ドクターサロン

池脇

髄膜炎・脳炎の診断検査に関する質問です。髄膜炎・脳炎は神経の救急疾患で、治療が遅れると致命的になることもあるなか、医師たちはできるだけ早く診断をして、早期治療を行うために苦労されていると思います。

そういったなかで、2022年9月からFilmArray髄膜炎・脳炎パネルが保険適用されました。皆さんはMEパネルとおっしゃっているようですが、どのようなものなのでしょうか。

中嶋

FilmArray髄膜炎・脳炎パネル、いわゆるMEパネルはマルチプレックスPCR検査の一種で、脳脊髄液中の神経感染の原因となる14種類の病原体を一度に検出できるという革新的な検査システムです。14種類の病原体とは、6種類の細菌、7種類のウイルス、そして真菌のクリプトコッカスです()。

検査の大きな特徴は、わずか200μLの脳脊髄液を用いて、約1時間という短時間で、DNAの抽出から増幅、検出まで全自動で行えることです。従来の微生物学的検査では、各病原体に対して個別の検査が必要で、結果を得るまで、場合によっては数日を要することもありましたが、このパネルを用いることで迅速な診断が可能となり、早期の適切な治療につながります。

池脇

そうすると、このパネルがない場合には、従来の検鏡、培養、抗原抗体検査、あるいはPCRなどが必要なことから、何時間というスパンでは結果が出ません。患者さんが重症化して待っていられないとなると、経験的な治療を行い、複数の治療法のいずれかが有効であることを期待する状況でした。それが早期に原因菌が同定できて、的確な治療ができるようになるのですね。

中嶋

そうですね。今おっしゃったとおり、これまでは原因の病原体を想定して、ウイルスであればアシクロビル、細菌性髄膜炎であれば抗菌薬をあらかじめ使っていました。それで結果が確定すれば、そこで治療を絞り込むことができるわけですけれども、MEパネルで早く確定診断がつけば、それだけ早く治療を絞り込むことができるので、臨床的に非常に役立つ検査といえます。

池脇

診療ガイドラインでは、細菌性髄膜炎の場合は受診から治療まで1時間以内が望ましいとされています。実際には難しいとはいえ、ガイドラインがそれだけ早期治療を強調するのは、早ければ早いほど救命率も高まるということですね。

中嶋

そのとおりです。特に細菌性髄膜炎は予後が悪い疾患なので、疑れれば直ちに抗菌薬を投与することが重要です。ただ、原因菌が幾つかあるため、医師も早く確定診断を知りたいのです。そういった現場の要望に応えることができる検査です。

池脇

1時間ぐらいで、14種類の病原体のうちいずれかが検出されるというのは画期的ですね。感度や特異度はどの程度なのでしょうか。

中嶋

FilmArray検査は、今お話ししたように非常に有用な検査ですが、感度・特異度については、メタアナリシスによると、14種類の病原体に対する総合的な感度は約90%、特異度は97%と高いことが報告されています。

池脇

すごいですね。

中嶋

しかし、病原体ごとにばらつきがあり、注意が必要になります。具体的には、肺炎球菌とB群溶連菌(GBS)では約4%の偽陽性が報告されております。また、単純ヘルペスウイルス1型・2型、エンテロウイルス、クリプトコッカスでは約1.5%の偽陰性が報告されています。こういったところも知っておかないと判断を誤ることもありますので、注意が必要です。

池脇

感度・特異度の数字だけを見ると、素晴らしいと思いますが、実際に診療をしている医師は、偽陽性・偽陰性について、菌種によっては慎重に判断されるのですね。

あと結核菌は含まれているのでしょうか。結核菌による髄膜炎・脳炎の頻度がどのくらいか詳しくありませんが、14種類の中に結核菌は入っていないのですね。

中嶋

そうですね。結核菌は含まれていませんし、真菌もクリプトコッカスだけです。また、細菌については、一般的に頻度の高い肺炎球菌などは含まれていますが、特に院内感染の原因となる緑膿菌やMRSAといったものは含まれていません。ですから、患者さんの状況や背景をよく見て判断する必要があります。

