山内
まず、緩徐進行1型糖尿病ですが、専門外の医師にとっては少々耳慣れない疾病かと思いますので、その概念から少し掘り起こしてお話し願えますか。
及川
緩徐進行1型糖尿病は、診断当初は糖尿病ケトーシスやケトアシドーシスがなくインスリン非依存状態だったものが、その後(典型例の場合)数年程度かけて徐々に内因性インスリン分泌能が低下し、最終的に内因性インスリン欠乏状態(インスリン依存状態)に進行する糖尿病です。経過のどこかで膵島関連自己抗体が陽性であることが必須です。
山内
「1型」糖尿病の未病の段階と考えてよいのでしょうか。
及川
病初期はインスリン非依存状態であっても慢性高血糖状態を呈しており、1型糖尿病の病態の潜在が高血糖状態の形成と維持にかかわっていると考えられますので、病態学的には1型糖尿病の未病という捉え方はしていません。
山内
コホートスタディなどで、血糖値が全然上がっていないのにGAD抗体等の自己抗体が陽性のケースはないのでしょうか。
及川
学会等で症例報告が散見されますが、私の知る限りまとまったかたちでのコホート研究はほとんどないものと思われます。
山内
緩徐進行1型糖尿病を診断する際に自己抗体の陽性が必須ということですので、まずはこの辺りの解説をお願いできますか。
及川
緩徐進行1型糖尿病について臨床的に重要なことは、糖尿病と診断された初期の段階では、一見すると2型糖尿病との区別がつかないという点です。典型的な急性発症1型糖尿病や劇症1型糖尿病では、高血糖に伴って糖尿病ケトーシスやケトアシドーシスの状態で医療機関を受診し診断に至りますが、緩徐進行1型糖尿病疑い[緩徐進行1型糖尿病(probable)]の段階では、通常、糖尿病の診断時に急性代謝失調を認めません。
一般的な臨床像も2型糖尿病と重なる部分が多いことから、2型糖尿病との鑑別に役立つ臨床情報は自己抗体の有無ということになります。
緩徐進行1型糖尿病の診断の際には、従来はglutamic acid decarboxylase antibody(GAD抗体)とislet cell antibody(ICA、膵島細胞抗体)が用いられていました。
山内
基本的には自己免疫疾患であるという認識でよいですね。
及川
そのように理解されています。
山内
最近、その抗体としていろいろなものが出てきているようなので少しご紹介願えますか。
及川
自己抗体にはGAD抗体とICA以外に、insulinoma-associated antigen-2 antibody(IA-2抗体)、zinc transporter 8 antibody(ZnT8抗体、亜鉛輸送担体8抗体)、insulin autoantibody(IAA、インスリン自己抗体)があります。ただし、IAAはインスリン治療開始前にインスリン抗体を測定した場合に限ります。
山内
診断上はこの5つすべてそろわなければならないのか、どれか1つでいいのか。この辺りはいかがですか。
及川
2023年に緩徐進行1型糖尿病の診断基準が改訂されました(表)。それまではGAD抗体とICAのみが診断基準で用いられていましたが、新しい診断基準では5つの自己抗体のうちどれか1つでも陽性であれば診断可能ということになりました。
山内
これらの測定はすべて保険でカバーされるものでしょうか。
及川
1型糖尿病疑いという保険病名で測定できるのは現時点ではGAD抗体とIA-2抗体の2つです。ただし、IA-2抗体はGAD抗体が陰性だった場合にのみ測定することができますので、注意が必要です。
一方、IAAに関しては1型糖尿病疑いの保険病名で測定が認められる地域とそうではない地域があるようです。ZnT8抗体とICAは保険収載されていない検査項目です。
山内
基本的にはGAD抗体のほか、IA-2抗体までは測っていただければという感じになりますね。
及川
そのとおりです。
山内
インスリン依存/非依存というのは、結局のところはインスリンが出ているか出ていないか、分泌能力があるかどうかということであり、この指標として血清C-ペプチド濃度が参考になると思います。この基準やカットオフ値についても少し解説いただけますか。
及川
日本糖尿病学会1型糖尿病調査研究委員会(劇症および急性発症1型糖尿病分科会)において、一定の条件を満たした急性発症1型糖尿病患者の空腹時血清C-ペプチド濃度を調査したところ、その平均値ならびに中央値がそれぞれ0.61ng/mL、0.55ng/mLであることが示されました。さらに海外からも同程度の数値が報告されていたことから、空腹時血清C-ペプチド濃度が0.6ng/mL未満を内因性インスリン欠乏状態(インスリン依存状態)と定義し、緩徐進行1型糖尿病の新診断基準の項目の1つに採り入れられました。
