ドクターサロン

山内

まず、proBNPないしBNPの作用を簡単におさらいしたいのですが、どういったもので、どのような目的で分泌されるのかをご解説願えますか。

桑原

BNPというのは、脳性ナトリウム利尿ペプチド(Brain Natri uretic Peptide)の略です。よく「なぜ脳と付いているのに心臓から出ているのですか」と聞かれますが、これはもともと日本の研究者である寒川先生、松尾先生が豚の脳から見つけて脳性ナトリウム利尿ペプチドと名付けられたからです。その後、哺乳類等の血液中にあるBNPのほとんどは心臓から産生されていることがわかりました。もちろん脳にもありますが、量的には圧倒的に心臓からの分泌が末梢では多いということで、今でもBNP、名前にBrainと付いていますが、ほぼ心臓、特に心室の心筋細胞から分泌されるホルモンです。

このBNPが分泌されるときに前駆体という、インシュリンと同じようなもので、プロセッシングを受けてN端のフラグメントとホルモン、BNPに分けて分泌されます。1対1で分泌されるので、NT-proBNPはproBNPのN末端を、BNPは機能的なホルモンであるBNPを血中で測っています。どちらも心臓の負荷に応じて分泌されるので、どちらを測っても心臓の負荷を反映しているということです。

具体的にどういう負荷で分泌されるかですが、はっきりわかっているのは、一つは心室の壁応力、心室の壁に起こる血行動態的な負荷を感知して分泌されること。要するに心筋が引き伸ばされることに反応しているということです。

これはよく心内圧と思われがちなのですが、細かいことをいうと、心内圧と壁応力はちょっと違います。壁応力というのは心内圧と左室の内径、左室の壁厚の組み合わせで決まります。ですので、同じ心内圧でも、内径が大きくて壁厚が薄い人は壁応力が高く出ますのでBNPの分泌がより増えますし、同じ左室内圧でも、壁厚が厚くて左室内径が小さい方は、同じ左室内圧だけれどもBNPが低めに出るという仕組みです。

こうした伸展の血行動的な負荷に加えて、低酸素や炎症といったものでも出るといわれています。特に心筋梗塞の急性期などでBNPが一気に増えるときには低酸素や炎症の影響もあるといわれていますが、慢性期であれば、やはり壁応力の影響が一番多いと考えられますので、左室の血行動態を反映する、心臓にどのくらい負荷がかかっているかを反映するマーカーと考えられています。

山内

心臓への負荷ということで、結果としては、我々臨床の現場では心不全を診ている、第一義的にはそう考えてよいのですね。

桑原

そう考えていただいてよいと思います。

山内

BNPは、産生された後どういうかたちでそれらを是正しようとするのでしょうか。

桑原

BNPは、膜を通した受容体、膜貫通型の受容体に結合して、基本的には血管を拡張し、ナトリウム利尿そして利尿作用を腎臓で働いて、トータルとして心臓の負担を軽減する方向に働くホルモンと知られています。結局、心臓への負担を感知して心臓から出て、そして血管を開いて尿を増やし、ナトリウムを体の外に出して心臓への負担を減らす方向に働いていると考えられています。

山内

先ほど解説されたところをおさらいしながら質問に移りますが、先ほどこれは心室から出されるというお話でした。分泌は心筋細胞であって、特別な分泌細胞があるわけではないのですか。

桑原

そうです。いわゆる心室筋、心室の筋肉、心臓の筋肉である心筋細胞から分泌されるということがわかっています。細かく言うと、BNPは心房筋と心室筋の両方から分泌されていますが、心筋細胞の量としては圧倒的に心室の方が多いですから、臓器の部位という意味では、主に左室から分泌されていて、心筋細胞からこうしたホルモンが分泌されている非常に興味深いホルモンであると思います。

山内

すべての心筋にある細胞から出ていると考えてよいのですね。

桑原

そうですね。その負荷に応じて出していると考えていただいてよいと思います。

山内

最初の質問なんですが、平たく言ってしまうと、心筋梗塞などで左室の壁が薄くなっていると産生できないのではないでしょうかという内容です。そうしますと、これは残っている細胞が出している、ということでよいのでしょうか。

