藤城
栗原先生の病院は、気胸研究センターという組織を持っています。それは全国的にも少ないように思いますがいかがでしょうか。
栗原
最初はうちだけが、40年ぐらい前からやっていたのですが、最近、少しずつセンター化している診療科が増えてきています。増えたといっても、全国でまだ10施設にもなっていないかと思いますが、少しずつ専門特化して、その領域の疾患を深めようとしています。
藤城
先生は「気胸・肺のう胞スタディグループ」というものを全国的に立ち上げられているとうかがいましたので、その辺りを教えていただけますか。
栗原
気胸・肺のう胞を研究している研究者や医師は少ないです。それで私どもでは、呼吸器内科医と病理医と我々呼吸器外科医、それから基礎的な統計学などを専門にやっている研究者と、気胸の中でも特殊な月経随伴性気胸というものがあるのですが、それは子宮内膜症が原因になって起こる病気なので婦人科の研究者、特に生殖医療を研究して子宮内膜症を専門に研究している大学とスタディグループという中で一緒に研究しています。
藤城
まさに、気胸や肺のう胞という疾患に魅力を感じ、ずっとそちらを追究されているということで非常に感銘を受けました。
ではまずはじめに、気胸とはどのような病気でしょうか。
栗原
気胸というのは、肺の表面近くで、何らかの原因で肺組織が破壊され、肺が縮んでしまう病態を表す用語です。病名ではありません。病気の状態を表す言葉です。
それが起こる原因の肺疾患には様々なものがあります。肺がん、喘息、外傷もそうです。その他のいろいろな病気は、最終的には肺の組織が壊れますので、それで穴が開けば気胸になる。ほぼすべての肺の疾患を扱っていることになります。
藤城
気胸という病態をあえて分類すると、どう分類できるのでしょうか。
栗原
大きく分けますと、原発性自然気胸と続発性自然気胸に分かれます。原発性自然気胸というのは若い人に起こる気胸です。10~20代前半ぐらいの人たちがかかる気胸で、ブラ、ブレブと呼ばれる肺のう胞が破れて気胸になります。
続発性自然気胸というのは、肺の基礎疾患があって、それが原因で肺に穴が開いて気胸になる。具体的に言うと、例えばCOPDや肺がん、喘息、間質性肺炎、その他のあらゆる肺疾患がそこに含まれてきます。年齢的には、若年者よりもむしろ中年から高齢者に多い病気といえます。
藤城
先ほど月経随伴性気胸という病名、分類を出されましたが、こちらについても少し詳しく教えていただけますか。
栗原
月経随伴性という言葉どおりに、生理に関連して気胸が起こる、生理の時期に関係して起こる気胸です。もともと骨盤の子宮内膜症があって、それがまれに腹腔内を伝わって胸のほうにまで広がってしまって、生理の時期に肺に穴が開いて気胸になるという病気です。
なお、月経随伴性といういい方をしないで、胸腔子宮内膜症性気胸というのが正式な病名になっています。骨盤以外に広がるというのは非常に珍しいので婦人科の学会では稀少部位子宮内膜症と呼んでいます。稀少部位子宮内膜症には、胸部のほかに尿管に付いた尿管子宮内膜症、あるいは膀胱子宮内膜症、へそに付いた臍部子宮内膜症、腸管子宮内膜症というのもあります。生理のたびに下血を起こす症状です。そういうものも含めて稀少部位子宮内膜症と呼んでいます。
藤城
診断が難しそうなのですが、一般的に気胸の診断というのは、今ご説明いただいた月経随伴性気胸も含めて、どのように診断していけばよいのでしょうか。
栗原
診断としては、突然の胸痛や呼吸困難があったときに一番疑います。まずは胸部の正面のX線検査です。それで気胸があるかないかは判定ができます。
次に胸部のCT検査です。CT検査をすることによって、どこに癒着があるのか、ベースの疾患は何か、基礎疾患はどの程度かを判定して、そのうえで治療法を選択していくかたちになります。
藤城
診断がついたら治療になりますが、どういうものがあるのでしょうか。
栗原
気胸の治療は、初期治療と根治的な治療の2つに分けられます。肺が縮んでいますので、初期治療としては、肺を膨らませなければならない。縮んだ肺はなるべく早く元に戻したほうがいいので、胸腔ドレナージを最初に行います。