山内
それとインスリン非依存状態、これはインスリンを打たなくても直ちに致命的にはならない状態ということだと思いますが、この期間も決められたみたいですね。
及川
糖尿病の診断後、少なくとも3カ月間は高血糖是正のためのインスリン療法が不要ですが、典型例では糖尿病の診断後6カ月を過ぎてからインスリン療法が必要になり、最終観察時点で内因性インスリン欠乏状態になると定義されています。
山内
急性発症1型糖尿病ではハネムーン期間(インスリンが不要ないしほとんど不要な期間)を認めることがありますが、さすがに糖尿病の診断後6カ月以上にわたってインスリン療法が不要となりますと、やはり通常の1型糖尿病とは違うという印象がありますね。
及川
典型的な急性発症1型糖尿病では、高血糖症状出現後3カ月以内に糖尿病ケトーシスあるいはケトアシドーシスに陥りインスリン療法が必要になります。そこで急性発症1型糖尿病との鑑別に配慮し、「3カ月」という数値が緩徐進行1型糖尿病の診断基準に明記されています。
山内
抗体が陽性であるということ、そして実際の治療から遅れてインスリン依存状態に進行すること、この2つはわかりますが、内因性インスリン分泌を反映する血清C-ペプチド濃度はどのポイントで測定するのがよいのでしょうか。
及川
血清C-ペプチド濃度の測定のタイミングですが、まずは糖尿病の診断時に測定を考慮します。糖尿病の診断当初、急性発症1型糖尿病や劇症1型糖尿病が除外され臨床的に2型糖尿病が疑われるも、いずれかの自己抗体が陽性かつ空腹時血清C-ペプチド濃度が0.6ng/mL以上であり、診断後少なくとも3カ月以上にわたってインスリン療法が不要であれば、緩徐進行1型糖尿病(probable)と判定されます。その後は、経年的に血清C-ペプチド濃度は緩やかに低下していくことが予測されます。
治療経過中の場合は、血糖コントロールの悪化時や血糖コントロールに苦慮するようになったときに測定を考慮します。その結果、空腹時血清C-ペプチド濃度が0.6ng/mL未満であれば緩徐進行1型糖尿病(definite)と診断されます(表)。
山内
その時点でインスリンを含めた治療介入が本格的になると考えてよいのですよね。
及川
原則として強化インスリン療法を行います。
山内
隠れて存在している可能性も随分ありそうな気がしますが、いかがですか。
及川
日本糖尿病学会1型糖尿病調査研究委員会による全国調査の結果、臨床的に2型糖尿病と考えられる糖尿病診断後5年以内の症例のうち、いずれかの自己抗体が陽性のケースが10%に認められました。このように緩徐進行1型糖尿病(probable)症例は意外に多く存在している可能性があり、これらのケースを見落とさないように注意しなければなりません。
山内
私も昔、肥満の患者で、うっかり2型糖尿病だろうと思って自己抗体を測定せずに経過をみていたら糖尿病ケトアシドーシスになってしまったケースを経験したことがあります。これは肥満の患者さんでも起こりうると理解してよいのですね。
及川
上述した全国調査の結果、緩徐進行1型糖尿病(probable)相当例の5人に1人は肥満を伴っていましたので、肥満のある人でも緩徐進行1型糖尿病のケースは存在しうるとご理解ください。
山内
初診時、少なくともGAD抗体に関してはルーチンで測ってもいいかなという感じでしょうか。
及川
緩徐進行1型糖尿病(probable)と2型糖尿病を早い段階から正しく鑑別するために、糖尿病の診断時には、まずはGAD抗体の測定をお勧めしたいと思います。
山内
最後に、簡単に治療方針を解説願えますか。
及川
2023年、日本糖尿病学会1型糖尿病における新病態の探索的検討委員会から緩徐進行1型糖尿病(probable)例に対する治療介入のステートメントが公開されました。
これまではインスリン非依存状態であってもインスリン療法が選択されるケースが少なくなかったと思います。今回のステートメントではこの点が見直され、エビデンスのある薬剤として従来のインスリン療法に加えてDPP-4阻害薬とビグアナイド薬の使用が推奨されました。またエビデンスは限定的ですが、GLP-1受容体作動薬の使用も考慮されます。
一方、インスリン依存状態への進行リスクを高める可能性のあるSU薬の使用は避けなければなりません。また、チアゾリジン薬(ピオグリタゾン)についても、ビグアナイド薬と比べてインスリン依存状態への進行リスクが高いという報告があることから、その使用は推奨されていません。その他の経口血糖降下薬については現時点で一定の見解がなく、その適否については今後の検討課題となっています。
山内
どうもありがとうございました。