ドクターサロン

山内

MRIは非常に普及してきましたが、CTに比べて、いまひとつメカニズムにつかみどころがないというのが我々のレベルです。まずMRIの安全性自体について教えてください。

黒田

まずMRIが安全だというのは、X線やCTに比べて放射線被曝がないという点だけです。実はそれほど安全なものではありません。と言いますのは、日常では出合わない、ものすごく強い磁場を使います。例えば鉄などを強く引き付けますので、酸素ボンベなどが装置に向かって飛んでいくといった事故が国内だけで年間100件ぐらい起こっています。

ほかにも高周波の磁場といいまして、1秒間に何千万回も変化するような電磁波を使いますので、それによって患者さんに火傷を負わせてしまうこともあります。そういう意味では決して安全な装置ではなく、むしろ危険な診断装置であると考えていただいたほうがいいかと思っています。

山内

基本的には、電磁波を使うと考えてよいのですね。

黒田

そうですね。

山内

電磁波の波長の長短で、安全性に違いは出てくるのでしょうか。

黒田

重要な点だと思います。まず一般的な話ですが、例えば波長が長い電磁波は周波数が低くて、体に対する発熱や組織の変化などは起こしにくいということが挙げられます。

ただし、波長が長い短いをどういった基準で考えるかが重要です。例えば私たちが普段使っているのは家のコンセントの商用電源ですが、これは電圧の変化が1秒間に50~60回程度です。そういった波は、空気中での波の長さが5,000㎞とか6,000㎞という、ものすごく長いものになります。極めて緩慢に変化しますので、こういった電圧の変化では十分安全だと考えられています。したがって、我々は毎日使っているのですね。

一方、病院でよく使われるX線も実は電磁波で、こちらは非常に波長が短いです。長くても髪の毛の太さの1,000万分の1程度。周波数でいうと、これは今まで聞いたこともないような単位なのですが、30ペタヘルツ(P㎐)、10の16乗ヘルツぐらいの値です。とてつもなく高くて、これぐらいになってくると、原子の性質を変えてしまうことがあります。これがいわゆる電離作用というもので、体の組織を改変してしまう、がん化を生じる原因ともなっているのです。

山内

ちなみに、ラジオの周波数と比較してどのような感じなのでしょうか。

黒田

MRIで使っている磁場の高周波と呼んでいるものがラジオの周波数とよく似ていて、日経さんのラジオの放送ですと、このだいたい2~20倍ぐらいの周波数ですね。NHKのFM放送とよく似た周波数帯を使っています。

これぐらいのものは基本的には安全なのですが、後で述べますように、体の中に金属のようなものが入っているときに、それとの相互作用で発熱をさせたりしてしまう危険性があると思います。

山内

基本、体はこういったものに対しては比較的、融通が効いていると考えてよいのですか。

黒田

耐性があると考えて大丈夫です。ただし、あまり周波数が高くなってくると、発熱という現象が起きますので、それはある程度避けるようにということです。

山内

波長が長いもので、頭痛、めまいを訴えるという話もありますが、これは本当でしょうか。

黒田

事実だと考えています。例えば、MRIで使う磁場は非常に強い磁場だと先ほど申し上げましたが、これは静磁場、じっとしている磁場です。じっとしているということは時間的に変化しませんので、波長は無限大、非常に長いということになります。

こういった磁場の中でも、例えば頭を動かしたりしますと、めまいや吐き気が容易に生じます。これは私も経験したことがありますし、ほかの医療従事者もそういうことは当然感じています。

また、頭をじっとさせていても、磁場の変化をある程度の周波数で起こさせると神経刺激が起きるので、これもまた、めまいなどの原因にはなり得ます。人間の頭は電気を流す性質を持っていますので、そこに磁場の変化が加わると、それによって電流が生じて神経が刺激される。これがめまいなどの原因になっているという見解です。

山内

ただし、一過性で済むと考えてよいのですね。

黒田

そうです。ほんの数分もすれば治まるようなことが多いです。一方で、中長期的な作用がどうか、例えば遺伝に関してどうなるかとか、発生において影響があるかということについても様々研究されていますが、今のところ、MRIで使う磁場程度のものであれば、そういった発生系、その他に関する影響はないといわれています。

山内

それに少し絡みますが、安全性が高いとしても、MRIのそばにずっといる技師や医師といった方々は、やはり装置から距離を取ったほうがよいかという気もします。

黒田

電磁波による作用の観点からは、そういった必要はないですね。ただし、患者さんを入れ替えるとき、技師はMRIのそばにいて、静磁場と呼ばれる強い磁場の近くで動いたりします。それが頻繁になると、先ほど申し上げた理由で神経が刺激されて気持ち悪くなることはあるかもしれません。

