池田
腸管出血性大腸菌が検出されたことに関しての相談です。この名前で思い出すのは、以前、生肉を摂取して亡くなったということが報告された記憶です。O157という名前で報告されていましたが、これは腸管出血性大腸菌の一部なのでしょうか。
宮入
おっしゃるとおり、腸管出血性大腸菌というのは、大腸菌のうち、毒素を出して、出血を伴う腸炎や溶血性尿毒症症候群を起こす可能性のあるものをいっていて、基本的には志賀毒素を持っている大腸菌のことをいいます。その中の代表的なものの血清型がO157で、ほかにも例えばO26やO111というものも存在します。
池田
通常はどこに存在しているのですか。
宮入
腸管出血性大腸菌は、牛などの家畜の腸内にいることが多いです。
池田
そういった菌が付いた肉類を食べることでうつっていくのですね。実際に感染経路にはどのようなものがあるのでしょうか。
宮入
汚染された食品を摂取することで感染することが多いです。もう一つは、感染している人から別の人に感染するということがあります。
池田
これはやはり、感染している人の便から、違う人の口に入っていくということなのでしょうか。
宮入
はい。いわゆる糞口感染で、例えば感染している人がトイレに行って、手がそれで汚染されてしまう。その手で、料理を作って、それを食べた人が感染してしまうという可能性があります。
池田
例えば口から入ってきて胃を通ってということになると、胃酸にさらされることになりますが、この辺りもくぐり抜けて腸まで到達するのでしょうか。
宮入
そうですね。なかなかしぶとい菌で、菌が100個あれば感染が成立するといわれています。胃酸によってある程度菌量が下がることは知られていますが、胃酸を抑える薬を使っているような人は逆に感染しやすいことも知られています。少量の菌でも胃を通過して、小腸、大腸と行って、感染が成立することが知られています。
池田
すごい菌ですね。大腸に行って、ある程度の菌数になっていくと思うのですが、それから症状が出るのはどのような機序が考えられているのでしょうか。
宮入
腸の粘膜を荒らしてしまうなど、菌が持っている様々な毒素があります。ただ、この病態の中で最たるものは志賀毒素で、これが血管に炎症を起こすような役割を持っています。
それによって、腸管の粘膜が破綻して出血する。ひどい出血を起こすと、水様便の中に血が混じってトマトジュースのような便が出ることもあります。また、その毒素が腸管だけにとどまらず、全身にうつっていって、例えば腎臓などは小さい血管であふれていますので、そういったところの血管が炎症を起こして血栓ができると、心臓の機能に障害を起こしたりします。
池田
やはり毒素の作用によるものなのですね。一般的な予防法として、確立されたものがあるのでしょうか。
宮入
まず一番重要なのは汚染された食品を摂取しないことです。こちらに関しては、食中毒の予防の原則というところで、中毒菌を「つけない」「増やさない」「やっつける」。最近ではHACCP(ハサップ)といわれているのですが、例えば食品を購入した際、ひき肉など、どうしても汚染されやすいものがありますので、そういったものを買うときには、新鮮なものを買う。あとは、肉が入っているパックの中には汁が滲出してポタポタとこぼれてほかのものを汚染してしまうことがあるので、購入の段階のポイントでもあります。家の中で保存する場合も、10度以上で増殖をしていくので、速やかに冷蔵庫に入れる。それを冷蔵庫から出して調理する際も、その肉が例えば汚染されていたとすると、それを触った手でいろいろなものをペタペタ触っていったり、そのまま野菜を触ってしまうと汚染されてしまうので、汚染されている可能性のあるものを触った後は手をしっかり洗う。もちろん調理でも、菌自体は75度以上で1分以上の加熱をすると死滅するので、しっかりと熱することも必要ですし、汚染された野菜も、100度のお湯で5秒間の湯がきが有効だといわれています。
食品によって扱いはちょっと変わってきますが、例えばミンチ状になったひき肉などは、いろいろなものが混ざっているので、しっかりと中まで加熱し、赤いところがないようにしないと、生焼けのハンバーグなどはリスクが残る状態になってしまいます。そして、残った食品は速やかに片付けて、冷所に保存してもらう。家庭ではそのような注意が必要ですし、これらを扱う食品業者自体も注意しながら食の安全を守っています。
