大西
眼科診療におけるAI/データサイエンスについて、猪俣先生に最近の状況を教えていただきます。
まず、内閣府の計画で未来社会像というものが提示されているとうかがったのですが、その辺りを教えていただけますか。
猪俣
今回、私から特に強調したいのは、ヘルスケアでは破壊的なイノベーション、いわゆるディスラプティブイノベーションが、今まさに起き始めようとしているということです。そのような中で、IoT、人工知能(AI)、それからビッグデータで実現する社会が、Society 5.0という言葉を使って、第5期の科学技術基本計画で提唱されています。サイバー空間と、我々がいるフィジカル空間を高度に融合することで、経済的発展や社会的課題の解決を図るのがSociety 5.0になります。
これまでの4.0の時代では、我々が今いる空間からデータを収集してクラウド上に貯めて、わざわざクラウド空間にデータを取りに行き、それを自分たちで解析して価値を見いだしていました。Society 5.0のいわんとしているところは、例えばウェアラブルなどを使うことで、我々のいる空間から知らないうちにデータが収集されて、それを人工知能が自動的に解析をし、新たな価値、意味のあるものとして、我々にフィードバックしてくれる。そういった事態がSociety 5.0ではもたらされるのではないかといわれています。
大西
これは今まで1.0、2.0、3.0、4.0、5.0と進展してきたのですね。
猪俣
そうですね。
大西
Society 5.0では、どのような医療が実現されるのか、または想定されているのでしょうか。
猪俣
Society 5.0時代の医療も、先ほどと同様に、IoTの医療版であるIoMT(Internet of Medical Things)といったものからデータを収集してビッグデータ化し、それを人工知能で解析して、新たな価値として我々医療者にフィードバックする時代になると思います。
これまでの疫学的な結果から、「こういった使い方がいいですよ」と薬を使っていた時代、時としてone-size-fitsallだった医療から、より予測(Predictive)、個別化(Person alize)、予防(Preventive)、参加型(Participatory)、この4つは全部英語でPから始まる言葉で、P4 Medicineという、医療における新たな価値がもたらされると考えています。
大西
それがいわゆるユビキタス化ですか。
猪俣
おっしゃるとおりです。病院に行かなければ診療を受けられなかったこれまでの時代から、ユビキタス、いつでもどこにでも存在するという意味になります。我々市民や患者さんが生活する、生活圏での医療がより進んでくる時代になってくると思います。
大西
コロナ禍では病院もたいへんな状況に置かれましたが、コロナ禍での診療課題に対して、Society 5.0時代の医療というのは、どういったものだったのでしょうか。
猪俣
おそらく皆さんもまだ記憶に新しいかと思いますが、コロナ禍の、いわゆるパンデミックという状況下においては、医療が非常に逼迫しました。そのような中で我々のシステマティック・レビューを行って、例えば受診者数がどうなったのかを調べたところ、糖尿病で網膜に出血を起こしてしまう糖尿病網膜症の受診者数は、緊急事態宣言などが発出されると、やはりみな行かなくなってガクッと落ちるのです。そして宣言が解除されても取り残されて、受診が中断したままになっている人が相当数いることも明らかになりました。
一方で、コロナ禍の問題点とすれば、混雑した状況での受診の待ち時間が長くて嫌でしたよね。待っている間に感染してしまうかもしれないという不安も嫌だったと思います。そのような中、より家庭での医療や、遠隔診療が進みました。そういったものに対するニーズはコロナによって、より顕在化したと考えられると思います。
大西
先生のご専門の眼科におけるデジタルヘルスですが、具体的な取り組みを教えていただけますか。
猪俣
眼科領域ではアプリの開発や、AI開発を主に行っています。私たちのシステマティック・レビューの結果ですが、例えば、先ほどお話しした糖尿病網膜症の診断精度をメタアナリシスした結果でも、診断精度が74~98%くらいの感度、90~98%の特異度ということがわかっています。すなわち眼科領域であれば、糖尿病網膜症の診断はAIでほぼできる時代が来ていると考えられます。
