藤城
いよいよ新シリーズ「呼吸器疾患診療の最新情報」が開始されました。その企画者であります東京大学呼吸器内科教授の鹿毛秀宣先生をお迎えして、お話をうかがいたいと思います。
今回の企画の特徴について、教えていただけますか。
鹿毛
今回はかなり久しぶりの呼吸器疾患シリーズということで、網羅的な内容を幅広く挙げました。
初回と最後以外、27のテーマを挙げています。初めは総論的なところから始め、これが6回あります。咳嗽(がいそう)や喀痰(かくたん)は、おそらく皆さん学生時代にも習っているようなことだと思います。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、咳嗽・喀痰のガイドラインが出ています。咳嗽のガイドラインは世界でもありますが、喀痰のガイドラインは日本にしかありません。咳嗽と喀痰は、咳と痰をそれぞれ分けて挙げています。
血痰・喀血に関しては、呼吸器の中では少し珍しいエマージェンシーになるので、その次の気胸と併せてぜひ押さえていただくといいと思います。
藤城
喀痰のガイドラインが世界的には珍しく本邦に存在するというのは何か理由があるのでしょうか。
鹿毛
特に日本にエビデンスが多いというわけではないのですが、喀痰に関しては気管支拡張症や喘息など、痰で困っている患者さんを我々はいつも多く診ています。そこを何とかしたいという熱い思いが叶ったと思います。
藤城
続いて疾患の説明もお願いできますか。
鹿毛
疾患の最初は感染症ですね。コロナの記憶がまだまだ新しいところですが、何といっても呼吸器感染症では肺炎が一番です。これも実は2024年に、成人肺炎診療ガイドラインが改訂されて新しくなっていますので、最新の情報をぜひ知っていただければと思います。
実は肺炎と誤嚥性肺炎を区別するのはとても難しいのですが、現在肺炎は日本人の死因の5位で、誤嚥性肺炎が6位になっています。我々も死因をどう分けるのか悩むぐらいですが、まだまだ特に高齢者を中心に亡くなるような疾患です。若い方は、最近流行っているマイコプラズマ肺炎などはもちろん治るので、その辺りをどう区別していくのかという観点だと思います。
3番目の膿胸に関して、我々呼吸器内科医としてはむしろ外科的な疾患という認識があります。胸水ではなく胸腔に膿が溜まっているので、何とかしてドレナージをすることが必要です。早く外科につないでいただくのが大事ということから、それほど多くはない疾患ですけれども挙げさせていただきました。
あと、結核と肺MAC症に関しては、結核は幸い、10万人中10人を切って、最近日本が低蔓延国になりました。非常に喜ばしいことなのですが、それでもまだ時々集団感染が起きたりしていますので、忘れてはいけないものだと思っています。逆に肺MAC症は、世界でも日本でも増えていて、もはや結核よりも多い病気です。診たことのある医師が非常に多いと思いますので、最新の情報を知っていただければと思っています。
藤城
引き続いて、睡眠時無呼吸症候群や喘息、COPDという話になっていくのですね。
鹿毛
この辺りから呼吸器に特徴的な病気になってくると思います。喘息、COPD、間質性肺疾患はどれも呼吸器の代表的な病気で、なかなか1回で話しきるのが難しいと思いました。喘息もCOPDも間質性肺疾患も、それぞれ診断と治療を分けて2回ずつにしています。
間質性肺疾患については、今まで間質性肺炎という用語を使うことが多かったのですが、最近はInterstitial lung diseases、複数形のILDという言葉を使うことが多く、様々な間質性陰影をCTで見られるような病気であるということから、間質性肺疾患へと、用語も少し変わっています。
藤城
間質性肺炎から間質性肺疾患という名称に変わったということですが、肺臓炎というのも時々聞くかと思います。用語の点で素人的な質問ですが、その辺りはどのように区別されているのでしょうか。
鹿毛
厳密には、肺炎というと一般的には肺胞の中の炎症、特に感染症をイメージすることが多いのですが、そうではなくて、肺胞の壁の炎症ということから肺臓炎と呼び区別しています。ただ、間質性肺疾患には様々な病気が含まれていて、炎症は実はあまりなく、線維化ばかり進むものも一部あります。それも含めて炎症をすべてつけるのはふさわしくないだろうということから、最近は間質性肺疾患となっています。
