大西
福永先生、喘息治療によるコントロールが不十分なときにどういった対応をしたらいいかをうかがいたいと思います。
2024年秋に喘息予防・管理ガイドラインが刊行されたのですか。
福永
はい。喘息予防・管理ガイドラインは3年おきに刊行されていて、2024年10月に2024年度版として最新刊が刊行されました。
大西
喘息とはどういったものか、その概念を教えていただけますか。
福永
喘息は気道、空気の通り道が狭窄して、その結果として喘鳴、呼吸困難、胸苦しさ、咳などの症状が出てきます。
なぜそのような気道の狭窄が起きるかというと、我々はそれを気流制限と呼ぶのですが、その根底には気道の炎症があります。炎症、すなわち炎症細胞や気道構成細胞などが様々なお互いの作用の中で気道炎症を起こし、さらにその気道炎症から発生して気道過敏性の亢進が起きる、あるいはその気道炎症が慢性的に長引くことによって気道のリモデリングなどが起きる。それによって気流制限が起きて症状が出てくる。そういったことが喘息の病態を形成しています。
大西
喘息の診断にあたっては、どういったことに気をつければよいでしょうか。
福永
ガイドラインの中にも示されていますが、実は喘息には診断基準というものがありません。なぜならば、例えば血圧のようにこれぐらいの血圧だったら高血圧とか、糖尿病のようにヘモグロビンA1cで診断が決まるとか、そういうものではなく、喘息というのは非常に幅広く、いろいろなタイプが存在することが最近わかってきたからです。
その中で、この喘息のガイドラインには、喘息診断の目安が書かれています。まずは症状ですが、発作性の呼吸困難、喘鳴、胸苦しさ、咳、特に夜間・早朝に出現しやすい反復の咳ですね。こういった症状があるかどうかが喘息診断の目安となります。
次は変動性や可逆性の気流制限です。気流制限でも、可逆性のある気流制限、すなわち治療によってその気流制限が元に戻るようなものがあるかどうか。あるいは先ほど申し上げましたように、気道の過敏性や、気道の炎症の存在、あるいはアトピー素因があるかどうかといったようなことも診断の目安となります。
また喘息と思って診断していても、実はほかの疾患である可能性もあります。喘鳴をきたすような別の疾患が隠れている場合もありますので、しっかりと除外していくことが大切です。
大西
喘息治療のステップはガイドラインで決められているのでしょうか。
福永
喘息予防・管理ガイドラインの中では、ステップワイズ法といわれるステップ1、2、3、4といったような治療ステップで治療が行われています。治療1~4まで重症度に合わせた治療内容が示されています。特に最近では2009年から生物学的製剤が喘息で治療として使えるようになり、現在は5つの種類の生物学的製剤があるのですが、これらがステップ3、ステップ4に含まれています。
大西
生物学的製剤の特徴を教えていただけますか。
福永
今申し上げましたように、現在生物学的製剤は5種類、日本で使うことができます。抗IgE抗体薬、抗IL-5抗体薬、抗IL-5受容体α鎖抗体薬、抗IL-4受容体α鎖抗体薬、そして抗TSLP抗体薬といった投与が可能です。
それぞれの特徴を申し上げますと、抗IgE抗体薬は、IgEをブロックする薬。抗IL-5抗体薬は、IL-5というタイプ2サイトカインに対して中和抗体として作用します。抗IL-5受容体α鎖抗体薬は好酸球などに発現しているIL-5の受容体をブロックする薬です。抗IL-4受容体α鎖抗体薬というのは、IL-4やIL-13といったタイプ2サイトカインが作用する点に効いて炎症を抑えるような薬です。抗TSLP抗体というのはTSLP、すなわち気道上皮から産生される気道上皮サイトカインでTSLPといった分子を抑える薬です。
それぞれの抗体製剤にそれぞれの特徴がありますが、現在我々は血清中の好酸球数やIgE値、気道上皮から産生されるFeNOをバイオマーカーにして、これらの製剤を使い分けながら治療に当たっています。
大西
喘息のコントロールが不十分、あるいは不良な患者さんは多いのでしょうか。
福永
