ドクターサロン

池田

バレット食道についての質問が来ているのですが、バレットというのは人の名前なのでしょうか。

井上

はい、ノーマン・バレット先生という、最初に報告をされた方の名前です。

池田

この報告は古いのでしょうか。

井上

だいたい1950年前後だったと記憶しています。

池田

では、もう昔からなのですね。これはどのような状態なのでしょうか。

井上

もちろん食道は扁平上皮で覆われているわけですが、下部食道が、食道胃接合部のところから、円柱状上皮化していく。わかりやすく言うと、胃粘膜が食道側にせり出してくるような状況にあると考えられます。

池田

なぜ起こるのでしょうか。

井上

一番多いパターンは、食道裂孔ヘルニアがあって、食道胃接合部にある逆流防止弁が緩んだことによって胃酸が食道側に上がってくる。その結果として、食道扁平上皮は酸には強くないので、びらんが生じるということです。

当然、びらんには組織欠損、上皮欠損が生じるわけですが、生じた欠損部の再生機転が働いたときに、扁平上皮で再生するのではなくて円柱上皮で再生する。そういうことが起こるのは、食道が酸曝露環境に陥ったために防御機転が働いて、酸に強い円柱上皮でその欠損部を覆うという生体防御機構が働いているのかもしれませんが、結果として、本来は扁平上皮でなければいけないところに円柱上皮がせり上がってくる。それがバレット食道であるという言い方ができると思います。

池田

簡単に言うと、扁平上皮が円柱上皮で置き換わっていくということなのですね。

井上

はい、そうです。

池田

バレットさんとおっしゃるぐらいですから海外の方ですよね。一方、日本はピロリ菌感染の方がけっこういらして、そういう場合は胃酸が減少していますね。日本におけるバレット食道の発生頻度と欧米における発生頻度には差異があるのでしょうか。

井上

バレット食道は、数としては圧倒的に欧米が多い状況にあると思います。日本の場合は、どちらかというと、円柱上皮化が起こったとしても非常に短い長さのバレット食道が多い。3㎝以下のものをShort Segment Barrett’s Esophagus、SSBEという言い方をしていますが、そういうのが日本の方には多いのです。言葉を換えると、食道胃接合部から少しだけ食道側に円柱上皮が伸びている方が多い。

それに対して、欧米の場合は食道裂孔ヘルニアがあって、食道の裂孔のところがパカンと開いていて、バレット食道も、3㎝以上の長いバレットの方がたくさんおられます。ですので、もともとバレット食道はその欧米の方の特徴的な所見を拾ってきたことになると思います。

池田

今思ったのですが、日本は痩せている方が多いので、腹圧があまり上がりませんよね。欧米は太った方が多いので、胃の逆流の仕方も関係が少しあるのでしょうか。

井上

おっしゃるとおりだと思います。日本人は、たぶんこの50年ぐらいで食生活が欧米化して、食べる量も増えて、少し太った方も出てきていると思うのですが、やはりもともと痩せている。特に古来の日本食が中心な状況だと、あまり内臓脂肪もないですし、腹圧が大きくかかるようなこともありません。これに対して、欧米の方は、栄養価の高い、脂肪含有量の高いものをずっと食べている。そういう食生活だと、巨体の方が多くて、内臓脂肪も多く、食道胃接合部を下からどんどん押し上げてヘルニアになりやすい、過食の傾向にあるという背景はあるかと思います。

池田

なるほど、そういうこともありますね。それともう一つ、最近はよくピロリ菌の感染者の除菌をしていますよね。そうすると、胃酸の分泌も元に戻ってくるという話を聞いたのですが、そういう方もバレット食道になる傾向はあるのでしょうか。

井上

おっしゃるとおりです。除菌が済みますと、胃酸分泌が更新していきますので、逆流性食道炎が起こってくるというのは、除菌後にはよくあるパターンです。

ただ日本人は、解剖学的なヘルニアがない方がほとんどなので、あまり極端な逆流ではありません。食道胃接合部近傍までの逆流の方が多いので、バレット食道になるとしても、1㎝ぐらいの短い状態の方は多数いらっしゃいます。少なくともSSBE3㎝以下が日本人のバレット食道の方の大半だと思います。

