ドクターサロン

山内

サラセミアというのは名前だけは非常に有名ですが、我々は今ひとつ身近には感じてはいません。しかし、最近の調査によると日本人にも多数いるようですね。

和田

サラセミアには大きくαサラセミアとβサラセミアがあります。それぞれ、αサラセミアはαグロビンの量的異常、βサラセミアはβグロビンの量的異常なのですが、日本人ではαサラセミアは人口の3,500人に1人ぐらい、βサラセミアはもっと多くて1,000人に1人ぐらいです。1,000人に1人というと、とても頻度が低いというわけではありません。

山内

そうですね。一般の医師も一生涯に何人か診ている可能性は十分あるのですね。

和田

おっしゃるとおりです。

山内

昔から地中海や熱帯でよく出るといわれていますが、何か理由があるのでしょうか。

和田

サラセミアの遺伝子の保因者は、マラリアの感染症に対して非常に抵抗性があるといわれています。ですので、マラリアの感染が多い地域は、サラセミア遺伝子を持っている人が圧倒的優位になることから淘汰され、むしろサラセミアの遺伝子を持っている方が多く生き残ってきているために、その地域ではサラセミアの方が多いと考えられます。

山内

決して悪いことばかりではないのですね。

和田

そうですね。

山内

この質問はサラセミアの亜型という言葉が使われていますが、サラセミアにはこういった亜型、亜分類があるのでしょうか。

和田

おそらく亜型というのは亜分類のことを言われていると思うのですが、例えばαサラセミアであれば完全な無症候性、軽症型、そして中間型、重症型とありますし、βサラセミアも同様に軽症型、中間型、重症型とあるため、そのような言葉を使われているのではないかと思います。

山内

診断ですが、これに気がつくためのポイントからお話し願えますか。

和田

サラセミアであれば例外なくあるのは平均赤血球容積(MCV)の低下です。健診してもそのデータはついてくると思うのですが、MCVが必ず低いです。

ただ低くて貧血がない方もいますが、少なくともすべての方はMCVが、具体的に75fL程度には小さい赤血球になっています。まず、ここで気づくと思います。

山内

ほかに特段異常がなくても、MCVだけが妙に低いという辺りで気がつかれるのですね。

和田

はい。ですので、診断とすれば、最初の段階で鉄欠乏性貧血をきちんと除外していただくことが必要になります。

山内

ヘモグロビンは多少低い可能性があると思われますが、赤血球の数はいかがなのでしょうか。

和田

サラセミアは、今お話ししたように、例外なく赤血球が小さいので、生体というのは何とか赤血球の数を増やして、例えばヘモグロビン濃度でいえば11.5g/dLを保とうとします。そうするためには、数を増やさないといけないので、サラセミアの多くの方は500万/μL以上になっていたり、とても多い方だと650万、700万/μLぐらいまで赤血球の数が増えている方もいます。

山内

そうしますと、最初は多血症と考えるのでしょうか。

和田

そうです。多血症の疑いで紹介を受けるサラセミアの方も少なくありません。

山内

実はこの質問も、健康診断で赤血球高値を指摘されたという症例です。

和田

赤血球が増えているのは後の変化であって、あくまでも赤血球が小さいほうが先の異常ですね。

山内

次は鉄、フェリチンの話になるかと思いますが、この辺りはどういった動きが見られるのでしょうか。

和田

まず、鉄欠乏性貧血を鑑別するために一番いいのは血清フェリチンですね。血清フェリチンで、例えば12ng/mL未満であれば、鉄欠乏性貧血と診断してかまわないと思います。

ただ、フェリチンは炎症でも高値になります。必ずしも鉄だけを見ているわけではありませんので、もしフェリチンが12ng/mL以上あったとしても、今度は血清鉄÷TIBC(トランスフェリン飽和率)が16%未満になっていれば、フェリチンが12ng/mL未満でなくても鉄欠乏性貧血ということは考えられます。フェリチンと血清鉄、TIBCを測定さえしていれば、除外できます。ですので、決してサラセミアはそういった鉄欠乏性貧血にはなっていないということです。

ただ、サラセミアの人でも消化性潰瘍ができて出血すれば二次的に鉄欠乏性貧血になります。そういった例外は当然ありますが、本来、何もなければ、サラセミアの方というのは鉄欠乏にはなっていないはずです。