山内

あと、大きな音がしますね。

黒田

そうですね。ですので、撮像中はだいたいほかの部屋、すなわち操作室のほうに出ていただいて、それで操作をするのが一般的な考え方です。

山内

なぜあれほどの大音響がするのでしょうか。

黒田

これはよく一般の方にも聞かれるところなのですが、MRIというのは、先ほど来申し上げている強い磁場と高周波の磁場以外に、第3の磁場とでも言うべき勾配磁場というものを使っています。これは画像を撮るときの体の中の原子の場所を決めるために使われているのですが、だいたい1秒間に1,000回ぐらいのオーダーで変化します。

その磁場をつくるために電流を使っているのですが、それが静磁場の中で動きます。ある電流の向きに電流を流しますと、その磁場によって電線がマグネットの真ん中に引き付けられるようになる。電流の向きが逆になると、それが離れる向きになる。それが頻繁に起きると、振動が生まれ、その振動音がMRIの大音響になっています。

山内

振動音なんですね。こういったものは、例えば画像の向きやそういったもので変わることもありますか。

黒田

あります。勾配磁場は画像を撮るときに与え方を変化させるのです。そうすると、音も違って聞こえます。私の知っている研究者の方でこういった分野のプログラムに長けている方がいらっしゃるのですが、おもしろいことに、その方は、勾配磁場と呼ばれる磁場のかけ方をコンピューターでプログラミングして、それで音楽を奏でるようなことをされていました。

山内

なるほど。大音響でも安全性は確立しているのですね。

黒田

はい、そうです。装置は十分丈夫に作られていて、糸巻に電線が引き付けられたり離れたりしても、それによって壊れるようなことはもちろんありません。

山内

ついでの話になりますが、現在、携帯やカーナビの電波が無数に流れています。この状況は大丈夫なのかという素人っぽい質問なのですが、いかがなんでしょう。

黒田

今のところ、例えば家で使う商用電源から始まって、自動車のETCや衛星通信などで使われている電磁波は、人間の体にはほとんど影響ないという研究結果が出ています。

しかしながら、先生がご心配されているように、どんどんこういった機器が増えて、身の回りが電磁波だらけになったときに本当に影響がないかということについては、まだ誰もわかっていないです。この辺りについては総務省の電波防護指針というのがあるのですが、それに沿った検討がこれからも続けられていく必要があります。

山内

今後10年間、さらにMRIは進歩すると思いますが、どういったかたちのものを予想されていますか。

黒田

幾つか挙げさせていただきますと、一つは磁場の強度を強くする方向があります。これは磁場の強度が強いほうがより精細な画像が撮れるという観点からです。今、実は厚生労働省によって7テスラ、7万ガウスという、ものすごく強い磁場を使った装置もすでに一部薬機法で承認されています。何が良いかと言いますと、例えば脳の中の細かい神経核の画像などを詳細に見ることができます。

しかしながら、おなかの画像も同じように撮れるかというと、そのようなことはないのです。磁場の性質が人間のおなかの大きさと相性が合わなくて、うまく画像が撮れないことがあります。

一方で、逆に非常に弱い磁場を使ったMRIも今後、普及が見込まれています。磁場の強度が弱いと、永久磁石という普通のマグネットで作れるのです。そうしますと、例えば電磁環境の良くない国々、特に電源設備が整備されていないアフリカの諸国などでも病院でMRIを導入することが可能になります。ですから今、国際学会でもこういった発展途上国、開発途上国にいかにMRIを普及させるかということで、低磁場の装置の普及を検討する動きが出ています。

山内

むろん、今後はAIと組み合わせたり、いろいろな臓器、組織の性質、硬さだとか酸化還元とか、こういったものとの組み合わせで先々は非常にいろいろと進歩すると思います。

もう一つうかがいたいのですが、臨床としては、胃や腸への応用はどうなのでしょうか。

黒田

私も以前研究していたのですが、例えば内視鏡のようなものを使って体の中にMRIの受信用のアンテナを入れて、胃の中から画像を撮ることが技術的には可能です。非常にきれいに胃の層構造が描出できます。

ただし、検査のためにいちいちアンテナを飲んでいただくようなことができるかということで、まだ臨床にはいたっていませんが、その辺りは重要かと思っています。

山内

最後に、先生から安全性に関して追加したい重要な話題がありましたら、ご紹介願えますか。

黒田

ぜひとも申し上げておきたいのは、体の中に入れる医療機器ですね。例えばステントやコイルに始まって、ペースメーカー、脳深部刺激装置です。あるいは体の表面につけるものとか、半分入れるカテーテルのようなものだけでなく、あるいは入れ墨、かつら、お化粧、その他のものは人間の生身と異なりますので、影響があります。

山内

そうなんですか。なかなか難しいところがありますね。ありがとうございました。