ドクターサロン

池田

Primary Lateral Sclerosis(PLS)について質問が来ています。聞き慣れない言葉ですが、この概念というのは以前からあるのでしょうか。

清水

PLSの臨床的概念は古くからあります。ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気があるのですが、その中で筋萎縮が来ないタイプをPLSと位置づけたという臨床的な経緯があります。何年経っても筋萎縮が来ないタイプをPLSと考えようというところから始まったというのが歴史ですね。

池田

どうして筋萎縮が来ない症状になるのでしょうか。

清水

そこは難しいですね。そもそもALSもかなりバリエーションに富んだ疾患で、経過の速い人から遅い人までいるのですが、なぜその進行が速いか遅いかは、いろいろ論文はあるのですが、まだわかっていないところがあります。ましてやPLSの生命予後がなぜ長くなるかはわかっていないのですが、一つは、横隔神経が障害されると呼吸筋麻痺、呼吸不全になって亡くなる。ALSはそれで生命予後が短いのですが、PLSは末梢神経や運動神経は障害されないということで、呼吸筋麻痺が来づらい。そういうところで長いのだとは思いますが、では、なぜ筋萎縮が来ないのか、横隔神経も障害されないのかという理由はわかっていません。何らかの防御的因子というのが想定されていますが、全く未知の段階です。

池田

では、PLSとALSの差は、上位運動ニューロンは障害されているけれども、下位運動ニューロンの障害の程度がPLSのほうが軽い、とそういうイメージなのでしょうか。

清水

軽いというかほとんどありません。筋電図を行うと多少軽い所見は出てくるのですが、そこにずっと留まっているということです。

池田

下位運動ニューロンの障害が少ないということが特徴だけれども、その原因はわかっていないのですね。

清水

わかっていないのです。

池田

考え方として、PLSとALSは違う病気なのでしょうか。

清水

そこが難しいところで、違う病気だと主張している方も多いのですが、実はPLSで亡くなった方を解剖すると、TDP-43というALSに特徴的なタンパクが溜まっているという報告が多数あります。TDP-43というタンパクはALSのホールマークで、それが溜まっているということはALSの類縁疾患であると位置づけられることから、独立した疾患であるとは今の時点では断定できないというのが現状です。

池田

言いにくいことですが、TDP-43は剖検のときに調べるのですよね。

清水

はい、そうです。

池田

いわゆる生体内でのTDP-43を測る方法はあるのでしょうか。

清水

今の段階では確立されたもの、すなわち臨床応用できるものはまだないのですが、いろいろと試みはされています。TDP-43を放射線学的に映し出す方法、要するに脳内にどれだけ溜まっているかを調べる方法や髄液のTDP-43を測る試みはされているのですが、まだ確立されてはいないですね。感度や特異度でいろいろと問題があるのだと思うのですが、まだ臨床応用には程遠いという段階です。

池田

近年、神経変性疾患の診断にどのようなタンパクがどこに沈着、集積しているかが非常に重要視されていますよね。それと同じイメージなのでしょうか。

清水

そうです。今、蓄積タンパクで疾患が分類されるようになってきていますので、TDP-43プロテイノパチーと呼んでいますが、TDP-43が溜まっていれば、そういったところに分類されるので、PLSが独立疾患とはいえなくなってしまう。少なくとも現段階ではPLSに特異的な凝集タンパクというのは全く報告されていません。

池田

その辺りが今後の研究課題ということで、先生にもぜひ頑張っていただきたいと思います。現時点におけるPLSの疫学等はわかっているのでしょうか。

清水

PLSは年間10万人に約0.5人の発症率で非常に珍しい疾患です。経過がALSより長くて、生命予後は発症から7~15年、ALSはだいたい4年といわれていますので、倍以上の長さがあります。

ALSと少し違うのは、下肢発症が非常に多いことです。ALSは左右差のある疾患なのですが、PLSは左右差がなくて両下肢から症状が出てくる。それから、いわゆる仮性球麻痺による呂律不良や嚥下困難、それから排尿障害を呈することもあって、臨床症状、経過はやはりALSとは違うところがあります。そういう意味でも非常に特異的な、変わった疾患であるといえるかもしれません。

池田

要するに足から症状が出て、上肢の変性はあまりないのでしょうか。

清水

いえ、年月が経つと必ず上肢にも来ます。ですから、最終像は四肢麻痺の状態になって、いわゆる寝たきりの状態になってしまうという経過をたどるのはALSと同じなのですが、ALSは上肢発症が非常に多いのに対し、PLSは非常に少ないというのが特徴です。

池田

やはりALSの鑑別が必要になるので、例えば筋電図やMRIで検討されるのですが、ALSと違う所見はあるのでしょうか。

清水

まず筋電図は何のために行うかというと、下位運動ニューロン、末梢運動神経が障害されているかどうかを調べるのですが、ALSはここに異常がないとALSと診断できないのに対し、PLSはここに異常がないのです。あっても非常に軽度だといわれています。