さらには、眼科領域においては、特にアプリですね。スマートフォンは、ほぼ誰でも持っているものなので、アプリを使った医療への応用が非常に進んできています。例えば教育、診療の補助、眼科の検査、それから疾患検出に関するアプリが広く出てきています。
その中で我々が開発している2つのアプリをご紹介できればと思います。一つは診断の補助をするためのアプリで、これはドライアイの診断の補助が、アプリだけでできるものです。基本的に、日本ではAIによる診断はできません。医師が診断をして、スマホアプリはそのサポートになるという、診断の補助をするアプリを作っています。というのは、遠隔診療の状況下においては、例えば目が乾くとか痛いといった人による検査が何もできないような状況にあるので、それをアプリだけでできないかといった背景からの取り組みです。こちらについては現在、特定臨床研究を行っていて、次は検証的医師主導治験を行うといった段階まで進んでいます。
もう一つは治療用のアプリを開発しています。眼科では、小児の弱視という病気があり、例えば斜視や目の度数が左右で違う人は片目の視力が育たず、それが恒久化してしまいます。これは基本的に、矯正した眼鏡をして矯正いただくのと合わせて、それだけで効かない場合は、良いほうの目を隠し、悪いほうの目だけを使って訓練をするという治療を行います。
これは想像できるかと思いますが、良いほうの目を隠しますからお子さんはとても嫌がります。それにかかわる親御さんの心理的負担も非常に大きいといったことがあります。
これに対して我々は現在VRを使って、VR空間の中でゲームをやっていただきながら、お子さんは知らないうちに悪いほうの目だけを使ってトレーニングをするといったような治療用のアプリの研究、開発を行っています。
大西
眼科領域の手術でも、応用が利くようなことはあるのでしょうか。例えば手術の安全性や教育など、いろいろあると思いますがいかがですか。
猪俣
まず、教育については非常に進んできていると思います。こういったVRコンテンツと教育というのは非常に親和性が高いといわれています。例えば私たちは豚で白内障の手術の練習を行いますが、それにVR空間を組み合わせることで、よりリアルにすることもできると思います。
あとは順天堂大学、九州大学も含め、今研究されているのが、ロボットを使った眼科の手術です。もっと細かい手術ができるようなものの研究、開発もされています。
大西
画像診断も膨大なデータを収集できるので、非常に有効だと思いますが、相当進歩しているのでしょうか。
猪俣
おっしゃるとおりで、眼科は非常に画像診断が多い分野になります。先ほど申し上げた網膜は、世界中で人工知能を使った疾患検出が進んでいますし、日本眼科学会もそういった取り組みをして、日本のデータで日本のAIを作っています。それは網膜もそうですし、角膜という黒目のほうにもいろいろな感染症が起きて見分けがかなり難しいのですが、そういったものをAIでサポートできないかということを、総力を挙げて取り組んでいます。
大西
眼科の学会も、日本眼科AI学会というものができたと聞きましたが、いろいろ推進しているのでしょうか。
猪俣
はい。おっしゃるとおりで、眼科はレジストリーも行うことで、広く日本中からデータを集めて、それを解析することを進めています。日本眼科AI学会というものをいち早く創設して、そこで情報交換を行っています。
大西
非常に進歩している分野だと思いますが、この分野は、将来的にはどのようなことまでできるようになるのでしょうか。
猪俣
もちろんいろいろなことができるようになります。よく聞かれる点だと思いますが、基本的には人間がやっていて非常に時間がかかることを置き換えるというところが、初めてAIを導入するきっかけになるのかと思っています。
逆にいえば、人間が苦戦するようなことはAIも苦戦するのではないかと私は思っています。例えば、人間にはできるけれども、2,000枚の画像を毎日読むのはたいへんだよねとか。そういったことを人工知能や機械で置き換えると、医師の時間をもっとほかのサービスに割くことができると思います。
大西
猪俣先生、最新の情報をどうもありがとうございました。