ドクターサロン

池脇

先生には3年前に、二次予防での抗血小板薬の使い方をご教示いただきました。今回は何に対する一次予防かは不明ですが、脳神経内科の先生をお招きしました。脳卒中に対する一次予防の抗血小板薬のエビデンスをお聞きしますが、現状はどうでしょうか。

上坂

この質問が出る背景としては、20年くらい前の古い研究で、一次予防のアスピリンで急性心筋梗塞が32%、全心血管イベントで15%くらい減ったという論文があり、その後、言い方は悪いですけれどもお年寄りのミルクと揶揄されるほどアスピリンが使われた時代がありました。しかし、リスク管理が進歩した現在では、脳梗塞一次予防に対する抗血小板薬のエビデンスはむしろ否定的なもののほうが多いと思います。

ほとんどアスピリンですが、2018年ぐらいに幾つかの一次予防に関する臨床試験の結果が出ています。ARRIVEという試験はだいたい1群6,200例以上でアスピリン群とプラセボ群で検討したものです。高脂血症、喫煙、高血圧のうち2つ以上を有する中等度リスク群を対象にしています。糖尿病が入っていないことには注意が必要です。それで心血管イベント、これには心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中が含まれますが、それでアスピリンで4.29%、プラセボで4.48%と、差がなかったという結果でした。

ここに入っていなかった糖尿病はどうなのかというと、同じ年にASCEND試験の結果が「New England Journal of Medicine」に出ていますが、1群7,700例以上の患者さんで、アスピリンとプラセボで比較しています。心血管イベントは先ほどと同じもので、アスピリンは8.5%、プラセボで9.6%の発症でした。1.1%の違いなんですが、症例数が多いので、一応この心血管イベントは有意差があるということになっています。ただし、出血はアスピリンが4.1%、プラセボが3.2%とやはりアスピリン群が多い結果でした。差は0.9%ですので、虚血イベントと出血イベントを足すと、ほぼ同数という結果です。しかも心血管イベントのうち一過性脳虚血発作を除くと有意差がつきません。急性心筋梗塞や完成型脳卒中、心血管死では有意差がつかないことになりますので、糖尿病についても一次予防としてのエビデンスはないと考えられます。

池脇

最近の比較的サンプルサイズが大きく厳格な介入試験で、糖尿病などのリスクの高い方でやってみても、アスピリンに明らかな予防効果はないということでしょうか。

最近は、抗血小板薬も比較的新しいものが出ていますが、結果は基本的には同じでしょうか。あるいはそれらの結果はこれから出てくるのでしょうか。

上坂

大規模な臨床研究は、例えば最近のチカグレロルではまだありませんし、シロスタゾールについても、シロスタゾールとプラセボの比較試験というのはありません。シロスタゾールはあくまでも出血イベントがアスピリンより少ないので少しはいいのかなという程度でしょう。日本の脳卒中ガイドラインでも一次予防への抗血小板薬の効果は評価していません。無症候性脳梗塞に対しても有益性を示すエビデンスはないという表現に、今のところはなっていると思います。

池脇

確かに通常の介入試験だとイベント抑制効果を見ればほとんどいいのですが、頭の場合、脳出血は深刻な副作用なので、効果と副作用を両天秤にかけると、なかなかよい結果が出ない。仮に効果があっても副作用で打ち消されるような感じなのですね。

上坂

それもあります。先ほどのASCEND試験も、症例数が大きいので1.1%の差で有意差はつきましたが、例えば血圧のコントロールをして拡張期血圧が5ぐらい下がると、5年ぐらいの観察期間で脳卒中発症率に40%ぐらい差がついたとの報告もあるので、血圧をはじめとしたリスク管理のほうが圧倒的に寄与が大きいといえます。1%でも有意差がついているだろうと言えなくもないですが、先ほどの出血で打ち消されますし、虚血だけ考えても、やはりリスク管理、特に血圧の管理のほうが圧倒的に重要だというのは変わらないと思います。

池脇

確かに介入試験から言えることは、残念ながら抗血小板薬は一次予防ではエビデンスがなくて、生活習慣病に対する直接的な介入というのが将来のストローク予防効果に結びついているということですね。