山内

あと、確認の方法として、先ほどから出ているMCVと赤血球数の2つを使った簡単なチェック方法もありそうですが、これはいかがでしょうか。

和田

よくサラセミアインデックス(Thalassemia index)、ないしは人の名前を取ってMentzer indexといいますが、おっしゃるとおり、この2つの特徴を利用すると、鉄欠乏性貧血とサラセミアをかなりの感度で鑑別できます。

どういうことかといいますと、MCVの値を分子に置いて、分母に赤血球の数を置きます。赤血球の数は単位を揃えないといけないので、╳106/μL。600万であれば6、550万であれば5.5を代入する。

分子のほうは、例えばMCVが70なら70、60であれば60と、そのままでもいいのですが、この計算式で13未満であれば、かなりの確率でサラセミアということがいえると思います。

山内

確定診断になりますと、やはり遺伝子解析になるのでしょうか。

和田

はい。遺伝子解析になるのですが、おそらく軽症型、すなわちヘテロの人たちというのは、一生、健常者と同じことで何の症状も出ません。確定診断をするための遺伝子解析にとって、一番の障壁は保険適用がなく、有料検査になることです。

ですから、ご希望があれば行います。例えば日本では福山臨床検査センターというところで有料の検査をしていますので、患者さんがどうしても遺伝子解析をしてほしいということであれば、有料検査としてお受けすることができると思います。ただ、軽症のサラセミアを診断するために必ず遺伝子検査をしないといけない、医学的な理由はないと思います。

山内

わかりました。さて軽症のサラセミアですが、症状はどういったものなのでしょうか。

和田

通常はまったく無症状で、健常者と変わりませんが、例えば女性の患者さんで妊娠したときには予想以上に貧血が進行する場合もありますし、ウイルス感染症など何らかの重症感染症では、一過性に貧血が進行する場合があります。ひどい場合では一回輸血が必要になるとか、そういった可能性もゼロではありません。

そういったことがなければ、何ら症状がないことが基本ですので、妊娠前、妊娠した場合、そして重症感染症に罹患した場合に体調がすぐれないときは受診することを説明しておく必要があるかと思います。

山内

予後は極めて良いというよりも、普通の生活を送れると考えてよいのですね。

和田

そうですね。そもそも予後に非常に関係するのは重症サラセミアです。これは必ずしも予後が良いわけではなくて、溶血性貧血を起こしたり、脾臓が非常に大きくなったりします。

ただ、重症サラセミアの方というのは、幼少期にすでに異常が見つかっているので、例えば一般開業医にふらっと訪れた大人の方が重症サラセミアだったということは、ほぼないと考えていいと思います。

胎児ヘモグロビン(HbF)の構成は、2本のα鎖と2本のγ鎖からなる四量体で、胎生期から出生にかけて2本のα鎖と2本のβ鎖からなる成人型ヘモグロビン(HbA)へのスイッチングが行われます。つまり胎生期にはα鎖が重要な役割を担っているので、α鎖がまったくないようなαサラセミアの重症型というのは、まず生まれてきません。

ところが、βサラセミアは、胎生期にはβ鎖は重要ではないので、β鎖がなくても胎生期は順調に生育し、βサラセミアの重症型は生まれてきます。よって重症型のβサラセミアというのは経験することがあります。

その場合は、救命のために例えば造血幹細胞移植をしたり、欧米では遺伝子治療も一部では行われています。ただ、両親とも純粋な日本人という方に重症型のサラセミアというのは極めてまれです。

山内

治療に関して、一つだけ確認です。鉄欠乏では決してない、だけど鉄欠乏が合併するかもしれないといった辺りですが、鉄剤の投与は極めて重要なポイントではないでしょうか。

和田

おっしゃるとおりで、鉄欠乏ではないのに鉄剤を投与すると、鉄過剰になってしまいます。基本的にサラセミアの方には鉄剤投与の必要はありません。

ただ、サラセミアの人が二次的にほかの病気になって鉄欠乏になることはありますので、その際もフェリチンを確認いただいて、フェリチンが12以上あるようでしたら、本来、鉄剤はいりません。不必要な治療は避けるべきかと思います。

山内

最後に、ヘテロの方同士の結婚ですと、ホモ接合体が来る可能性もあって、重症のお子さんが生まれる可能性ありと考えてよいのでしょうか。

和田

おっしゃるとおりですね。これは今、やはり大きな問題として患者さんに説明しておく必要があると思います。両親ともヘテロだった場合には、ある一定の確率でホモ接合体のサラセミアができますと、例えばαサラセミアであれば死産になりますし、βサラセミアとすれば重症型のβサラセミアとして生まれてくるので、私はその可能性については説明するようにしております。

山内

ありがとうございました。