「外国人患者」のことを英語ではinternational patientsと、そして「英語で意図したとおりにコミュニケーションが取れない患者」のことをpatients with limited English proficiency(LEP)、もしくはlimited English proficient(LEP)patientsと表現します。英語圏ではこういったLEP patientsの数が非常に多いため、診療において「医療通訳」を利用することが日常化しています。
話し言葉を変換する「通訳」は、英語ではinterpreting/interpretationと言います。これに対して書き言葉を変換する「翻訳」はtranslating/translationとなり、interpreting/interpretationとは区別されて使われます。ただしこれらは厳密に区別されるとは限らず、英語圏でも「通訳者」interpretersのことを「翻訳者」を意味するtranslatorsと呼ぶ方がいます。
「翻訳」のtranslationが「変換する」というイメージを持つのに対し、「通訳」のinterpretationは「解釈する」というイメージを持ちます。スマホなどの自動翻訳機にはtranslationの機能がありますが、「話し手の意図を解釈し、聞き手にわかるように再表現する」というinterpretationの機能はありません。つまりtranslationでは「どう伝えるか?」までが問題となるのですが、interpretationでは「どう伝わったか?」までが問題となるのです。通訳研究で有名なP?chhackerは「良い通訳」として、まずは「原文に忠実で正確な通訳」があり、その上位に「聞きやすい通訳」が、さらにその上に「意図が反映された通訳」が、そして最上位に「対話が成立している通訳」が存在すると説明しています。つまり「良い通訳」である「対話が成立している通訳」を成立させるには「どう伝えるか?」を解決する自動翻訳機では不十分であり、「どう伝わったか?」まで責任を持つ通訳者が必要になるのです。
そして「日本語で意図したとおりにコミュニケーションが取れない患者」patients with limited Japanese proficiency(LJP)/limited Japanese proficient(LJP)patientsが来院された場合、「どう伝わったか?」まで責任を持つ「医療通訳」medical interpreting/interpretationやhealthcare/health care interpreting/interpretationという行為が必要になるのです。このmedical interpretingには「話す内容が極めて医学的な場面での通訳」というイメージがあるのに対し、healthcare interpretingには「幅広く医療全般における通訳」というイメージがあります。
医療通訳の目的は「医療者と患者のコミュニケーションにおいて言語・文化・医療制度・医療知識の障壁を取り除くこと」であり、この目的を果たすために医療通訳者には下記の3つの役割が期待されています。
1つ目の役割がconduitです。これは「導管」というイメージの表現であり、「言語を媒介する役割」という意味になります。つまり患者さんや医療者が発する言葉を忠実かつ正確に通訳をすることが求められるのです。
2つ目の役割がmessage clarifierです。これは「理解を確認する役割」という意味になり、「どう伝わったか?」にまで責任を持つためには必要不可欠な役割となります。
そして3つ目の役割がcultural brokerです。これは文化の違いを確認して相互理解のきっかけを作る「文化を仲介する役割」という意味になります。
医療通訳者は「どう伝わったか?」にまで責任を持つため、対話の「仲介者」であることが求められます。したがって対話の最中に「通訳した内容が正しく理解されていないのでは?」と感じたら、通訳を中断して内容が正しく理解されたかどうかを確認しますし、「文化の違いがあって対話が成立していないのでは?」と感じたら、やはり通訳を中断してそれぞれの文化の違いを確認し、お互いを理解するためのきっかけを作ります。このように医療通訳は「言葉の壁」に加えて「文化の壁」を克服する手段としても機能しているのです。したがって医療通訳者には対象となる言語においてbilingualとなるだけでなく、対象となる文化においてbiculturalであることも求められるのです。
このように医療通訳者には「対象言語においてbilingualであること」と「対象文化においてbiculturalであること」だけでなく、「話されていることを正確に理解・記憶し、異なる言語で正確に表現すること」や「医療者が使う専門用語を正しく使いこなせること」、そして「患者さんが使う慣用表現を正しく使いこなせること」や「外国人患者さんが直面する医療制度の問題に精通していること」などの高度な知識と技術が求められます。
しかし日本では医療通訳に関する国家試験はありません。日本ではまだ医療通訳は職業としての社会的地位や報酬が確立されておらず、多くの医療通訳者は「ボランティア」として外国人患者さんのために時間や労力を提供してきました。しかし近年では、医療機関で働く専属の医療通訳者や、mediPhoneという遠隔医療通訳サービスなどで専門職として働く医療通訳者も現れています。