藤城
炎症があまり起こらなくても線維化が進んでくる病態があるのですね。
鹿毛
それが我々も困るところです。
藤城
続きまして、薬剤性肺障害です。こちらも最近は新しい免疫チェックポイント阻害薬などが出てきました。もしくは抗がん剤による肺障害も問題になっているかと思います。
鹿毛
各分野でいろいろな新薬が出てきました。それはもちろんいいことではありますが、薬剤性肺障害を起こしやすい薬が増えてきていますので、我々も薬剤性肺障害疑いを診ることが非常に多くなってきました。
特に処方している診療科ではなくても診ることが増えていると思いますので、そこを入れて、残りは続けて、肺高血圧、肺移植、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)にしています。この3つは、診る頻度は少し下がるかと思います。酸素化が悪くなってきたときに肺移植というオプションがあることがわかっていると、治療方法が変わってくることがありますので、ややなじみがないとは思いますが、ぜひ知っていただくといい内容かと思っています。
藤城
肺移植は今、積極的に日本で行われているのですか。
鹿毛
おそらくどの臓器の移植でもドナーが少ないのが問題となっていると思いますが、少しずつ増えてきています。
藤城
続いて、肺がんですね。
鹿毛
そうですね。最後の5回を肺がんに設定しました。診断や治療ももちろん大事ですが、何といっても早期発見が大事なところだと思います。
以前は、レントゲンを撮って、重喫煙者であれば喀痰細胞診を行うという肺がん検診が行われていましたが、それでは不十分であることがわかってきています。肺がん検診の新しい情報をぜひ活用いただくといいかなと思います。
藤城
肺がんはいまだ、本邦においては死因の第1位ということで、なかなか克服するのが難しい状況かと思います。検診を受けていただくと、それなりに早い段階で見つかって治る病気と考えてよいのですか。
鹿毛
そうですね。それがレントゲンや喀痰細胞診だと、検診で見つかってももう進んでしまっていることが多いですが、CTだと早期に見つかることが増えます。そうすると治る方が増えてきて、我々としてもうれしいことだと思っています。
藤城
そして、鹿毛先生の専門とされる、がん遺伝子検査とがんゲノム医療もお話しいただけるのですね。
鹿毛
そうですね。最終回は、私が専門としているテーマです。直接、遺伝子検査を出したり、がんゲノム医療に携わる医師はそれほど多くはないかもしれませんが、今のがんゲノム医療がどうなっているのか、簡単にお話をさせていただければと思っています。
藤城
鹿毛先生、呼吸器疾患の企画全体をお話しいただきまして、ありがとうございました。最後に、鹿毛先生がお考えになる呼吸器疾患の最近の話題についてお話をいただきたいと思います。どの辺りが最近のトピックでしょうか。
鹿毛
ガイドラインに関してはかなり様々なものが出ていて、どんどんアップデートされていますので、咳嗽や肺炎など、一般内科医の皆さんに役立つものがあるので、そこはぜひフォローしていただくといいかなと思います。
新しい治療という意味では、喘息と肺がんの2つが大きいと思っています。喘息の場合は、重症喘息に対するバイオ製剤で、抗IgE抗体薬や、抗IL-5抗体薬など喘息に対する免疫治療がかなり進んで、機序がわかってきました。今まで難渋していた患者さんがかなり良くなっているという経験をしています。
もう一つがやはり肺がんですね。分子標的薬が肺がんに入ってきたのが20年ぐらい前で、今は8遺伝子に対して様々な阻害薬が承認されています。免疫チェックポイント阻害薬も10年ぐらい前に入ってきて、肺がんの治療としても非常に有効です。喘息・肺がんは新しい治療もどんどん開発されつつあるところです。
逆に言うと、COPDと間質性肺疾患の2つに関しては、残念ながら病態の理解が非常に難しいこともあって、まだ治療薬はそこまで新しいものは出てきていないと思います。
藤城
本当に興味深い企画です。これからぜひしっかりと勉強していきたいと思います。どうもありがとうございました。