池田
質問では、そのようなことをしていても、やはりキャリアがいるということです。キャリアはけっこういるのでしょうか。
宮入
そうですね。一定の割合で無症状の保菌者がいることが知られています。国内で毎年3,000人ほど、腸管出血性大腸菌が検出されていますが、3割ぐらいは無症状で無症候性の病原体の保有者であることが知られています。
池田
3割ですか。キャリアかどうかの判定法はどうされるのでしょうか。
宮入
これは便培養になります。症状があった人は普通に便培養されると思いますが、食品を扱っている業者の方は定期的に便培養を行っています。
池田
でも、食品を扱う方、その周りの方も含めると、かなりの人数ですよね。
宮入
そうですね。食品を扱っている方の中では、例えば社員食堂など大量に食品を扱っているような方は月に1回、学校の給食であれば月に2回、水道関連の方は半年に1回など、けっこうな頻度で検査をしています。
池田
とても多い数なのですね。職種によっては月2回ぐらいという、かなりストレスフルな作業になると思います。この質問の方は、トラネキサム酸とセフカペンピボキシルを服用しても陽性が続いているとのことですが、陽性が続くというのは、便培養が陽性になっているということでしょうか。
宮入
はい。便培養で陽性が続いているという解釈になります。通常、陰性の確認をするために、症状がある人は2回の便培養の陰性を確認しなければいけないことになっていますが、症状がない人に関しては1回でよいという扱いになっています。おそらくこの方は定期検診で検出されて、無症状だったので、検査をしても毎回陽性になっている状況ではないかと思います。
池田
対応についてご教示くださいという質問ですが、いかがでしょうか。
宮入
非常にたいへんですよね。大きく2つの対応があって、一つはこの方の就労制限に関する対応ですね。食品を直接扱っている以上は就労制限はやむを得ないのですが、例えばその職場の中で食品を扱わないデスクワークなど、そういったところまで制限されているわけではないので、一時的にそういうデスクワークなどに配置換えができれば、それは一つの手になります。
もう一つは、どうやったらこの菌を陰性化させることができるかということです。質問の医師のところでセフカペンピボキシル、抗菌薬を使用されたということで、抗菌薬による除菌が一つのオプションにはなります。
このオプションに関しては、少し慎重に考える必要があります。背景として、症状がある腸管出血性大腸菌の感染者に対して抗菌薬を使うことによって、先ほどの溶血性尿毒症症候群を発症しやすくなるというデータがあり、世界各国では、この状態に対して抗菌薬を使わないほうがいいという推奨がなされています。
ただ、日本国内の状況で検討されたものでは、抗菌薬の種類によっては、むしろリスクを下げるという報告もあります。例えば子どもに対するホスホマイシンという薬だとリスクが下がりますので、使う抗菌薬の種類を検討する必要があると思います。
今回のように実際に症状がない人に対して抗菌薬を使って、菌を陰性化することができるかについては、あまり良いエビデンスがありません。「使って消えました」という報告はあるのですが、比較的大きな検討は限られています。ドイツでの検討ですが、こちらはアジスロマイシンを使ったら、使っている人と使っていない人を比べて排菌の期間が短縮できたということが報告されているので、そこは参考になるかと思います。
なお、便培養を出されているので、菌の薬剤感受性検査をして、耐性菌ではないかどうかは確認が必要かと思います。
池田
なかなか難しいですね。最後にうかがいたいのは、キャリアのご家族は、どのように扱われるのでしょうか。
宮入
腸管出血性大腸菌感染症は、感染症法の三類感染症に分類されていますので、保健所に届け出る義務があります。届け出た際には、保健所から介入があって、積極的疫学調査という、ご家族の方に対しても検便などの検査が施行されることが多いと思います。
池田
国を挙げて、一切、腸管出血性大腸菌を見逃さないぞという姿勢が見えてきますね。
宮入
おっしゃるとおりです。食の安全は、我々の日常生活に関わる大事なことですので関心も高く、官民、いろいろなところで取り組まれています。
池田
どうもありがとうございました。