ドクターサロン

大西

田淵先生、禁煙治療についてうかがいたいと思います。

喫煙は、呼吸器疾患をはじめ、がんや心疾患など様々な病気のリスクになっていると思いますが、最近、以前よりは日本の喫煙率が下がってきているようにも思います。その辺りの現状から教えていただけますか。

田淵

喫煙率が下がっているのはいいことだと思いますが、油断できないのは、社会として、タバコを吸っていると言いにくくなってきていることです。そういう状況で、我々の研究結果でも、タバコを吸っている人の約5人に1人は「吸っている」と答えていないという結果が出ました。世の中の今の喫煙率を見たときに、本当はそれより吸っている人が多くいると思っていただいたほうがいいです。

あとは、ちょっと質問に答えていただきたいのですが、現在の日本の小学生、例えば小学4年生に「あなたの家にはタバコを吸っている人がいますか」と聞いたときに、何割の小学4年生が手を挙げると思いますか。

大西

3割ぐらいですか。

田淵

正解は6割ぐらいなんです。

大西

えーっ、そうなんですか。

田淵

「えーっ」と思いますよね。今の小学生の家に、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんと暮らしていたりすると思うのですが、今の日本人の30~40代の男性の喫煙率が4割ぐらいなのです。なので、小学生のお父さん世代の人の喫煙率が最も高く、お父さんだけでおよそ4割いるのです。だとすると、お母さんも吸っていたり、おじいちゃんも吸っていたりと、トータルすると6割ぐらいの小学生の家にはタバコを吸っている人がいて、タバコの煙が身近にあるということなのです。

大西

諸外国に比べて、日本のタバコ対策は遅れているのでしょうか。

田淵

はい、そうです。皮肉な話ですが、タバコ対策で何をすればいいかはわかっています。世界の中でタバコ対策が日本ではまだ不十分であるがゆえに、何をやったらいいかは、進んでいるほかの国が教えてくれます。

例えば、タバコの値上げは日本よりも進んでいる国が多くあり、日本でももっと値上げすると、喫煙率が下がるとわかっています。

どのような順番でタバコ対策を行えばいいかという優先順位も、それこそ世界の研究でわかっています。タバコの値上げが一番効果があり、その次には、職場や家庭、すべての空間を禁煙化しようという順になります。

日本では受動喫煙対策がまだ不十分で、例えばオーストラリアでは、屋内空間はすべて禁煙になっています。オーストラリアでは、受動喫煙対策を進める過程で、一時期は、レストランは屋内全面禁煙だが、バーはまだ全面禁煙ではないというときがありました。それが今、なぜバーも含めて禁煙になっているかというと、オーストラリアではそのとき、「レストランの従業員はタバコの煙から守られるけれども、バーの従業員はタバコの煙から守られないというルールは、社会としてそれでいいのか」と。それが公平なのか、公正なのかという議論をしっかりして、その後すべての空間が禁煙になりました。

大西

話を少し変えます。禁煙しようという方も多くいるかと思いますが、禁煙はうまくいくものなのでしょうか。

田淵

禁煙が難しいというのは、研究しているとはっきりわかります。がんになっても、タバコをやめられない人がたくさんいる。それこそ、がんになった人でも、禁煙すると余命が延びるということもわかっていますし、かなりの高齢者であっても禁煙すると、すぐにいいことが起きることもわかっています。

特に禁煙のいい面というと、早ければ早いほどやめたほうが効果がある。例えば35歳までに禁煙すると、平均余命はそれほど変わらない、リカバリーできると報告があります。

大西

ニコチンパッチやバレニクリンなど、いろいろな治療薬も出ているようですが、その辺りの状況を教えていただけますか。

田淵

これまで禁煙できた人のほとんどは自力で禁煙できている人ですが、自力よりも禁煙外来に受診してもらって禁煙するほうが成功しやすいです。今はバレニクリンという薬が使えない状況になっています。それが使えるようになったら使ってもらったらいいのですが、使えない状況でも、ニコチンパッチなどのニコチン補充療法をしていただければと思います。自力よりは禁煙しやすいとわかっていますので、禁煙外来に行ける人は行ってもらって活用してほしいと思います。

大西

診断手段として、タバコ依存度テストも使われますか。

田淵

禁煙外来では、必ずニコチン依存度を測る質問票に答えてもらいます。それでニコチン依存症と診断して禁煙治療が行われます。タバコを1日20本吸っている人が最も多いのですが、そういう人の場合は、ほとんどの場合、ニコチン依存症という状況です。タバコを吸っている人はニコチン依存症の可能性が高いと思ってもらって、禁煙をすすめていただければと思います。

大西

禁煙の効果を上げるために、精神的アプローチも重要でしょうか。

田淵

体の依存と心の依存と、両方ありますから、精神的アプローチも重要です。ただ、私はタバコ問題についての背景を知ってもらうことも重要だと考えています。タバコに対しての認識というのは、生まれながらに歪められてしまっています。生まれたときから、タバコを売っているのは合法で、タバコのリスクの話がテレビで取り上げられないのが当たり前にされてしまっているような社会で生きてくると、認識が歪められてしまうのです。本当はタバコが合法なのはとても異常で、タバコの害は非常に大きいということがきちんと理解できていないということなのです。これまでずっと理解が不十分なままできているので、世の中の喫煙者の皆さんにタバコ問題に対して改めて向き合ってもらって、禁煙する必要があると気づいてもらうことがとても重要だと思います。

大西

本人だけでなくて周りの人、受動喫煙の問題も大きいと思うのですが、その辺りの現状や対策などありましたら、教えていただけますか。

田淵

受動喫煙が本質的にどういうことかを理解してもらう必要があります。先生にうかがいますが、誰かに他人を傷つける権利があるとしたら、どう思いますか。

大西

なかなか言いづらいところもありますけれども。

田淵

「そんなことはありえない」と思いますよね。誰にも他人を傷つける権利なんてない。

大西

普通はそう思いますよね。

田淵

受動喫煙に当てはめると、タバコは自分が吸っていなくても、誰かのタバコの煙に傷つけられるわけです。

誰にも他人を傷つける権利はないはずなのに、タバコを吸っている人が一番のタバコの被害者ではあるのですが、タバコを吸っている人は加害者にもなるわけです。加害者になるということは、ありえない話です。受動喫煙というのは、本当の意味であってはならないことだという認識がまだまだ社会として足りておらず、冒頭でもお話ししたように、小学生の子どもたちの少なくない数がいまだに受動喫煙にさらされているのです。

大西

大きな問題ですね。貴重な話をありがとうございました。