肺が膨らんだところで、再発を繰り返している患者さんであれば、次は手術という選択肢で治療にもっていきますが、それが根治術になるかと思います。
藤城
月経随伴性気胸に関しても、やはり手術になるのでしょうか。それとも月経困難症を治したら、手術をしなくても治るのでしょうか。
栗原
まだメカニズムが完全に解決されていない病気なので非常に難しい質問ですね。基本的には胸腔内に子宮内膜組織が広がったものですが、病変が小さいので、なかなか見つからないことが多いです。
一番多いのは横隔膜に子宮内膜組織が付いて、そこが生理の時期に出血する、あるいは破綻するということ。それから、肺のほうでは主に三葉合流部という、中葉の辺りに子宮内膜組織が付きやすいということがわかっています。そこで生理の時期に子宮内膜組織が破綻して肺に穴が開いてしまう。
もう一つは胸壁、だいたい第6肋間、第7肋間辺りにも子宮内膜組織が付きやすいということがわかっています。その辺りを中心に、子宮内膜組織があればそれを取っていくという治療で、再発率は抑えられてきています。
藤城
あと、気胸の中で、緊急性を要するような気胸というと、私は緊張性気胸をイメージします。その辺りの対応の仕方を教えていただけますか。
栗原
気胸で非常に危険になるケースの一つに緊張性気胸があります。肺に穴が開いて肺がどんどん縮んでいってしまうタイプです。さらにまた、一方通行で肺から胸腔内にどんどん空気が出ていってしまうような状況があります。そうすると、空気で緊満した胸腔では心臓を圧迫したり、肺を圧迫したりして、血圧が下がってショック状態になってしまうことがあります。
この場合は緊急で救急車で運ばれてきます。呼吸困難が非常に強い状況なので、即X線写真を撮って診断し、1秒でも早くドレーンを入れて胸腔内の空気を出す操作が必要になります。
藤城
最後に、近年の診療の進歩についても教えていただきたいと思いますが、ここ数年で大きく変わってきているところはあるのでしょうか。
栗原
最近の研究の進歩というのは、LAM(リンパ脈管筋腫症)という病気が一つあります。これは女性だけがかかる病気で、LAM細胞という平滑筋に似た細胞が全身に回ります。特に肺にリンパ管を介して広がって、肺のう胞をびまん性、多発性につくる疾患があります。
この分野の研究がだんだん進んで、そのメカニズムがわかってきたことと、びまん性、多発性に肺のう胞ができるので、肺の一部を採るだけでは気胸の治療にはならないのです。
それで当施設で考えた治療法なのですが、特殊なメッシュで肺の表面全体を覆ってしまう、全胸膜カバリング術を行って、肺のう胞は切除しないで、カバーをして肺の表面を補強していくという治療ができました。これが効果的で、気胸が抑えられている。かつ、LAMという病気は肺の移植をしなくてはならないということがあります。次第に呼吸不全が進んでいきますので、日本でも1番目、2番目に入るような肺移植の疾患の一つになっています。
もう一つはBHD症候群という、難しい名前が付いているのですが、Birtさん、Hoggさん、Dubéさんという3人の医師でこの病気を発見したことからBHD症候群と名付けられました。これも非常にまれな疾患で、多発性の肺のう胞をつくっていく。常染色体の優性遺伝の病気で遺伝する気胸・肺のう胞として代表的なものの一つになっています。そのメカニズムがわかってきました。今まで呼吸器内科医もこの病気については知らなかったのですが、この4~5年でだいぶ広まって、呼吸器内科医、呼吸器外科医も知るようになり、この病気の診断ができるようになりました。
この病気は遺伝性疾患なので、ほかにも症状があらわれます。皮膚の丘疹、特に顔面の丘疹とか、腎臓に腎がんができやすいという特徴があり、体全体を調べていく必要がある気胸の疾患といえるかと思います。
藤城
診断においても治療においても幾つかの進歩があり、先生のところでは、その治療において肺をメッシュで覆うという新しい治療法を開発されているということですね。本当に素晴らしいと思います。ありがとうございました。