多田
このたびリニューアルされました「成人肺炎診療ガイドライン2024」についてお話をうかがいます。
前回のガイドライン作成から7年が経過し、この間、わが国もCOVID-19による新たなウイルス性肺炎のパンデミックに見舞われました。先生は作成委員会の委員長として、このガイドラインを中心的にまとめてくださったわけですが、まずその作成コンセプトについて教えていただきたいと思います。
迎
今回のガイドラインの作成にあたっては、やはり2020年初頭から新型コロナのパンデミックに遭遇したことが大きく影響しました。今までのガイドラインとは違って、新型コロナの位置づけですね。新型コロナを代表とするウイルス性肺炎の疾病負荷が非常に大きいのではないかということで、今回のガイドラインは、新型コロナを含むウイルス性肺炎をしっかり取り込んでいこうと考えていました。
また、世界の中で日本は超高齢社会を迎えていて、肺炎で亡くなる方が、65~70歳を超えると急激に増えます。高齢者が肺炎で亡くなる方が多いというのは日本の一つの特徴です。そういうところで、高齢者肺炎にも注目したガイドラインです。
今回新型コロナを経験して、日本の医療の検査体制が大きく変わりました。PCRという方法で、遺伝子で微生物を検出するということが、日常的にいろいろな医療施設で行われるようになりました。感染症診療の基本としては、原因の微生物を明らかにすることが重要ですので、検出微生物の検索という項目をつくり、ウイルスも含めてできるだけきちんと検査することをコンセプトとして考えたガイドラインになっています。
多田
先生は今回、フローチャートをおつくりになっています。このフローチャートでは、肺炎と診断された患者さんの背景のアセスメントがフローチャートの先頭にあります。
この点についてお話しいただきたいと思いますが、ここでは誤嚥性肺炎を繰り返すといった患者さんのバックグラウンドへの対応がまず重要であるということでしょうか。
迎
そうですね。65~70歳を超えると急激に肺炎で亡くなる方が増えてきます。その中で重要なのは、誤嚥性肺炎という病態です。
寝たきりになっている方や疾患の末期の方、高齢者の誤嚥性肺炎は繰り返してしまうとか、嚥下反射が低下しているとか、様々な身体的な衰弱が背景にあります。そういう意味では、医療で抗生物質で治す肺炎とは少し変わってきます。
考え方として、市中肺炎も含めて誤嚥性肺炎を繰り返すような方はまた別に考えて、患者さんにとって何が一番いい治療法なのか。医師だけで考えるのではなくて、患者さんや家族も一緒になってどうしていくのか。超高齢社会を迎えた日本の特徴ですが、それをまず考えていくことを入れました。
多田
次いで今話された市中肺炎(CAP)、それから医療・介護関連肺炎(NHCAP)、ならびに院内肺炎(HAP)に分けて、それぞれの対応と治療薬の選択もうたっています。
まず市中肺炎についてはいかがでしょうか。
迎
市中肺炎は、基本的には健常人の肺炎ですが、最近は自宅で暮らしている高齢者も多くなっています。こうしたことから、高齢者も考えた内容ということになりますが、基本的に市中肺炎であれば、一般細菌と、マイコプラズマのような非定型肺炎。一部、まれではありますが、重症化するレジオネラ肺炎。こういうものが中心となる肺炎です。
外来であれば、基本的に内服で治療する。入院であれば、注射中心になりますが、まずは細菌性肺炎とマイコプラズマなどの非定型肺炎を検査や症状等で最初に分けて、細菌が疑われればペニシリン中心、非定型が疑われれば最近マクロライド耐性が多くなっているので、ミノサイクリンやニューキノロンなどで治療する。集中治療室で入院するような重症の患者さんで、緑膿菌が原因になっている可能性が高いような方には緑膿菌をカバーする抗菌薬を使いますが、そうでなければ、一般的な狭域といわれる抗菌薬で治療することを推奨しています。特にICUで重症な方に関しては、β -ラクタム剤+マクロライド、またはキノロン。このような薬剤を併用することも推奨しています。
多田
症例によっては併用療法も可であるということでしょうか。
迎
そうですね。特に重症例においては、マクロライド、点滴でいうとアジスロマイシンとβ-ラクタム剤の併用が推奨されます。マクロライドは、抗炎症作用もあり、重症の肺炎では、併用は効果があるというデータも出ていますので、推奨しています。