そうですね。喘息の治療は生物学的製剤だけではなくて、基本治療として気道の炎症を取るための薬、すなわち吸入ステロイド(ICS)と気道が狭くなってしまうために気管支を広げる薬、いわゆる長時間作用性のβ2刺激薬、LABAといったものを用います。これらがスタンダードな治療薬ですが、これらを用いても喘息がまだコントロール不良な患者さんが、日本の最新のデータで3~4割近くいるのではないかと報告されています。
大西
以前は喘息死も問題になっていたと思いますが、その辺りの状況はだいぶ改善されているのでしょうか。
福永
ICS/LABAという一丁目一番地の治療が確立されてからこの30年余りの間に、かつては年間5,000~6,000人の方が日本で亡くなっていましたが、現在のデータでは1,000人近くまで喘息死は減ってきています。
しかし一方で、こういった薬の進歩によっても、この治療の中心であるICSやLABAを使ってもコントロールがつかない人が4割近くいる。喘息死は減っているけれども、まだまだ喘息のコントロールがついていない患者さんがいます。
大西
喘息の患者さんの長期管理はどのように進めたらよいでしょうか。
福永
まず喘息の増悪のきっかけには、様々な背景や環境因子があり、これらのコントロールが重要となる患者さんがいます。また、吸入療法はデバイスを用いて治療を行います。内服薬と違うので、そういった吸入手技が正しくできているか、あるいは喘息の苦しさが改善してしまうと、その吸入をやめてしまうケースもあります。こういったアドヒアランスがきちんと守られているかを管理しながらやっていかなければいけません。
この点については今回もガイドラインには、長期管理の進め方のアルゴリズムが書かれています。簡単にご紹介しますと、患者さんが良好なコントロールが得られない場合、まずは喘息の診断が正しいかに立ち返ってみましょう。喘息かと思って治療をしていても、実は気道を狭窄するような腫瘍があるケースや、気管支結核など、特殊ですが気管支を狭窄させてしまう疾患もあります。そういった鑑別疾患も考えなければなりません。
次のステップとして、吸入ステロイドなど服薬アドヒアランスが良好か、吸入手技が正しいかといったことを考える。さらには、喘息の場合は増悪する因子や、ほかのアレルギー疾患の合併症があるか、それらが正しく管理されているかということを考えます。
以上のことをすべて鑑みても、コントロールがつかない人には治療のステップアップをするといったような、段階的な考え方の中で喘息治療を進めていきます。
大西
5種類の生物学的製剤の紹介がありましたが、難治症例に対して、生物学的製剤をどのように使い分けて治療していったらいいのでしょうか。
福永
その点は我々自身、専門医でもなかなか難しいところでもあります。難治性喘息は喘息だけでなくアトピー性皮膚炎や、好酸球性副鼻腔炎等々いろいろな合併症のあるケースもありますし、中には、一つの生物学的製剤で治療しても、今度は違うフェノタイプが明らかになってくることもあります。
そういったことを鑑みると、まずは併存症にどういうものがあるのか、その併存症と喘息で共通するような、有効な生物学的製剤はないかということを考えていくことも大切です。また生物学的製剤を一度使い始めても、4~6カ月ぐらいでもう一度その効果などを見直してみて、喘息のタイプが変わってきていないかを鑑みながら、変わってきたときにはそれに適する生物学的製剤を使っていくというのが大切なのではないかと考えています。
大西
加齢が喘息の治療に及ぼす影響について教えていただけますか。
福永
これから高齢化社会に進んでいく中で、加齢は喘息の治療においても非常に大きな影響だと思います。高齢化してくると、薬剤に対する反応性が悪くなったり、ご本人の治療薬に対する理解ができなかったりすることもあります。また吸入治療は、その手技やアドヒアランスが大事で、使い方を間違えたり、勝手に中止してしまうと悪化してしまうケースがあります。
そういったことを考えると、高齢者の方々には丁寧に吸入器の使い方や治療の重要性をしっかりとお伝えしつつ、一方でいろいろな合併症がないかどうかも考えながら、薬の選択をしていくことが大事だと思います。
大西
ありがとうございました。