池田
高齢者の梅毒検査についての質問です。最近、都市部で梅毒感染患者数が増加してきているというお話がありますが、現状はいかがでしょうか。
髙橋
全くそのとおりでして、都市部を中心に梅毒の患者さん、つまり報告数が非常に増加している状況です。過去に比べても、ここ20年、30年になかったような増加傾向を示しています。
池田
男女で見ますと、どのような年齢分布になるのでしょうか。
髙橋
女性は20代がほとんどを占めておりますが、男性は20~50代まで幅広く報告があります。
池田
その背景には何が考えられるのでしょうか。
髙橋
女性は、やはりコマーシャルセックスワーカーの方が感染している例が多いです。男性は、コマーシャルセックスワーカー、もしくは風俗の関係で感染をしているということがあります。ただ実際には、コマーシャルセックスワーカーではない奥さまが夫から感染して、妊娠してわかるといった例もあります。
池田
特に妊婦さんが梅毒に感染していると、胎児にも影響があるとうかがいました。
髙橋
はい、そのとおりです。妊娠の早期には婦人科、産科でスクリーニングをしており、妊娠期梅毒がわかりますと、もちろん治療はしますが、わが国では妊娠後期の梅毒のスクリーニングは行っておりません。妊娠中に夫から感染したような場合には、非常に発見が遅れるようなこともあります。
池田
検査の時期的なこともあるということで、そこも問題ですね。
そこで質問に移りますが、高齢者に梅毒を含めたいろいろな検査を行った場合、陽性になることがあります。そのときにほとんどは陳旧性梅毒と判断するのでしょうが、どのような基準の値で陳旧性と判定するのかという質問です。この辺りはいかがですか。
髙橋
実は非常に難しい質問です。梅毒感染は結局、抗体価で見るしかないのですが、治療前の抗体価がどの程度だったかということにも治療した後の下がり方が影響されます。治癒状態での梅毒抗体価は基本的には様々で、症状が安定している、症状がない、もしくは治療後で症状がなくなったとか、加えてRPRと梅毒トレポネーマ抗体の値の推移から総合的に判断するしかないことから、明らかな基準値を設定するのは非常に難しいのです。
池田
では、例えば何かの検査等の前に行った1点当たりの抗体量では判断できないのでしょうか。
髙橋
先生のご指摘のとおりで、それを判断するのは非常に難しいです。
池田
もちろんSTSが低ければ問題はないのだと思いますが、TPが高いままの方はけっこういらっしゃいますよね。
髙橋
そうですね。TP抗体については、治療しても下がらないといわれていますので、RPR、STSが非常に低い状態であれば、陳旧性と判断してもいいだろうと考えます。
ただ最近は、従来使っていた、例えば32倍や16倍、64倍などで、半定量的に報告される用手法の抗体検査よりも、自動化の機器で測定する自動化法による連続した数値での抗体価を見ると、実際には下がってきます。倍々希釈では、抗体価の下がり具合が非常にわかりにくいです。32倍と64倍の間は全くわからないのですが、最近行われている自動化法の報告値では、連続した数値での抗体価になります。それはTPにおいてもかなり下がってきますので、以前よりは若干わかりやすくなっているかと思います。
池田
実際に梅毒の感染があって、それで治療していない場合は上がるか、下がらないか、どちらかということでしょうか。
髙橋
はい、それが最も多いかと思います。
池田
治療をして効果があれば、少なからず下がる傾向があるのですね。
髙橋
そのとおりです。
池田
2つ目の質問は、陳旧性梅毒と梅毒感染の既往はイコールでしょうか、梅毒感染は自然排除されないと考えていますが、この現象はどういう機序で起こるのでしょうかというものです。
髙橋
陳旧性梅毒は梅毒抗体陽性ですが、我々は治癒状態のものを定義していますので、梅毒感染の既往はおおむね同じ意味と考えます。梅毒トレポネーマは、基本的には自然排除されると考えていますが、おそらくは一般的な免疫システムによって排除されると推測されています。
これに関しては、その裏付けといいますか、オスロスタディという20世紀初頭の研究がありました。転帰といいますか、その後も詳しく調査している非常に貴重な研究で、梅毒患者の約6割は陳旧性梅毒になっていたと報告されています。