池脇

抵抗力が落ちている人の院内感染などの場合には、この14種類ですべてカバーできるとは考えず、ほかの可能性も想定しておくべきということですね。

中嶋

そうです。この検査もしますけれども、それ以外の可能性も考えて、従来の検査と組み合わせて判断することが重要です。

池脇

こういう画期的な検査が出てきても、従来の検査を完全に置き換えるのではなく、並行して行うというバランスが重要なのですか。

中嶋

そうですね。従来の検査にもMEパネルにも長所短所があります。MEパネルは病原体検出には優れていますが、あくまでも定性検査であり、定量検査ではありません。それから、細菌に対して薬剤感受性を知ることはできません。そのため、従来の培養検査や薬剤感受性検査も依然として重要になってきますので、それらを忘れてはなりません。

池脇

こういう考え方もできるかどうかという質問ですが、原因病原体を探索してすべて陰性だった場合、髄膜炎・脳炎には自己免疫介在性のものもありますので、そちらを疑うという重要な手がかりになるのでしょうか。

中嶋

そうですね。特に脳炎においては、単純ヘルペス脳炎をはじめとするウイルス脳炎と自己免疫性脳炎の2つをしっかり鑑別する必要があります。MEパネルでまずウイルス性のものをチェックし、自己免疫性脳炎に関しては自己抗体をチェックします。実際、我々はそれを並行して行っています。

池脇

その辺りはまったく治療が違うので、鑑別するにしても、やはりこういう確実な検査のうえで判断をすることが重要ですね。こうした検査が鑑別診断にも役立っていると思いますが、先生のお話から、救急の神経疾患を診る際には、もはや必須の検査といえそうです。導入するとなると、パネルだけでなく検査の機械も一緒に導入するということですか。

中嶋

はい。PCR装置を施設に設置すると、そのパネルを用いて1時間余りで検査結果を得ることができます。

池脇

そうした設備投資は大きなものなのでしょうか。

中嶋

安くはないですね。しかし、髄膜炎・脳炎のMEパネル以外に、呼吸器パネルや敗血症パネルなどほかの検査も可能ですので、大きな病院では髄膜炎・脳炎以外の感染症診断にも役立てることができます。そういった意味では有用な機械だと思います。

池脇

感染症というと、結果が出るまで数日かかることが多いですが、現場で即時に検査できるものがあれば、髄膜炎・脳炎に限らず患者さんにとっては大きな恩恵になりますね。最近は病院としてこうした機器を導入する動きが高まっているのでしょうか。

中嶋

増えていると思います。

池脇

この質問は保険適用になった適応例についてですが、検査できるのであれば基本的には実施するという考えでよいでしょうか。

中嶋

そうですね。

池脇

治療の有意性、有効性についても質問がありました。パネル検査導入前と導入後で治療方針に変化があったかということでしょうか。

中嶋

やはり早く確定診断を得ることができれば治療を絞り込むことができます。診断がつかなければ、例えば細菌性とウイルス性と両方が否定できない場合は、抗菌薬と抗ウイルス薬の両方を使うことになります。早くどちらかに診断がつけば、一方の薬剤を中止することもできますので、医療経済的な効果もこれから証明されてくるのではないかと思います。

池脇

数日間、経験的な治療を余儀なくされていたものが、1時間で病原体を同定できれば、早期に治療を開始できます。そうなれば治療効果も高まると考えていいですよね。

中嶋

そのとおりですね。結果的に不必要であった薬を早くやめることができれば、合併症や副反応も減らすことができるでしょう。

池脇

このパネルは現在14種類の病原体を検出できますが、今後検出できる病原体の種類が増えたり、患者さんの状態に応じた異なるパネルが開発されたりするような進展は見込めるのでしょうか。

中嶋

以前、開発担当の方とお話ししたときには、検出対象となる病原微生物をさらに拡充する取り組みが進められているということでした。そういった進展に期待しています。

池脇

ありがとうございました。