山内
鴨居先生、加齢性斜視というのは、最近なかなか注目されている疾患のようですね。
鴨居
そうなのです。まず、この話の前にフレイルについてお話ししたいと思います。フレイルというのは、加齢に伴い体の様々な機能が低下し健康障害に陥りやすい状態という概念ですが、例えば整形外科、耳鼻科、歯科領域などでも最近よく啓発されています。眼科領域では加齢に伴って目が衰えてきたうえに、様々な外的なストレスが加わることによって目の機能が低下した状態であったり、そのリスクが高いという状況をアイフレイルと呼んで、現在、啓発しています。
加齢に伴う疾患としては、白内障や緑内障、加齢黄斑変性などありますが、最近、これに加えて眼科で注目されている疾患として、サギングアイ症候群というものがあります。
山内
具体的な病態といいますか、どういう状態になっているのかを少しお話し願えますか。
鴨居
目というのは、動かす筋肉が6本あり、それが上手に協調し物がずれて見えないように工夫して動いています。特に上下左右に付いている筋肉をバンドのようにして取り巻いている眼窩プーリーというものがあります。それがだんだん加齢とともに弱くなっていきます。
特に上直筋、あとは外直筋の間のプーリーの部分はコラーゲンの量が多く、老化によって菲薄化したり、断裂しやすいことが一つの原因となっています。
山内
筋肉と眼球の隙間をうまく埋めているようなものが減ってきて、少しずれてきているようなイメージですか。
鴨居
そういうことですね。
山内
といいますと、これは高齢者独特の病気と考えてよろしいわけでしょうか。
鴨居
そうですね。若い人には特に見られません。プーリーを構成する組織にはコラーゲンの量が多いのですが、そこがだんだん、加齢に伴い減少するので、どうしても加齢が影響していると考えられています。
山内
高齢者でかなり頻度が高い疾患なのでしょうか。
鴨居
サギングアイ症候群というのは斜視を引き起こす疾患なのですが、60歳以上の斜視の発症が増加しているということで、特に60歳以上の斜視の方を調べたら、その24%程度がサギングアイ症候群であったという報告があります。
山内
ということは、80歳、90歳になるともっと増えている可能性が高いのですね。
鴨居
そのとおりです。加齢に伴って増えていくことが知られています。
山内
これは、今まではわからなかったものなのでしょうか。
鴨居
もちろん、こういう疾患はあったと思いますが、最近はやはり医学の進歩というか、画像の発達等で原因がはっきりしてきまして、それによって一つの症候群として認知されるようになってきました。
山内
ついでですが、先ほどフレイルという話が出ましたが、眼球を支える筋肉のフレイルはあまりないのでしょうか。
鴨居
そうですね。筋肉のフレイルというよりも、今回の場合はバンドですね。筋肉が協調して動くように巻いているバンドが弱くなると、どうしても筋肉が協調して動かなくなるというのが原因で、特に先ほど言いましたように、上直筋と外側の外直筋、そこの間が弱くなります。バンドの強さが弱くなることで、この症状が起こるとされています。
山内
症状ですが、斜視ですから、やはり複視と考えてよいのでしょうか。
鴨居
そのとおりです。複視というのは、単眼複視といって、片方の目で複視を感じる白内障などがありますが、この場合は両眼で見て二重に見えるということです。
基本的に目は両眼で協調して物を見ているものですから、その動きが片方悪くなるとどうしても二重に見えるなどの自覚症状が起きます。
山内
ただ、お話をうかがっていますと、加齢とともにじわじわと出てくるような印象ですので、最初のうちは気づきにくいのではないでしょうか。
鴨居
そうですね。最初のうちは自覚症状として二重に見えるとか、そういうことを感じる方が多いと思うので、「乱視じゃないか?」と眼鏡屋さんに行かれます。しかし眼鏡を合わせても、なかなかこの自覚症状である複視が治らないと訴えて来られる患者さんが多いと思います。