皆さんの医療機関にもLJP patientsが増加していることと思いますが、医療現場において一定の品質が保証された医療通訳者の需要が高まったことに伴い、厚生労働省は2014年に「外国人患者受入れ環境整備推進事業」として、医療通訳者およびコーディネーターの配備による拠点病院構築を開始しました。そして2017年には同省が一般社団法人日本教育財団に委託して「医療通訳育成カリキュラム基準」を作成しました。また2018年には国際臨床医学会の制度委員会の部会として「医療通訳認定部会」が発足し、2020年3月に一定の能力を有する医療通訳者を認定する「国際臨床医学会(ICM)認定『医療通訳士®』認定制度」が始まりました。
読者の皆さんには「医療通訳者と協働したことがない」という方も多いと思いますので、医療通訳者とうまく協働するための重要な要素をご紹介したいと思います。
まずは「専門的なトレーニングを受けている医療通訳者に依頼する」ということを心がけてください。医療通訳に限らず、通訳は複数の言語が話せれば誰でもできるというものではありません。特に医療通訳には専門用語や医療知識など、高度な知識と技術が求められるので、「専門的なトレーニングを受けていない医療通訳者」ad hoc healthcare interpretersに通訳を依頼することは避けてください。特に患者さんの家族や知人に通訳を依頼することは危険です。家族や知人は個人的な助言をしてくる場合がありますし、患者さん自身が私的な内容を話しにくくなることもあり、患者さんの医療を受ける権利も損なうことにもつながります。
次に「医療通訳者にではなく、患者さんに話しかける」ということを心がけてください。患者さんとコミュニケーションを行う主体は皆さん医療者です。医療通訳者はそのコミュニケーションにおいて言語、文化、医療制度、医療知識の障壁を取り除くための補助にすぎません。外国人患者さんと医療コミュニケーションを取る主体は皆さん自身であると自覚し、医療通訳者にではなく、外国人患者さんに直接話しかけるようにしてください。医療通訳者は外国人患者さんへの精神的支援という役割も考えて「外国人患者さんの斜め後ろ」に座って通訳します。こうすることで医療者である皆さんと患者さんが直接目を見て話すことが可能となるのです。
そして「短く区切って話す」ことと「話す内容を1度に一つとする」ということも心がけてください。たとえ専門のトレーニングを受けている医療通訳者であっても、医療者や患者さんが専門用語や慣用表現、理解するために文化的な背景知識を必要とするような表現を使うと、通訳するのが難しくなるので、できるだけ平易な表現を使うように心がけてください。また医療通訳では「逐次通訳」consecutive interpretingという通訳様式を使います。これは医師や患者さんが話し終わってから通訳するという様式で、「同時通訳」simultaneous interpretingに比較して正確性が担保されます。そのため医療通訳を介した診療は通常の診療よりも時間がかかってしまうのですが、より良い成果を生むためには必要な時間となりますので、「時間がかかって面倒くさいな」と思わずに対応してくださいね。
話し言葉を変換する「通訳」は、英語ではinterpreting/interpretationと言います。これに対して書き言葉を変換する「翻訳」はtranslating/translationとなり、interpreting/interpretationとは区別されて使われます。ただしこれらは厳密に区別されるとは限らず、英語圏でも「通訳者」interpretersのことを「翻訳者」を意味するtranslatorsと呼ぶ方がいます。
「翻訳」のtranslationが「変換する」というイメージを持つのに対し、「通訳」のinterpretationは「解釈する」というイメージを持ちます。スマホなどの自動翻訳機にはtranslationの機能がありますが、「話し手の意図を解釈し、聞き手にわかるように再表現する」というinterpretationの機能はありません。つまりtranslationでは「どう伝えるか?」までが問題となるのですが、interpretationでは「どう伝わったか?」までが問題となるのです。通訳研究で有名なP?chhackerは「良い通訳」として、まずは「原文に忠実で正確な通訳」があり、その上位に「聞きやすい通訳」が、さらにその上に「意図が反映された通訳」が、そして最上位に「対話が成立している通訳」が存在すると説明しています。つまり「良い通訳」である「対話が成立している通訳」を成立させるには「どう伝えるか?」を解決する自動翻訳機では不十分であり、「どう伝わったか?」まで責任を持つ通訳者が必要になるのです。
そして「日本語で意図したとおりにコミュニケーションが取れない患者」patients with limited Japanese proficiency(LJP)/limited Japanese proficient(LJP)patientsが来院された場合、「どう伝わったか?」まで責任を持つ「医療通訳」medical interpreting/interpretationやhealthcare/health care interpreting/interpretationという行為が必要になるのです。このmedical interpretingには「話す内容が極めて医学的な場面での通訳」というイメージがあるのに対し、healthcare interpretingには「幅広く医療全般における通訳」というイメージがあります。