また筋電図は、ALSでは経時的にどんどん悪化していくのですが、PLSは経時的に追っても悪化しません。それが一つの特徴です。MRIではなかなかALSとPLSの区別は難しいです。両方とも運動野といわれる大脳皮質が障害されますのでそこの信号異常や、錐体路といわれる上位運動ニューロンが走行する線維束が白く光ってきたりします。それはALSとだいたい同じような所見を呈してきますので、なかなかMRIだけで鑑別することは難しいかもしれません。

池田

ALSだと鑑別も、あるいは疾患概念も、独立しているか難しいとうかがいましたが、現時点における診断基準のようなものはあるのでしょうか。

清水

はい。診断基準も変遷していますが、最近では2020年にターナーらが報告したものが一番新しいです。それほど複雑な診断基準ではなく、痙性麻痺があって、筋萎縮が2年以上ないというのが大前提です。運動ニューロン疾患はすべてそうなのですが、除外診断、鑑別診断が非常に重要で、ほかの疾患がきちんと否定されていることが大前提です。感染症や遺伝性疾患が否定されていること。そして2年以上筋萎縮がないことですが、4年以上、筋萎縮がないものを「 PLS確実例(Definite PLS)」、4年未満のもの、すなわち2年、3年のものを「 PLS疑い例(Probable PLS)」と呼ぶように診断基準では想定されています。

池田

これは極めて臨床的所見ですね。

清水

そうです。バイオマーカーがありません。

池田

そうですね。それに除外診断が大前提ということですので、やはり長い間の経過観察をしなければいけないのですね。

清水

そういうことです。

池田

特にPLSとの鑑別が重要な疾患というのは、ALSのほかに何かありますか。

清水

一番重要なのが今申し上げた上位運動ニューロンが優位の、すなわち痙性が優位のALS。それから重要な鑑別がもう一つがあって、遺伝性の痙性対麻痺です。これはHereditary spastic paraplegia(HSP)といわれているものですが、これがPLSと非常によく似た臨床症状になります。ただ、HSPの場合はだいたい遺伝歴があるのと、かなり遺伝子異常が報告されています。例えばSPG7やSPG11などいろいろ報告されていますので、そういうものを測ることによって鑑別することができます。

あとは、遺伝性ALSの中にPLSのように見えるものがあります。ALS2といわれているものや欧米に多いC9orf72という遺伝子が異常なものは、少し変わったタイプを取ることがあり、鑑別になってきます。

もう一つは、これもまれな疾患ですが、adrenoleukodystrophy(副腎白質ジストロフィー)、これは遺伝性疾患です。あとはprimary pro gressive multiple sclerosis(一次進行型多発性硬化症)。これも鑑別ですが、これはだいたいMRIでいろいろな特徴が出てきますので、それほどは難しくありません。

もう一つはウイルス性感染で、HTLV-1ウイルスというのがあります。これに感染した人に起こる脊髄症をHAMと呼んでいますが、それが大きな鑑別になります。これもウイルス抗体を測ればだいたい診断はつきますので、鑑別診断を思い浮かべていればこういった疾患は否定はできるかと思います。

池田

私たちにとっては、本当にすべてが難しい疾患です。こういったものを鑑別して、筋萎縮が長期間ないものを現時点においてはいったんPLSと診断をしておこうということですが、診断のところで4年という数字があります。この根拠はあるのでしょうか。

清水

特に4年という数字にはっきりとした根拠があるわけではないと思います。日本の学会では5年とか6年という人もいますので、だいたい4~5年、6年なければPSLかなと疑うということです。ただ、ALSでも、4年目や5年目で筋萎縮が出てきたという報告もありますので、4年ということでクリアに線を引くことはできないですね。やはり確実診断のためには長期フォローをすることになってくると思います。

ただ診断基準を作るとき、例えば将来、何か治療法が出てきて治験をやらなければいけないとき、患者さんは4年も待っていられないわけです。それで2年、3年という数字が出たときに疑い例ということで早期治験に入れるような配慮がなされた診断基準なのだと思います。

池田

将来を見据えた診断基準ということなのですね。診断をいったん付けておいて、治療法としてはやはり対処療法になるのでしょうか。

清水

はい。PLS自体がまれで治験が行われていませんので、現時点でやれることは対処療法です。リハビリテーションを含めた対処療法になりますが、医学の進歩がかなり激しくて、ALSでも治療法がどんどん出てきていますね。根本治療はないものの、進行を遅らせる治療は3つあります。おそらくそれに準じた治療をするかどうかが今後の一つの課題になるかと思います。ALSの診断基準はどうしても筋萎縮が必須項目ですので、現時点ではALSの治療をPLSに組み替えることはできません。ただ、将来そこが変わっていく可能性は高いと思っています。

池田

そういうことからも4年、あるいは2~3年というのが意味を持ってくるのですね。

清水

そうです。早期治療ということですね。

池田

先生方はこういった難病の研究、対策をされていますので、今後ともご発展をお祈りしています。ありがとうございました。