多田
NHCAPですが、逆に米国では医療ケア関連肺炎の概念がなくなったとも聞いています。日本においてはそうではなくて、まだまだその辺りから進めていかなければいけないということでしょうか。
迎
そうですね。アメリカでは耐性菌が多いことから、医療ケア関連肺炎という概念が出てきたわけですが、実際、耐性菌の関与は、この肺炎では少ないということがわかってきて、アメリカではこの概念をなくしています。
日本でどうするかということは、今回のガイドラインを作る前に、私たち委員も時間をかけてディスカッションをしました。海外のようにNHCAPという概念を残すのか、消すのかというところからスタートしたのですが、日本はほかの世界の国々と少し違って超高齢社会にあるということから、死に関連した高齢者の肺炎が非常に多い。NHCAPは高齢者肺炎が主という概念を日本でつくってきたこともあって、今回の段階ではNHCAPという概念を残そうという意見が多かったので残しました。
多田
次いで、HAPについて教えてください。また、人工呼吸器を使った症例に見られる肺炎もあると思いますが、触れていただけますか。
迎
NHCAPも含めて、今回、私たちは耐性菌のリスクを考え直しました。NHCAP、HAPの耐性菌のリスクに関して2017のガイドラインでは、まったく同じように評価していました。
しかしNHCAPの治療に関して、広域の抗菌薬が過剰に使われており、それが逆に患者さんの予後を悪くしている可能性があるのではないかという論文が出てきましたので、今回は、NHCAPにしてもHAPにしても、狭域で治療できる人はできるだけ狭域で治療しようと考えています。AMR対策ということもあるので、必要ではない方に広域をできるだけ使わないようにするという概念から、NHCAPとHAPの2つは、人工呼吸器関連肺炎(VAP)も含めて、できるだけ狭域でいけるところはいきましょうということを推奨したのです。
それによって、耐性菌のリスクもそれぞれのシステマティックレビューを行って、どういうものが耐性菌リスクとして上がるのかを再度確認して、耐性菌のリスク因子を新たに作り直したのです。
多田
原点に立ち返るというか、非常に大事な点ですね。また、先生のお立場として、今回COVID-19のパンデミックにおいて皆さんたいへんご苦労されたわけですが、一方では、世界レベルで公衆衛生学の脆弱性も批判されています。今後、肺炎予防について先生のご見解とアイデアを教えていただければと思います。
迎
今、先生からご指摘いただいた点は非常に重要と感じています。肺炎予防に関して言うと、今回のガイドラインでも書いていますが、大事なのはやはりワクチンと口腔ケアです。これは歯科医が関与しますが、この両輪で予防していくことが非常に重要ではないかと考えています。
実際に、システマティックレビューで今回口腔ケアについてもきちんとしたエビデンスが出ています。前回のガイドラインでシステマティックレビューをして、ワクチンが強く推奨されるということでしたので、今回は当然実施されるべき医療行為としてワクチンを推奨しています。
そして栄養も重要と考えていますが、このような予防の重要性をきちんと打ち出しているガイドラインになっています。問題なのは明らかに効果があると思われているワクチンに関して、日本は世界に比べて後進国と言わざるを得ないような状況にあります。また、肺炎球菌ワクチンにしても、高齢者の定期接種がありますが、打たれている方が少ないです。
新型コロナのワクチンも1~3回目はけっこう皆さん打たれていましたが、2023年のXBBの1価ワクチンは、無料で皆さんが打てるワクチンの機会があったものの、全体で2割しか打っていないし、高齢者も半分しか打っていないという状況です。2024年になって、高齢者の定期接種となり、一部負担での接種が10月から始まっていますが、まだ10~20パーセントしか打たれていない。日本はワクチンに対する意識が非常に低いところが問題ではないかと思っています。
多田
ワクチンを中心として、ほかの職種との連携の中で肺炎を撲滅していくこと。たいへんよくわかるお話をありがとうございました。