欧米の方のロングのバレット食道の場合は、必ずと言っていいぐらい食道裂孔ヘルニアがあるので、そこは日本人と欧米人の大きな違いかと思います。

池田

わかりました。PPIやH2ブロッカーは発がん予防のために継続したほうがよいのでしょうかという質問はいかがでしょうか。

井上

これも本当に重要なことを質問いただいたと思います。先ほど日本人は短いバレット食道の方が多い、欧米の方はロングの方がたくさんいらっしゃると申し上げましたが、そこでちょっと難しいのは、SSBEでもやはり発がんしてくることです。ロングだけが発がんするのではなく、SSBEがあった場合、やはり噴門部がんの頻度が決して低くはない。ロングに比べて極端に低いわけではまったくないので、やはり一定の注意が必要です。

そのときに、キャンサープリベンションで抑えていくことになると思います。患者さん自身に逆流症状があれば、逆流症状を取るために酸抑制剤、PPIかH2ブロッカーを継続して飲むことになるので、そういった方は、PPIにどれぐらい酸抑制力があるかどうかは別として、結果として飲むことになる。

問題は逆流症状がない方に、酸抑制剤を飲んでいただくかどうかだと思います。海外での発表をレビューしてみますと、2018年のASCOでは、PPIと低用量のアスピリンを併用して長期間飲むと、発がんリスクを中程度抑えることができるという報告があります。

酸抑制剤はもちろんH2ブロッカーであればよいかと思いますが、PPIの長期投与に関しては言うまでもなく、PPIの長期投与に伴ういろいろな問題、潜在的な問題も起こってきます。

一番有名なのは骨粗鬆症ですが、そういったものも含めたリスクが存在するので、そこのバランスで考えていくしかないと思います。その論文の中でも、やはり本来のバレット食道の発がん率が2%、それをPPIの長期投与によってある程度抑えることはできると統計学的に結論は出されているのですが、実際はPPIの長期投与による副作用もありますので、そこはバランスで考えてくださいということが書かれてあり、非常に難しい。こうすればいいという明確な結論は、今の段階では出てないのが実情かと思います。

池田

患者さんがどちらを選択するかというところもありますね。

井上

そうですね。とにかく逆流症状があるのだったら飲むことに関しては、さほど抵抗がないというか、やむを得ないということになるかと思いますが、症状がない方にPPIあるいはH2ブロッカーの長期投与を勧めるかどうかは、やはりそれぞれ相談をしながら、ということになると思います。

池田

少し似通った質問かもしれませんが、いつまで内視鏡検査が必要なのでしょうか。

井上

先ほどの薬によるキャンサープリベンションができるかどうかということと並行しているのですが、内視鏡検査を定期的に行っておくことは、プライマリーではなくて二次の発がん予防ということになると思います。何のことかといいますと、セカンダリーの検査プリベンションとしてmがんで見つければ、本物のがんにはならない。本物のがんが浸潤してリンパ節転移をして命の危険にさらされることに比べ、mがん、粘膜がんの段階で見つかればリンパ節、進行がんではないので、局所切除で対応できます。

特に日本はESDが確立して安全に行われる状況にあるので、発がんしても粘膜がんで見つかれば何も問題なく、診断治療が進んでいきます。患者さん自身も肉体的負担、身体的な負担が少ないので、やはり数年に1回から1~2年に1回は内視鏡検査を受けておくのがよいのではないかと思います。

池田

私自身も消化器内視鏡の専門医に診ていただいているのですが、鼻からスッと入れるだけでとてもいい画像が撮れ、検査も短く済みますので、苦痛なくやっていただいています。やはり日本の医師の技術はすごいなと思いながら、今、先生のお話をうかがいました。どうもありがとうございました。