池田
小児科領域において、迅速抗原検査キットの使い分けはどのようにされるのですか。
伊藤
まず、使い分けの前に、迅速抗原検査そのものが持っている特性を知っていただくのが有用かと思うので、その点を少しだけお話しさせていただきます。
迅速抗原検査は、基本的に感度はあまり高くなく、特異度がしっかりあるものだと理解いただけると考えやすいと思います。感度というのは、病気のある人が本当にその検査で陽性になる確率です。これが高い検査で陰性の場合は、その病気を否定しやすいというのが感度です。
すると、迅速抗原検査はそれが低いので、全体的に陰性でも否定できないところが大前提ということを理解しながら、迅速抗原検査を使うことが重要です。
昔、特にインフルエンザで陰性証明をもらうというのがありましたが、感度が低い検査でそれをやっても陰性証明にはなりません。実際、インフルエンザに関しては、その迅速抗原検査が持っている特性として、システマティックレビューですと、感度が6割ぐらいなのです。一方で特異度は95~96%はあります。インフルエンザであっても、本当に陽性になる確率が6割しかない、かつそれが発症してすぐだと、より下がるというところが、インフルエンザの迅速抗原検査キットのとても使いにくいところです。
例えばRSウイルスでは、抗原検査の感度が8割ぐらい、特異度が95%ぐらいなので、比較的高いほうではありますが、それでも5人に1人は、本当はRSだけれども検査が陰性になる確率があるという特性をまず知っておいていただけたらいいと思います。
そのため使い分けの話をする前に、すべての迅速抗原検査の感度、特異度を文献等々で確認することが重要です。ただし、そういうデータが出ていないものもあるので、なかなか難しいのですが、一般的には感度が低くて特異度がしっかりあるものだと理解いただき、陰性でも否定できない、つまり否定のために使う検査ではないというところを繰り返しお伝えしたいです。
そのうえで使い分けというところになりますと、これが非常に難しいです。感染症の流行は地域ごと、時期ごとに異なります。そのため検査の事前確率、つまり有病率が高いときに行う検査と、低いときに行う検査によって、その意味合いもだいぶ変わってきます。例えば真夏に37.5度とか38度ぐらいの発熱の人で、海外旅行もしないような人がインフルエンザの可能性というのは著しく低いですよね。そういうときに先ほどお話しした感度、特異度の検査をする。陰性だったら陰性の可能性は高いですが、陽性になってしまったときに果たしてそれが本当に陽性なのかということも考えないといけません。
一方で、2024年の年末のように、全員インフルエンザではないかというような外来、事前確率がかなり高いと予測される状況で検査をして、陰性だからといってその人がインフルエンザではないと言い切ることはできません。
先ほどもお伝えしましたとおり、インフルエンザの迅速抗原検査は、特に発症して間もなくの時点での感度がより低くなる検査です。そういうときに陰性であっても、例えば家族全員インフルエンザで、目の前の子どもも高熱を出して寒気も訴えているというときに、検査が陰性だからインフルエンザではないというよりは、みなし陽性として治療を開始することもよくあると思います。
池田
迅速抗原検査キットの結果は、罹患しているかどうかという確定も否定もできないということですね。
伊藤
そうですね。特に否定ができなくて、陽性だったら、流行期では、おそらくそれは検査どおりだと言うことができます。そのため、実際は流行次第というところが非常に重要です。この質問で聞かれている、どのような症状に対してとか、どのように使い分けるのかというところには流行の把握がとても重要になります。
そのため、例えば地方の衛生研究所などでは、地域ごとの流行の情報を、定点から上がってきているものを公開していますので、そういうものでご自身の地域の流行状況をしっかり確認していただきながら、その都度購入することが間に合えば、その都度買っていただく。あるいは、特にRSやインフルエンザなど毎年流行するウイルスは時季がありますので、そういうものに関してはある程度潤沢に準備しておくのがいいかと思います。
池田
先ほどの話ですと、例えば定点観測を行っているような医療機関の方たちは、検査をされますよね。
伊藤
そうですね。症状だけで定点報告できる疾患もありますが、検査の陽性を求めている疾患もあります。例えばRSウイルスなどは迅速抗原検査での陽性数を報告対象にしていますので、そういう医療機関では準備せざるを得ないところがあると思います。
ただ、検査するかしないかは実際の臨床現場で医師が、流行期や症状から、例えばRSウイルスが疑わしいなど、判断いただいて検査を出されていると思います。
池田
一方、2023年の終わりもそうでしたが、インフルエンザははやっているけれども、コロナもはやっている、ほかの感染症もはやっているとなると、どれかを鑑別するために幾つかのキットを一度に行ってしまうのですか。それとも、2つ3つが一緒になっているようなキットがあるのですか。
伊藤
これもものによります。コロナのときにいろいろなキットが開発されました。コロナとインフルエンザ、コロナとRS、コロナとRSとインフルエンザのような感じで同時に検査できるものもあります。ほかには、RSとインフルエンザ、RSとインフルエンザとヒトメタニューモウイルスというセットで検査できるものも増えてきています。