ただ、一次予防には使わなくていいよではちょっと寂しいのですが、一次予防の患者さんで、こういった症例では使うのを考慮してもいいという患者さんはいらっしゃいますか。

上坂

一応2024年にアメリカ心臓協会(AHA)のほうで脳卒中の一次予防に対するガイドラインが出ているのですが、その中では安定型狭心症があるような患者さんで、アスピリンにチカグレロルを追加し、長期間ではなく3年ぐらいの間でしょうか。であれば、チカグレロルを追加した群のほうが相対危険度で0.75ぐらいとよかったというのはあるのですが、それもあくまでも無期限にというわけではありません。狭心症などがあって、治療されて落ち着いて、それで3年以内ぐらいの間は併用療法もよいのではということになります。

あとは頸動脈狭窄が無症候な場合はどうかという話になると思います。臨床研究では、もちろん禁煙とか、LDLを100以下、できたら70以下に下げる。血圧も65歳以下だったら130、拡張期は80以下にまで下げるというリスク管理をするのが大前提なのですが、そのうえで50%以上の頸動脈狭窄で、アスピリン群とプラセボ群で比較した臨床研究があります。

一応、50%以上の頸動脈狭窄全体ですと、有意差が出ています。ただ、その中のサブグループ解析をしますと、50~75%と比較的軽いものになると明確な差が出なかったということなので、現実には75%以下ぐらいの患者さんであればリスク管理をしっかりするということでおそらくいいのではないかと思います。75%以上の狭窄になってくると、無症候であっても抗血小板薬は有用だと思います。

池脇

高度狭窄になってくると、薬もそうですが、CEAをするかという話にもなるのですね。

上坂

はい。CEAや、最近はステントですね。内科治療との比較でどうかということは、ECASやNASCETなどの古い臨床研究では75%狭窄でも有意差がついているのですが、最近の内科治療はだいぶ進歩しているので、75%では有意差がつかない状態です。本当にどの程度の狭窄度から今のベストメディカルトリートメントにCEAやステントが勝てるのかは、実はまだ臨床研究が進行中で、最終的な結論は出ていないのです。たぶん75%以下の狭窄では有意差はつかないのではないかと思います。

池脇

今、先生がおっしゃったのは頸動脈ですよね。脳内の、今はMRAでもある程度主幹動脈の閉塞や高度の狭窄がわかりますね。頭蓋内高度狭窄では抗血小板薬の有用性が出るのではという気持ちになってしまうのですが、どうされるのでしょうか。

上坂

やはり高度狭窄の場合には、抗血小板薬はおそらく必要になってくると思うのですが、無症候性高度狭窄に対する前向きなランダム化試験はないですね。おそらくは厳格な血圧、脂質等の管理とともに、抗血小板薬が必要になってくると推測して実際に使っていると思います。

ただ抗血小板薬の併用、DAPTの必要性は問題になります。DAPTとシングルでどちらがいいかということになってくると、先ほどの頸動脈狭窄の研究でも、DAPTにしたからといって単剤の抗血小板薬より有用性が上回ることはなかったので、やはりかなり不安定なもの以外はシングルでということになると思います。もちろん不安定プラークの場合は短期間DAPTは必要でしょうが、その場合、だいたいはTIA症状だったり、脳梗塞を発症することになり一次予防ではなくなると思います。一次予防の間はシングルで高度狭窄にも対応することになると思います。ただ、それもあくまでも本当に血圧、脂質等のリスク管理が大前提で、抗血小板薬を出しておけばいいということではもちろんありません。

池脇

厳密には一次予防かと言われるかもしれませんが、MRIで「無症候性の脳虚血イベントがあったのでは」と思わせるような画像の方はどうでしょうか。

上坂

先ほど言ったAHAのガイドラインも日本の脳卒中治療ガイドラインも同じですが、無症候性脳梗塞に対する抗血小板薬使用の有用性を示す根拠は乏しいという記載になっています。実際、スタディ自体も少なくて、Silence studyという、たった83例だけの小さい研究はあります。それでは、有意差はつかなかったけれども、アスピリン群でいいような傾向があったとはあるのですが、83例と少なすぎるのです。

現実問題としては、非常にアテローム血栓症のリスクが高く、病歴をよく聴取すると脳卒中の既往があったのではないかと思う人には抗血小板薬を処方したりしているのですが、血圧ぐらいしかリスクがなくて脳卒中の病歴もない人だったら、十分な血圧管理でいいと思いますね。

池脇

質問の最後は、適切な使用法です。アスピリン以降幾つかの抗血小板薬がありますが、使い分けを含めていかがでしょうか。

上坂

一応、シロスタゾールについては頭痛とか、心不全、狭心症の方には使いにくいというのはありますが、継続内服できる方については出血リスクが少ないといわれていますので、飲める方には良い選択なのかもしれません。

池脇

ありがとうございました。