池田
夜間頻尿の病態と治療法についてお話をうかがいます。夜間頻尿というのはやはり頻度の高い症状なのでしょうか。
古田
はい。夜間頻尿について日本排尿機能学会で2023年に全国で約6,000人からのアンケート調査をウェブ上で行ったのですが、20年前にも一度行っています。
この2つのアンケート調査で、どちらも下部尿路症状の中で患者さんが一番困っているもの、生活の質を落とす下部尿路症状として、夜間頻尿が挙がっています。ですから、最も訴えの多い疾患といわれております。
池田
夜間頻尿にはいろいろなタイプがあると思いますが、どのようなものがあるのでしょうか。
古田
病態は大きく3つ考えられていまして、一つが夜間多尿です。この中には多飲多尿も入れている場合もありますが、夜間多尿は、原則的に1日の尿量は正常です。昼間と夜間との比が2対1、夜間に出る尿量が全体の3分の1以下であれば正常なのですが、3分の1を超えて夜間の尿量が増え、逆に昼間が減っている状態が夜間多尿です。
もう一つが、膀胱に尿が貯められないことです。膀胱蓄尿障害といわれるもので、泌尿器科がよく扱う疾患です。それからもう一つが睡眠障害です。
池田
その3つのうち、どれが多いのでしょうか。
古田
最も多いのは夜間多尿で、夜間頻尿の中の70%ぐらいを占めているといわれております。
その病態は大きく2つに分けられ、一つは就寝中に抗利尿ホルモンのバソプレシンの分泌が悪くなることです。なぜ悪くなるかというと、その一つが、加齢に伴って夜間にバソプレシンの分泌が下がるからといわれています。
もう一つ重要なのものが体液です。細胞外液の貯留が大きな問題になります。高齢者は、夕方になると下肢がむくむという方が多いのですが、こういった方々も夜間多尿の原因となります。その他、細胞外の体液の貯留として、うっ血性心不全、高血圧、糖尿病といった生活習慣病、あるいは慢性腎不全。こういったものが夜間多尿の原因になるといわれています。
池田
極めて内科的な感じですね。
古田
そうですね。薬物療法が一つあります。細胞外液が溜まってしまったものに関しては、やはり利尿剤などになるかと思いますが、バソプレシンの分泌が下がっている可能性が高い場合は、バソプレシンを補充する治療が保険上、認められています。残念ながら現状、男性のみにしか使えません。
なぜ女性が使えないのかと言うと、こういった疾患は加齢に伴う変化なので、最初に生活指導を行います。飲水を控えましょうとか、下肢の浮腫を防ぐために弾性ストッキングみたいなものを履きましょうとか。こういう指導をしますと、女性は男性よりも比較的真面目に取り組みます。その結果、投薬する前に症状が改善してしまう。男性は薬を飲んで良くなるかたちで、現時点では男性にしか使えません。
そういった薬を使って治療する場合もありますが、原則的には細胞外の体液の貯留を疑う場合にはやはり内科医に、夜間頻尿の原因というか治療をご相談することにしています。
池田
次に膀胱蓄尿障害の原因はどのようなものがあるのでしょうか。
古田
これは我々泌尿器科医がよく扱っているものですね。男性では皆さんご存じのとおり、加齢とともに前立腺が腫大し、前立腺肥大症が増えていきます。また、男性女性問わず、年を取ると、例えばバス旅行ですぐトイレに駆け込むとか、1時間半おきにトイレ休憩が必要だということがよくいわれていますが、これを過活動膀胱といいます。単にトイレが近いのではなくて、さっき行ったのにまた急に行きたくなる、水の音を聞いたら急にしたくなる、あるいは家が近づいてくると急にトイレに行きたくなるなど尿意切迫感を主とした疾患が過活動膀胱で、これら2つが代表的なものとして挙げられます。
池田
ほとんどが患者さんの主観的なことになると思いますが、診断基準等はありますか。
古田
過活動膀胱に関しては、症状症候群であり、現在、過活動膀胱症状質問表というものがあります。わずか4つの項目ですが、昼間、夜間のそれぞれの排尿回数と、先ほど言った必須の症状である尿意切迫感、それから切迫性の尿失禁。この4つの項目を聞く質問表です。ガイドライン上は週に1回以上の尿意切迫感で2点、その他含めて合計点数が3点以上で過活動膀胱と診断できます。
池田
あと、残りは睡眠障害による夜間頻尿ですが、この原因は何かわかりますか。
古田
こちらは泌尿器科医にとっては非常に難しいのですが、通常の不眠症のほかに、加齢に伴ううつ病や睡眠時無呼吸症候群も非常に多いです。
こういったものがあって睡眠が障害されると、先ほど言った夜間のバソプレシンの分泌が落ちます。これら睡眠障害によって夜間多尿を引き起こすこともよくあるといわれていますので、こちらを疑った場合には、やはり専門医に依頼をして精査していただくことになります。
池田
