山内
頭部外傷後のてんかんというのはよくみられるのでしょうか。
川合
はい。頭部外傷後のてんかんは、大きく2つに分けて考える必要があります。まずは、正式にいうと、てんかんではなく急性症候性発作と呼ばれるもので、外傷の急性期に起きる反応としてのてんかんの発作となります。
発作としてのかたちは共通ですので、てんかん発作と呼ばれますけれども、英語では、慢性期に発作を繰り返す病気としてのてんかんであるepilepsyと、個々の発作seizureという別の用語で区別されます。日本語は「発作」という訳しかないので、混乱しがちですが、seizureとepilepsyははっきり分けて考える必要があります。
外傷急性期のseizureはよくみられます。これは基本的には外傷の重症度、脳への障害の程度で決まります。その一部が半年後には発作を自発的に繰り返す慢性のてんかんであるepilepsyに移行しますが、その率は、重症の場合には10%以上あると考えてよいかと思います。
山内
一般的には、脳の損傷の重症度や広がりに関係すると考えてよいのでしょうか。
川合
そのとおりですね。てんかんepilepsyもてんかん発作seizureも、基本的には大脳の大脳皮質で発生します。小脳や脳幹、大脳でも深部白質の病変では、普通はseizureやepilepsyの原因にはなりません。基本的には表面に近い大脳皮質がどのくらい傷ついたかで決まっていきます。
山内
この症例では1週間と、かなり長い間意識不明でしたが、意識不明期間の長さがこの発作に関係すると思われますか。
川合
情報が限られているので、断定的には申し上げられませんが、外傷後の意識障害は、外傷による直接の損傷が両側大脳や脳幹に及んでいる場合に発生します。大きな頭蓋内出血があったかどうか、手術を受けられたかどうか、などを知りたいところです。
それから、CTでは見えにくい、MRIでも軽微な変化としてとらえられる、びまん性の軸索損傷という病態もあります。加速度により脳、特に白質の広範囲に微細な障害を受けて、意識障害が出た可能性もあります。
山内
seizureとepilepsy、日本語で言えばけいれんとてんかんになるかと思います。この概念は少しわかりにくいところがありますが、けいれんがてんかんに発展していくと考えてよいのでしょうか。
川合
外傷後の場合には、そのように考えてよいかと思います。急性期にseizureを起こした脳の損傷が、治癒する過程でてんかん原性を獲得してしまうという考え方ですね。
このような病態は、てんかんの分類では症候性といいます。一方、遺伝的素因によって、出生直後から幼少時にかけて起きてくる特発性てんかんもあります。外傷後てんかんは、基本的には脳損傷が原因でてんかん焦点が形成され、てんかんを発症するという考え方でよいと思います。
山内
メカニズムや原因ですが、傷というお話でしたけれども、血栓などでもよくけいれん発作が出てきます。この場合は、本当に傷で起きていると考えてよいのですね。
川合
はい。血栓による脳梗塞は外傷と同じように、大脳の損傷により症候性てんかんの原因になります。高血圧性の脳内出血や、くも膜下出血等の出血性脳卒中でも急性症候性発作や症候性てんかんが起こります。
脳卒中による脳損傷でも、基本的には大脳皮質の病変の大きさに比例したリスクがあります。
山内
このケースは、質問の後半部分にあるように事故前に比べて感情のコントロールができていないと家族より相談がありましたということです。随伴症状として、こういったことがあるのでしょうか。
川合
比較的よくあると思います。原因として、一つは、両側前頭葉、特に前頭葉深部の障害で感情の抑制ができにくくなります。この前頭葉深部病変による脱抑制や性格変化は、脳腫瘍でも脳卒中でもよく知られているところです。この方の場合、頭部外傷によって、特に前頭葉の深部に大きな脳挫傷や脳出血を起こしていれば、外傷そのものによって感情のコントロールができなくなったと考えられます。
もう一つは、薬剤の副作用も考える必要があります。この方は外傷後に1年半継続して抗てんかん発作薬を服用しています。最近、よく使われる抗てんかん発作薬でも、イライラや易刺激性、爆発的な易怒性といった副作用が出てくることがありえます。精神的な副作用が出やすい抗てんかん発作薬を使用していたのなら、変更を考慮すべきでしょう。てんかん発作は一度も起きていないけれども予防的に使われてきたのなら、一度中止してみるというのも一つの方法かと思います。
山内
一般的にこういった状態の予後はいかがでしょうか。
川合
感情のコントロールに関して、大脳の前頭葉の大きな部分が破壊されてしまっていたとしたら、基本的には自然治癒は期待できません。年単位の経過で、ある程度回復してくることもありますが、やはりそれなりに強い症状が後遺します。強い症状については対症的に、向精神薬を考慮してください。
一方で、抗てんかん発作薬による副作用だとしたら、薬剤変更または終了ということになりますね。
山内
元に戻りますが、外傷後のてんかんの方の予後はいかがでしょう。
川合
そもそも経過中、一度も発作が起きていないのだとすると、予防的に薬剤が使用されているだけで、てんかんとは診断されていないという可能性がひとつ。一方で、薬を減らしたら発作が起きたという場合には、慢性のてんかんに移行してしまった、つまり外傷後てんかんに罹患したということになりますが、これは自然寛解は期待できません。半永久的な抗てんかん発作薬の継続が必要になります。
山内
この方の場合は、いったん中止することはOKでよいのですね。
川合
そうですね。発作がないということですから。ただし、発作がなかったという点でひとつ気をつけていただきたいのは、診断が容易な全身けいれんの発作以外にも、ややわかりにくいてんかん発作があることです。全身けいれんやひきつけ、正式には二次性全般化発作や焦点起始両側強直間代発作だけではなく、意識だけなくなる、反応だけなくなる、倒れず無意識に動作を続けるようなてんかん発作もありえます。このような発作は精神疾患や認知症と区別が難しいですので、脳波の検査やてんかん専門医へのコンサルトによって本当に発作がないのかを、しっかり確認する必要があります。
山内
ありがとうございました。