医療通訳の目的は「医療者と患者のコミュニケーションにおいて言語・文化・医療制度・医療知識の障壁を取り除くこと」であり、この目的を果たすために医療通訳者には下記の3つの役割が期待されています。
1つ目の役割がconduitです。これは「導管」というイメージの表現であり、「言語を媒介する役割」という意味になります。つまり患者さんや医療者が発する言葉を忠実かつ正確に通訳をすることが求められるのです。
2つ目の役割がmessage clarifierです。これは「理解を確認する役割」という意味になり、「どう伝わったか?」にまで責任を持つためには必要不可欠な役割となります。
そして3つ目の役割がcultural brokerです。これは文化の違いを確認して相互理解のきっかけを作る「文化を仲介する役割」という意味になります。
医療通訳者は「どう伝わったか?」にまで責任を持つため、対話の「仲介者」であることが求められます。したがって対話の最中に「通訳した内容が正しく理解されていないのでは?」と感じたら、通訳を中断して内容が正しく理解されたかどうかを確認しますし、「文化の違いがあって対話が成立していないのでは?」と感じたら、やはり通訳を中断してそれぞれの文化の違いを確認し、お互いを理解するためのきっかけを作ります。このように医療通訳は「言葉の壁」に加えて「文化の壁」を克服する手段としても機能しているのです。したがって医療通訳者には対象となる言語においてbilingualとなるだけでなく、対象となる文化においてbiculturalであることも求められるのです。
このように医療通訳者には「対象言語においてbilingualであること」と「対象文化においてbiculturalであること」だけでなく、「話されていることを正確に理解・記憶し、異なる言語で正確に表現すること」や「医療者が使う専門用語を正しく使いこなせること」、そして「患者さんが使う慣用表現を正しく使いこなせること」や「外国人患者さんが直面する医療制度の問題に精通していること」などの高度な知識と技術が求められます。
しかし日本では医療通訳に関する国家試験はありません。日本ではまだ医療通訳は職業としての社会的地位や報酬が確立されておらず、多くの医療通訳者は「ボランティア」として外国人患者さんのために時間や労力を提供してきました。しかし近年では、医療機関で働く専属の医療通訳者や、mediPhoneという遠隔医療通訳サービスなどで専門職として働く医療通訳者も現れています。
皆さんの医療機関にもLJP patientsが増加していることと思いますが、医療現場において一定の品質が保証された医療通訳者の需要が高まったことに伴い、厚生労働省は2014年に「外国人患者受入れ環境整備推進事業」として、医療通訳者およびコーディネーターの配備による拠点病院構築を開始しました。そして2017年には同省が一般社団法人日本教育財団に委託して「医療通訳育成カリキュラム基準」を作成しました。また2018年には国際臨床医学会の制度委員会の部会として「医療通訳認定部会」が発足し、2020年3月に一定の能力を有する医療通訳者を認定する「国際臨床医学会(ICM)認定『医療通訳士®』認定制度」が始まりました。
読者の皆さんには「医療通訳者と協働したことがない」という方も多いと思いますので、医療通訳者とうまく協働するための重要な要素をご紹介したいと思います。
まずは「専門的なトレーニングを受けている医療通訳者に依頼する」ということを心がけてください。医療通訳に限らず、通訳は複数の言語が話せれば誰でもできるというものではありません。特に医療通訳には専門用語や医療知識など、高度な知識と技術が求められるので、「専門的なトレーニングを受けていない医療通訳者」ad hoc healthcare interpretersに通訳を依頼することは避けてください。特に患者さんの家族や知人に通訳を依頼することは危険です。家族や知人は個人的な助言をしてくる場合がありますし、患者さん自身が私的な内容を話しにくくなることもあり、患者さんの医療を受ける権利も損なうことにもつながります。
次に「医療通訳者にではなく、患者さんに話しかける」ということを心がけてください。患者さんとコミュニケーションを行う主体は皆さん医療者です。医療通訳者はそのコミュニケーションにおいて言語、文化、医療制度、医療知識の障壁を取り除くための補助にすぎません。外国人患者さんと医療コミュニケーションを取る主体は皆さん自身であると自覚し、医療通訳者にではなく、外国人患者さんに直接話しかけるようにしてください。医療通訳者は外国人患者さんへの精神的支援という役割も考えて「外国人患者さんの斜め後ろ」に座って通訳します。こうすることで医療者である皆さんと患者さんが直接目を見て話すことが可能となるのです。
そして「短く区切って話す」ことと「話す内容を1度に一つとする」ということも心がけてください。たとえ専門のトレーニングを受けている医療通訳者であっても、医療者や患者さんが専門用語や慣用表現、理解するために文化的な背景知識を必要とするような表現を使うと、通訳するのが難しくなるので、できるだけ平易な表現を使うように心がけてください。また医療通訳では「逐次通訳」consecutive interpretingという通訳様式を使います。これは医師や患者さんが話し終わってから通訳するという様式で、「同時通訳」simultaneous interpretingに比較して正確性が担保されます。そのため医療通訳を介した診療は通常の診療よりも時間がかかってしまうのですが、より良い成果を生むためには必要な時間となりますので、「時間がかかって面倒くさいな」と思わずに対応してくださいね。