ただし、進行して重篤な症状を呈するケースもありますし、母子感染は予後不良であることが多いので、自然排除、いわゆる陳旧性梅毒になる方も多いけれども、進行してしまうような方もいます。これも自然排除されるわけですが、その後の転帰は様々だと考えます。
池田
症例によっては自然排除されるけれども、中には排除されない方もいる。これはいずれの感染症でも起こるような感じですね。
後期梅毒、晩期梅毒などといわれますが、その状態になる方というのは、ずっと持続感染しているのでしょうか。
髙橋
はい。確かに抗体価は陽性である方が多いですし、治療しても抗体価が下がらない場合も多々見受けられますが、実際にそのような状況で、明らかに病変と思われるところから組織を採っても、免疫染色できちんと染まらないこともあります。梅毒トレポネーマがずっと存在して影響していると考えるよりは、最初の感染、そしてその後の炎症の機序が非常に重要かと考えています。
池田
組織学的には梅毒トレポネーマはもういないのだけれども、炎症はずっと続いていくという感じですね。
髙橋
そのとおりです。
池田
3つ目の質問は、厚生労働省の届出基準値として、カルジオリピンを抗原とする検査で16倍以上、またはそれに相当する抗体価と定められているようなのですが、これを自動化で定量的にする場合はどのくらいの数字になるのかという質問です。
髙橋
これは非常に重要な、本当に大切な質問をいただきました。感染症法では、梅毒の動向を監視するために、一定の届出基準を必要としています。特に梅毒のような抗体がその方にとって様々な値を示す場合にも、一定の届出基準としないと、どうしても統計学的に疫学としての調査ができないからです。
実際には用手法と自動化法の相関を検討したデータがありまして、無症状の病原体保有者、すなわち潜伏梅毒の届出基準と定めていた用手法でのRPR、STSの16倍を、自動化法でも16倍相当の数値ということで代替して届出基準としています。ですから、用手法で16倍、自動化法でも16倍程度というのが届出基準となっています。
ただ、ここで注意しなければならないのは、潜伏梅毒の方でも、16倍よりも低い数値であっても治療を要する方がいることです。これは潜伏梅毒ではなくても、STSが実際には上がらない方もいるからです。しかし、その方も治療が必要になる。ここが非常にいろいろ多くの方に誤解をされているところで、我々も啓発が足りないかなと思うのですが、届出基準は必ずしも治療開始基準ではないということです。つまり16倍より低い場合に、この方は治療が必要な梅毒だということで、医師が保健所に届出をしてくださるわけですが、届出基準に合致しない場合は保健所では受理しません。そこで、どういうことだ、となるのです。
ただし、抗体でしか見ることができないという梅毒の特性上、一定の届出基準を作ってしまっているものですから、そういう状況になるということで、届出基準と治療開始基準は異なることをぜひご理解いただければありがたいと思います。
池田
私は皮膚科医で、梅毒の診断をよくやっているものですから、そういったことを考えたことはありません。というのは、症状があって、それで検査していますので、症状がない、いわゆる潜伏梅毒のときの抗体価というのは考えたことはなかったですね。
では、潜伏梅毒で16倍、あるいはそれ相当の抗体価があっても、それより低ければもう受け付けないのですか。
髙橋
そういうことになっています。
池田
そうなんですね。厚生労働省の基準としては、それはもう陳旧性梅毒という理解なんでしょうか。
髙橋
疫学での動向を見るうえで、そこはうまく言えませんけれども、見ていない、それはもう見ないということです。
池田
それは不確かな症例だという解釈でしょうね。
髙橋
もともとは、用手法で16倍としていましたので、そうなりますと倍々希釈のため、前後一管は誤差になります。ですから、8倍もその誤差として入っていたのですね。そういう意味で、現実的に臨床で梅毒をきちんと診ていてくださっている医師にとっては、どういうことなんだという意見を寄せられることが非常に多いのですが、実際には16倍というところでずっと調べているので、これを急に変えると、やはり統計学的におそらく問題があるだろうという厚生労働省の解釈ではないかなと思っています。
池田
統計学的解析を含む安定性というか、それを担保するために決まっているということなのですね。
髙橋
そう解釈しております。
池田
どうもありがとうございました。