになります。かなり濃厚な治療が必要になる可能性が高いので、枯渇し始めているという傾向が見られたならば、早めに補充して、半年に1回程度の受診のたびに筋注で補充したほうが、患者さんにとっても負担は少ないのではないかと考えています。

山内

確かにそれは大きなポイントですね。月に何回も来なければいけないのはたいへんですから、年に2回で済むというのは非常にいいことですね。

熊谷

そのように思います。

山内

ここから少しビタミンB12製剤の具体的な話をうかがいます。こちらは、今のお話ですと、筋肉注射でなければいけないのですね。

熊谷

そうですね。教科書的には、キャッスルの内因子という、胃の壁細胞で作られるものがビタミンB12と胃の中で結合して、それが回腸の末端で吸収されるというのがビタミンB12の主たる吸収ルートですので、胃全摘をすると内因子が損なわれた状態で吸収はできないと教わってきたわけですが、実際には、ビタミンB12は小腸で受動拡散というかたちでの吸収のルートもあるようです。

最近は経口のビタミンB12製剤での補充も行われています。用量としては、メコバラミン1.5㎎を1日3回連日服用いただくことで補充可能と教科書的にも書かれています。さらに最近ではもうすこし少ない量、具体的には3分の1の量の1日0.5㎎でも1.5㎎に劣らないビタミンB12の補充ができるという臨床試験の報告もあります。そういったことを考えると、内服での補充という選択肢もあると考えています。

山内

特に術後早期では、経口剤で補給するというのも十分メリットがありそうですね。

熊谷

術後早期ではそうですね。ただ、毎日1回で済むならまだいいですが、1日3回を連日内服というのは患者さんにとってはもしかしたら負担かもしれないかと思います。

それでしたら半年に1回来るときに注射するほうが楽という方もおられるかもしれない。

山内

ケースバイケースになりますね。

熊谷

はい。

山内

次に鉄剤に関して少しうかがいます。鉄剤は種類を選ぶという話がありますが、この辺りはいかがでしょうか。

熊谷

最も広く用いられている経口鉄剤はクエン酸第一鉄かと思いますが、こちらについては酸性から塩基性まで幅広いpHで吸収されますので、食事の影響や、胃の手術によって低酸あるいは無酸といった状態でも問題なく吸収できるとされています。

一方で、クエン酸第一鉄に関しては、内服後に気持ち悪いとおっしゃる方がおられます。こういった副作用を軽減したものとして、硫酸鉄がありますが、こちらは吐き気とか、胃がある方は胃の痛みといった副作用を軽くするために、胃酸によってゆっくり溶けて吸収されるというかたちになっているようです。

その点はいいのですが、胃の手術後の方に関しては酸がない、あるいは少ない状態で、吸収効率は悪いとされていますので、胃の手術後の方に関しては、前者のクエン酸第一鉄のほうが望ましいと考えています。

山内

先生はサプリメントはあまり使われていないですか。

熊谷

はい。患者さんが自ら希望されて、鉄のサプリを飲んでいますとおっしゃる場合にはそれを続けていただいて、血液検査で貧血の推移を見るようにはしますが、実際、外来受診時に貧血が見つかって介入するとなった場合には、サプリの場合、どれくらいの鉄を取れているかという把握ができないので、内服薬を処方して飲んでいただきます。

山内

この薬の効果の判断には、具体的に血清鉄、ないしビタミンB12の値を重んじますか。それともヘモグロビン値で決めますか。

熊谷

毎回の血液検査でみているのはヘモグロビン値と赤血球容積、あるいは赤血球ヘモグロビン濃度なので介入を決めるのもそれを指標にしています。

ビタミンB12の補充をするとなった場合、やはりその濃度はフォローしなければいけませんので、採血項目に加えてはいきますが、実際には、介入のタイミングを決める場合も、介入の終了を決めるにあたっても、ヘモグロビン、赤血球容積、赤血球ヘモグロビン濃度などを参考にして決めています。

山内

ありがとうございました。