ただ保険適用について、ものによっては、3つ一緒に出した場合には1つは算定されないとか、同時に検査キットを算定した場合は、ほかのものを使っても算定されないという決まりが細かく決まっています。その辺は保険の適用をしっかり見ていただく必要があるので、非常に注意が必要な点になります。
池田
本当に難しいですね。都度そういった資料を読みながら「じゃあ、今日はこれとこれだけね」みたいな。
伊藤
慣れてくると、この3つのうちこれだけしか算定されないというのがわかってくるところはあります。例えば、インフルエンザとRSとヒトメタニューモウイルスを出した場合は、そのうち一つは算定されないとか、ロタウイルスとアデノウイルスの便の抗原検査を両方出した場合は一方しか算定されないというふうに、ある程度やっていると慣れてわかってくるところはありますので、そこに合わせていただく必要があるかと思います。
子どもの鼻咽頭を何本もグリグリぬぐうのはかなり痛がります。それ以降、病院は絶対行きたくないとなってしまうお子さんも多いです。そのため、できるだけ事前にその子の周囲の流行状況や症状で検査の事前確率を上げる必要があります。例えばA群溶連菌では、あまり咳がないことが多いです。高熱や腹痛、頭痛のように別の症状が多いので、風邪っぽくないけれども高熱で、3歳以上でA群溶連菌らしい喉の所見があったらA群溶連菌を責めていくとか、できる限り、事前の診療、問診、流行状況を踏まえて検査を選んでいただくことが子どもの喉や鼻を守るためにも重要かと思います。
池田
今のは上気道炎といいますか、呼吸器系だと思いますが、ノロウイルスやロタウイルスなど便の感染症は、調べることによって何か得られることがあるのでしょうか。
伊藤
先ほど話した定点の報告をされている病院以外で、あまり何ウイルスの胃腸炎と診断するメリットというのは正直なところそれほど高くないかと思います。基本的には、脱水にならないように補水することが一番重要になりますので、感染性胃腸炎という診断であれば、特に対応は大きく変わらないことが多いものですから、必須ではないと思います。
かつ、便の抗原検査はより感度が低いことが知られているので、陰性でも否定できない可能性が高いということを考えると、私自身はあまり、外来レベルで行わなくてもいいと思っています。
池田
感度が低いわりには簡便なのでよく使われるということですが、確定診断で以前、例えば新型コロナだとPCRを行っていましたけれども、PCRは実際にやることはあるのでしょうか。
伊藤
病院などの医療施設にだいぶ左右されますが、感度はPCRのほうが高いですから、それをファーストチョイスにされている病院もあると思います。
コロナでいうと、抗原の定性ではなく、定量検査のほうが比較的簡便で、かつ、ある程度信頼に足るものだということからファーストチョイスにされている医師もいると思います。その病院が持っている検査のキャパシティなど、クリニックごとに決めていっていただくのがいいのではないかと思います。
池田
その病院の方針によるのですね。
最後の質問の「上記のうち、使用頻度の多いものとして何をそろえておくべきでしょうか」についてはいかがですか。
伊藤
これは非常に難しいのですが、毎年ある程度流行が来るのが確実なものは準備しておいていただくのがいいかと思います。インフルエンザ、RSウイルス、コロナに関しては年中どこかで流行が来ることがある程度わかっていますし、A群溶連菌に関しても同様かと思います。
マイコプラズマなどはそのシーズンによって流行しないことはあるかもしれません。2024年のように非常に流行することも当然ありますし、昔はオリンピックディジーズと言われて、4年に一度の大きい流行があったものでした。この辺は小児科だけのクリニックではない場合に準備するかどうかは、クリニックごとの検査機器を買うお金とか、その辺りのところとご相談いただくのがいいかと思います。
池田
非常に悩ましいですね。
伊藤
本当にこの質問はすごくプラクティカルで、悩まれているのが伝わってくるのですが、クリアカットにお答えすることができない問題のため、申し訳ないと思います。
池田
こういった抗原迅速検査キットの使用状況は海外ではどうなのですか。
伊藤
私が実際に海外で診療を行っているわけではないのでわかりかねますが、例えばインフルエンザで見てみますと、海外のガイドラインなどでは、迅速抗原検査というのはあまり推奨されていないですね。その理由はやはり感度が低いからということに尽きます。最初から核酸増幅法検査、いわゆるPCRなどの遺伝子を抽出する検査をするのが今はファーストチョイスになってきています。なので、その検査をして、その後やることが変わるのか、変わらないのかを大きく目標にされているのかなと思います。
日本の場合は開業医のところに比較的通いやすいですし、それで検査をして、例えば陽性だった場合に保育園や幼稚園、学校に行く期間が変わって生活に直結してしまうので、ある程度簡便に、迅速抗原検査ができる環境が整っていますが、一方でどのように使うかというところは皆さんに勉強していただいて適切に使っていく必要があると思います。
池田
国民皆保険の背景もあるのかなと思ってうかがいました。ありがとうございました。