次に尿失禁ですが、これにはどのようなタイプがあるのでしょうか。
古田
尿失禁と言いましても、大きく分けると、貯めることができなくて尿が漏れてしまう蓄尿障害。それから、尿を出すことができず、パンパンな状態で漏れるという状態の排尿障害による尿失禁があります。
蓄尿障害による尿失禁の中には、切迫性尿失禁と腹圧性尿失禁が代表的です。その両方を混ぜ合わせた混合性尿失禁というのもあり、特に腹圧性尿失禁は女性に多いです。女性は加齢、出産、それから肥満によって骨盤底筋の障害が起きて、腹圧性尿失禁が生じるといわれています。
一方、切迫性尿失禁というのは、先ほどお話しした過活動膀胱が原因の失禁で、男性女性共通です。
また、尿を出せずにパンパンになって漏れるのを溢流性尿失禁といいます。代表的な疾患としては、前立腺肥大症、脊髄の損傷、あるいは糖尿病などで末梢神経障害が起きると、尿が出せなくてパンパンになって漏れてくることになります。
池田
いろいろな病態で夜間頻尿、尿失禁などが起きますが、下部尿路障害に対する低侵襲手術があるとうかがいました。どのようなものがありますか。
古田
いろいろな種類がありますが、まず我々が特によく扱っている疾患としては、やはり男性の前立腺肥大症です。これも膀胱蓄尿障害を起こして夜間頻尿の原因となりますが、前立腺肥大症に関しては、以前は電気あるいはレーザーによって前立腺そのものを削るという治療がメインでしたが、近年は、経尿道的に、糸で膀胱頸部を開く前立腺吊り上げ術というのがあります。
それから、前立腺に水蒸気を一気に入れて、前立腺を熱変性によって徐々に小さくしていく治療法があります。
どちらの手術も外来での施行が可能で、手術時間は10~20分。慣れてくると10分かからないぐらいでできてしまう手術です。こちらの手術のもう一つの特徴としては、よく前立腺を削ったりすると、逆行性の射精障害やEDなどが起きるのですが、こういったものに関しても、この手術における発症はほとんどゼロに近いといわれております。
池田
今の射精障害とか、こういった話があると、若い人が適応かと思いますが、日本では若い症例に行われているのでしょうか。
古田
現在、日本泌尿器科学会の適正使用指針では、従来の手術、いわゆる電気やレーザーで削る手術が適応外の患者さん。具体的には、いろいろな合併症があって手術が困難だったり、出血のリスクが高い、高齢者といった方々に、より低侵襲の吊り上げ術とか、水蒸気治療を行うという指針になっていますが、若い方に行ってはいけないということはありません。海外では若い方に対してむしろ積極的に行っている傾向があります。
池田
切迫性尿失禁の注射療法のようなものがあるのでしょうか。
古田
はい。過活動膀胱に対して保険が通っているA型ボツリヌス毒素製剤ですね。こちらに関しては、美容や拘縮といったもので医療現場で実際使われていますが、これを膀胱の壁に合計20カ所、0.5㏄ずつ打つという治療法があり、これも保険適用となっています。
効果も半年から9カ月間ぐらい持続しますので、こちらも切迫性尿失禁で、薬物療法で難治性の方に対しては、現在よく行われている非常に低侵襲で、5分ぐらいで終わってしまう治療です。
池田
もう一つ、女性の腹圧性尿失禁に対して、何か低侵襲な手術はありますか。
古田
こちらに関しては、もう25年以上経つ非常に画期的な手術があります。
その昔は、腹圧性尿失禁に対して、糸で尿道を吊り上げていたのですが、そうすると立ち上がった瞬間に糸が切れて、また同じように戻ってしまうなどということがたびたびありました。そこで、TVTとかTOTといった、いわゆる合成メッシュを使って尿道の下部を支えてあげると、腹圧がかかったときに尿道が下がらずに失禁を防止することができるということから、非常に患者さんの満足度も高い手術といわれています。
30分ぐらいの手術です。ただ、この手術は、一時期は外来で行われていた時期もあるのですが、膣の部分を少し切ったり、太めの針を刺したりするので、現在は入院するのが一般的です。でも、翌日退院できますので、非常に低侵襲な手術かと思います。女性の腹圧性尿失禁にはゴールドスタンダードで行われています。
池田
女性の、特にプライベートパーツの話なので、なかなか泌尿器科医のところに相談に来る方は少ないのではないですかね。
古田
おっしゃるとおりですね。泌尿器科というのは全科の中で一番女性の医師が少ない科といわれていましたが、最近はレディースクリニックで泌尿器科というのが少しずつ増えてきました。そういったところに女性の方も気軽に相談に行けるようになったのかなと思っています。
池田
こういった低侵襲の手術があるということがわかれば、私もという女性も増えてくると思いますので、今後も啓発をよろしくお願いしたいと思います。どうもありがとうございました。