ドクターサロン

大西

「呼吸器疾患診療の最新情報」というシリーズの一つとして、ポピュラーなタイトルですが、痰というテーマでいろいろお話をうかがいたいと思います。

はじめに、先生が喀痰セクションの委員長を務めていらっしゃいます日本呼吸器学会の咳嗽・喀痰の診療ガイドラインについて、作成した目的を教えていただけますか。

金子

このガイドラインは、もともとは咳嗽に関するガイドラインとして、咳だけを対象にしていました。しかし、ご存じのように咳と痰というのは呼吸器疾患の症状として表裏一体であり、密接な関係にある咳と痰を切り離して考えるのは不自然であるということで、両者を一緒に扱うガイドラインとして咳嗽・喀痰の診療ガイドラインを、2019年に日本呼吸器学会から発刊しました。

喀痰に注目した診療ガイドラインはそれまで存在しておらず、世界で初めてのガイドラインとなりました。これを広く世界にも知っていただきたいということで、英文でダイジェスト版を作り、呼吸器学会の英文誌に掲載しています。

大西

そのガイドラインの対象や内容に関して少し教えていただけますか。

金子

咳や痰というのは、風邪を引けば誰でも自覚する症状ですが、肺癌や肺結核を代表とする重大な呼吸器疾患による症状の場合もあります。したがって、咳や痰があるときにどのような対応をしたらいいのか、どういう疾患が考えられるのか、といった日常診療における疑問に対して詳しく説明しています。

プライマリ・ケアの先生方にぜひ活用していただきたいと考えていますし、また、内科を中心としたすべての診療科の医師を対象としています。

大西

では、喀痰セクションの改訂の主なポイントを教えていただけますか。

金子

まずガイドライン全体として、クリニカルクエスチョン(CQ)、つまり、診療の現場における重要な疑問を取り上げ、関連する臨床試験の論文を系統的に収集、分析し、その結果をまとめてエビデンスを明らかにしていくシステマティックレビュー(SR)をきちんと行って、CQに対する回答を作成しています。今回、咳も痰も4つずつ、全体で治療に関して8つのCQを取り上げました。

前回のガイドラインは、執筆者が自分たちでSRを行い、エビデンスレベルを決めていました。しかしこれでは、不正確といいますか、公平性が保たれないということで、今回の改訂では独立したSRのチームを編成して作業を行っています。これが新しい点になります。

次に喀痰セクションの改訂の主たるポイントとして、血痰・喀血の原因疾患に関して、最近報告された国内のデータを記載しました。これまでは、まとまった国内のデータがなかったため英国のプライマリ・ケアのデータを採用してガイドラインに掲載していました。しかし、ここに挙げられている疾患は私たち専門医が日常診ている原因疾患とは大きく異なっています。そこで今回、私たちは全国多施設共同研究として専門施設での原因疾患について調査を実施しました。さらに、英国のデータと比較する目的で、国内のプライマリ・ケアにおいても検討を行いました。最近これらの結果がまとまり、2つの英語論文として報告することができ、今回の改訂にも何とか間に合いました。

まず英国のプライマリ・ケアでの原因疾患としては、急性上気道感染症が1位、2位が急性下気道感染症でした。急性下気道感染症には急性気管支炎と肺炎が含まれます。次に、3位は気管支喘息であり、このように感染症や良性疾患が上位を占めています。

国内の専門施設における原因疾患では、1位が気管支拡張症、2位が肺がん、3位が非結核性抗酸菌症でした。一方、国内のプライマリ・ケアでは、1位が急性気管支炎、2位が急性上気道感染症、そして3位が気管支拡張症でした。プライマリ・ケア同士を比べると、英国も日本も1、2位はともに急性気道感染症で、上気道と下気道の順位が逆になっていますが、同様な結果でした。

つまり、プライマリ・ケア医は、急性気道感染症など、咳によって気道表面の粘膜に傷がついて少量の出血が生じ血痰が出るといった軽症の病態を主として対象にしていると考えられますが、私たち専門施設では、プライマリ・ケア医では対応が困難であった、より重い病態の疾患を対象としており、肺がんや非結核性抗酸菌症などが上位になっていると解釈しています。

大西

最近のトピックスとして、閉塞性肺疾患における気道粘液栓という概念があるようですが、その辺りを少し教えていただけますか。

金子

これは、気道分泌の領域で、かつてないほど注目をされている、ホットなトピックになります。これまで、喘息死に至るような非常に重篤な病態においては、気道に粘液栓が多発して呼吸ができなくなり、生命を脅かす呼吸不全を生じるということが知られていました。ところが2018年に、マルチスライスCT、つまり冠動脈撮影に用いられる解像度が高いCTを使った検討によって、安定期の喘息およびCOPDにおいて中枢気道に粘液栓が高頻度に存在していることが明らかになりました。

この中枢気道の粘液栓形成は、喘息やCOPDにおいて、呼吸機能の低下、増悪頻度の増加、重症の病態などと深く関連していることが明らかになったことで、粘液栓は治療の対象として極めて重要になると考えています。

大西

それではそもそも喀痰とは何かについて、非常に基本的なところですけれど、まずそれを教えていただけますか。

金子

咳や咳払いに伴い口から吐き出されるネバネバしたものを喀痰と呼んでいると思いますが、ガイドラインの定義としては、下気道からの分泌物を喀出したものが喀痰になります。したがいまして、後鼻漏と呼ばれる、上気道である鼻、副鼻腔の分泌物が口の中に流れ落ちてきたものを吐き出して、これを痰と自覚することもありますが、これは痰ではありません。

大西

今ネバネバしたというお話が出ましたけれども、よく私たちは「ネンチョウ(粘稠)な喀痰」などと、つい言ってしまうのですが、これは正しいのでしょうか。

金子

ご質問ありがとうございます。これは誤った読み方をされている方が非常に多い用語です。正しくは、「ネンチュウ」と発音します。これからは、「ネンチュウ」と発音していただければと思います。

大西

初めてうかがいました。慢性的に喀痰が続いている方が時々いらっしゃいますが、そういう場合はどういった疾患が多いのでしょうか。

金子

慢性喀痰症状の原因疾患として最も多いのが、閉塞性肺疾患である気管支喘息とCOPDです。

大西

これらの疾患で慢性喀痰が存在する病態、その意義はいかがですか。

金子

両疾患ともに気道に慢性炎症が存在することで、気道分泌が亢進し、慢性喀痰が生じます。喘息における慢性喀痰の意義としては、増悪頻度が多いとか、症状コントロールが不良で、あまり治療がうまくいっていない重症の病態を表しています。さらに、リモデリングと呼ばれる、気道構造が変化して気道壁が肥厚し、固定性の気流閉塞を生じた患者さんも慢性の痰が多いことが知られています。

COPDにおける慢性喀痰の意義も同様です。呼吸困難の症状、呼吸機能や身体活動性の低下、健康状態の悪化、そして頻回の増悪といった病態、さらには呼吸機能が年々大きく低下し、入院のリスクが高く、また予後も不良といった、極めて重症の病態とも慢性喀痰症状が関連をしていることが知られています。

大西

どうもありがとうございました。