桑原

そうですね。細かく言うと、心筋梗塞で薄くなっているところというのは、おそらく心筋が死んで、線維芽細胞、線維化になっているところだと思います。確かにそういうところからは、心筋がなければもうBNPは出ません。

心筋梗塞後の周りに生き残っている心筋には非常に負荷がかかりますので、ボーダーゾーンといいますが、そこからたくさんのBNPが分泌されることはわかっています。もちろんそこから離れた、まだ元気な心筋細胞にも当然負荷がかかりますので、生き残っている心筋細胞から出るという理解で正しいと思います。

山内

特にその境界の辺りの細胞は熱心に出すということですから、共同作業としてはなかなか興味深い現象ですね。

桑原

おっしゃるとおりです。

山内

次に2番目の質問に絡んでくると思いますが、壁の厚さが同じならば、薄い壁と薄くない壁で違いはあるのでしょうか。さらにもう一つお話をうかがいたいのは、BNPが出されるとき、心臓への負荷や肥大など、先ほどお話がありましたけれども、こういった変化をどういった受容器でキャッチしているのかという点です。

桑原

まずは菲薄化があれば、それが虚血性の心不全であれ、非虚血性のものであれ、おおまかに言うと、同じ影響力であれば同じようにBNPが上がると考えていただいて、臨床的に大きな間違いはないと思います。壁が薄いとやはりBNPは多く出やすいですし、壁が厚いと少なめに出るというのは先ほどの壁応力の理由です。

どういうメカニズムで壁応力を感知しているのかは、実は古くからの大きな問題というか、研究の課題です。私はそういったところを少し研究したこともありますが、実際にどういう伸展受容器みたいなものがあるのか、例えばアンジオテンシン受容体の実際の物理的な構造変化がシグナルにつながってBNPが増えるのではないかという意見もあります。それから、幾つかのイオンチャネル、これは私も研究しているTRPCというイオンチャネルなども、細胞が伸展して、コンフォメーションが変わることで活性化してカルシウムが細胞の中に入ってくるという説もあります。おそらくはいろいろな受容体、あるいはイオンチャネルが、細胞が伸展することでコンフォメーションが変わり、最終的には細胞内のシグナルの活性化からBNPの分泌刺激になっているのではないかと現時点では考えていますが、まだまだ研究の余地があるところかと思います。

山内

先ほどのお話でも、壁応力というのは単に圧だけではないというお話でしたね。

桑原

そうですね。イコール心内圧ではなくて、左室の内圧と、球体の径の大きさ、それから球の壁厚ですね。そのバランスで壁にかかる力は決まってきますので、同じ心内圧でも左室形態が違うと、BNPの分泌が変わる。ですから、壁が薄くて大きな拡張型心筋症はBNPがすごく高い人が多いですけれども、最近、高齢者で増えているHFpEF、長い高血圧で心臓に肥大があって、左室内径が小さくて心不全になっている方は、同じような左室内圧でもBNPがそれほど上がりにくいのは、そういう理由によるのですね。

山内

なかなか複雑なところをよくキャッチできているなという気もします。ということで、最後の質問に関しては、分泌量自体は変わりがありませんということでよいでしょうか。

桑原

そうですね。同じ菲薄化があって、同じような左室内径であれば、それがエチオロジーにかかわらずBNPの分泌はほぼ同じように見られると考えていただいていいと思います。細かいことをいうと少し差があったりしますが、おおまかにいうとだいたい同じように出ると考えていただいていいと思います。

山内

これは心筋の方が総力でもって変化を受容して、それに対して、総力でもって分泌を促進する。そういうメカニズムと考えてよいのでしょうね。

桑原

そうですね。一時期、昔は本当に心筋が痛むとBNPが出なくなって、超重症ではBNPが減るのではないかという議論もありましたが、実際に測定すると、そういうことはないようです。逆に、BNP産生ができないぐらい心筋が痛む、あるいは死んでいるような状況では、たぶんそういう方は生きていないということだと思います。

山内

ありがとうございました。