山内
斜視といいますと、正面から見たときに目が少し別の方向に向いているという外見上のもので気がつくこともあるかと思いますが、この方々はどうなんでしょう。
鴨居
サギングアイ症候群の方々の斜視角は微小と言われていて、だいたい10プリズムぐらいです。簡単に言うと、1m先の視点として10㎝横にずれているというか、そのぐらいの斜視角なので、パッと見た感じではあまりわからないと思います。
山内
見た目の変化はほかにあるのでしょうか。
鴨居
サギングアイ症候群というのは、プーリーというコラーゲン組織が変性してくる、弱くなってくる病気ですので、同様に上眼瞼、下眼瞼の組織も変わってきます。上眼瞼はくぼんでくる感じですね。上眼瞼がくぼんで、下眼瞼はちょっと膨らんでくるという特徴的な症状があります。
山内
目が落ち込んだ、そんなイメージでしょうか。
鴨居
いわゆる奥目というか、そういう感じに徐々になっていって、下眼瞼が出てくる。さらにもう一つ言うなら、眼瞼下垂ですね。眼瞼が少し垂れてくるということも一緒に見られます。
山内
確定診断は、MRIなどで行うのでしょうか。
鴨居
サギングアイ症候群の診断は、今言った臨床的な特徴で診断されています。遠くを見たときに内斜視ぎみになるということ。あるいは上下斜視ですね。あとは、特徴的な顔貌ですね。眼瞼のくぼみ、下眼瞼の膨らみ、眼瞼下垂によって診断されることが多いですが、実際、日本においては近視の人が多いのです。眼球がすごく長くなっている。強度近視の人も多くて、その方の斜視も同じような形です。内側に少し寄っている形になる。そういうのをよく調べられるので、MRI撮影は非常に有用とされています。
山内
治療に移りますが、まずどういったものからでしょうか。
鴨居
サギングアイ症候群は通常、大きい角度の斜視ではなく、微小の角度の斜視とされていますので、プリズム眼鏡というものが非常に有用とされています。
プリズムは透明な三角柱のようなもので作られていて、厚みのあるほうに光が屈曲する特性を持っているので、視線に合わせてプリズムを当てることで、二重に見える自覚症状が治るといったメカニズムの眼鏡を処方しています。
山内
プリズムというと、昔の理科の教材だとけっこう大きな感じがしますが、この場合は非常に小さいものなのですね。
鴨居
眼鏡の中でできるかたちですね。眼鏡のレンズ、あるいはシールのようなものを貼るとか、そういうもので対応します。
山内
今持っている眼鏡にアタッチできるという感じですか。
鴨居
そういうものもあると思います。
山内
比較的簡単に修復できるのでしょうか。
鴨居
もちろん眼科での検査が大事ですが、それに応じて、どのぐらいのプリズムを入れるかを測定して、処方されています。
山内
重症になると、手術なども考えられるのですか。
鴨居
重症になって、斜視の角度が大きくなってくるようでしたら、斜視手術が必要になってきます。内射視というのは目が内側に向く方が多いですので、多くの場合は目の内側の筋肉、内直筋といいますけれども、それをちょっと後ろのほうにずらして、少し引っ張る力を弱くするような手術をすることが多いと思います。
山内
なかなか難しそうな手術ですが、比較的簡単にできるのでしょうか。
鴨居
慣れている医師が行うのはもちろんですが、筋肉を切ってどのくらいずらすかなども計算の上、腱(けん)のところを切って筋肉を強膜と縫い付けるという手術です。外眼部の手術になりますので、比較的安全ではあるかと思います。
山内
高齢者が多いですが、それほど侵襲性は高くはない手術と考えてよいのですね。
鴨居
そうですね。目の中の手術をする内眼手術よりも、比較的安全性は高いかなと思います。
山内
どうもありがとうございました。