ドクターサロン

池脇

痔の治療についての質問です。よく診る病気ですが、私は治療は手術しかないと思っていましたが、ALTA注射のように注射で治せる時代になり驚いています。

ALTA注射はどういう治療で、いつ頃出てきたのでしょうか。

松尾

硫酸アルミニウムカリウム水和物とタンニン酸が主成分で、2005年に保険収載されて登場しました。図1のように痔核の成因としては「膨隆」と「滑脱」がキーワードになります。

それまでは脱出するような痔核、つまり排便のたびに脱出する症状が出て困っている患者さんは、病院を訪れた時点で「手術しかないですよ、手術しましょう」ということになっていたのですが、この薬の登場によって、注射でも脱出する痔核を治せるという、革新的な治療法が始まりました。

当初はその注射の効果は素晴らしかったのですが、内痔核だけで外側の外痔核には注射できません。痔核は内痔核と外痔核という分類ですが、肛門は内胚葉と外胚葉の出合う場所で、その境界線に歯状線と呼ばれるところがあります。歯状線より奥の直腸側を内痔核、歯状線より下側の皮膚に近いところを外痔核といいますが、内痔核は粘膜ですので、痛覚はありません。外痔核は痛覚がありますので、そこには強力な注射薬は注射できないのです。ですので内痔核、つまり歯状線より奥に注射ができるという治療法です。

病院を訪れるようなひどい症状を持っている人は、皆さん内痔核が大きくなって飛び出るのですが、それとともに外痔核も合併して一つの塊になっている方が多いのです。ですので内痔核がALTA注で良くなっても、外痔核が残ったりしていると、そちらが大きいとまた何年かして出てきて、再発することがあります。ですので、それに対してどうしたらいいのかという問題が出てきました。

現在では、内痔核も外痔核もひどい人は、内痔核をALTA注で治し、外痔核は同時に切除するという併用療法も盛んに行われるようになってきました。

池脇

一気に解説していただきましたが、現場の医師は内痔だけ診るというより、ひどい方は内痔も外痔も合併しているので、手術とALTA注の併用療法をしているということですね。手術である結紮切除術は、手術自体は短いけれども入院が必要な治療ですよね。

松尾

普通、結紮切除術という手術をするには、まずしっかりとした麻酔をかけなければいけません。主に使われているのは腰椎麻酔、もしくは仙骨硬膜外麻酔と呼ばれるもので、足に力が入らなくなってしまうので、当然その日は入院が必要になります。あと腰椎穿刺をしますから、やはり全身状態のチェック等、術前の検査も必要になり、簡単なイメージでできるようなものではありません。

また、手術のときは麻酔がかかっていて痛くないのですが、手術後、麻酔が切れてから痛いですし、排便が行われる場所ですから、傷の安静を保てません。術後、排便のときが一番痛くなるので、どうしても入院が必要であると考えられていました。

池脇

働いている方々は、入院だと迷ってしまいますが、ALTA注は、組織を硬化させるような性質を持っているのでしょうか。

松尾

図2)ALTA注のALTAというのは水溶性の液体で、主成分は2種類あります。ひとつが硫酸アルミニウムカリウム水和物でこの頭文字をとってALTAと呼んでおり、この2%の水溶液です。

硫酸アルミニウムカリウム水和物は別名ミョウバンのことですので、身近なものです。無味無臭ですが、収斂作用が強く、食品の色の発色を良くさせます。ナスのおしんこの色が変わらないのは、ミョウバンを振りかけているからです。あと安くておいしそうなウニがきれいな色をしているのも、ミョウバンをかけているからです。皮膚をキュッと引き締める収斂作用があるので消臭剤にも使われています。単純な物質ですが、かなり効果があり昔から使われていました。

池脇

いろいろな検討を経てALTAに行き着いた。注射のやり方もきちんと決められているそうですね。

松尾

そうですね。発売当初から、先行する中国の注射薬にならって四段階注射法という方法で打つことが義務づけられていますし、その注射法を学ぶために四段階注射法講習会を受講します。現在では年に2回行われていますが、それを受講した人にこの薬品が販売され、使ってもいいという許可が得られるという、特別に認可された注射薬です。

池脇

内痔の場合は一応見えるにしても、体表面とは違いますので、ここに打ちなさいといわれても、慣れるにはなかなか時間がかかりそうな気がします。良好な視野を取るのはけっこうたいへんなことなのでしょうか。

松尾

おっしゃるとおりです。視野を取らないと、どこの場所に打たなければいけないかがとても重要な注射薬なので、まず専用の「Z式肛門鏡」と呼ばれる肛門鏡を肛門内に入れます。それは普通の診察で使う肛門鏡より、少し口径が太く、ラッパのような形をしています。先端の口径も、開口部の口径も広いので、それを圧迫するようにして使って、目的とする内痔核をなるべく正面視できるようにします。正面視するということは、肛門鏡にかなり角度をつけなければいけない。肛門括約筋の弛緩が十分得られていないと、なかなかできません。

池脇

注射を打つときに、いかに良い視野を確保するか、そのうえで決められたところに均等に液を注射するという手技ですが、入院は必要でしょうか。

松尾

どうやって見極めて、打つ体勢、視野をつくるかがとても重要です。そのためには、講習会でも専用の肛門鏡、もしくは今まで使い慣れた肛門鏡を交互に使ってでもいいから、どの場所の内痔核のどこに打つかを学びます。大きさによって注射量も変えますので、まずはこの大きさにはだいたいこれくらいと想定をすることが必要になります。

肛門括約筋の弛緩が十分に得られるならば、外来治療でできるとされていて、今は入院施設を持たないようなクリニックでも盛んに行われています。ただし、肛門の診察をして、その流れで、診察台で簡単に「打ちましょう」というものではありません。日帰りでの外来治療であるといっても、手術室で十分な態勢をとって、肛門括約筋の弛緩を得るために、肛門周りに上下左右、局所麻酔薬を打って弛緩をさせる。ただし、打つ場所は内痔核より奥で痛覚がないので、痛みはない。そういう治療です。

池脇

ALTA注射が出てきて、従来の手術からそちらに移行したのでしょうか。

松尾

2005年に登場して、最初の数年間は私たちにとっては革新的な治療で、半分以上が一気にALTAの注射単独という治療になりました。そうすると、どうしてもひどい痔核は、内痔核単独というのはなくて、外痔核も合併している。そちらのほうが大きいままだと、また飛び出てくる。どうしても再発することがわかってきました。市販後調査では、一度良くなった後、10%ぐらいが1年後に再発するという報告がありましたので、では外痔核をどうするかということで、先ほど申し上げたように内痔核にALTA注射を行い外痔核は切除する併用療法が行われてきて、今はそれが一番多いです。

池脇

質問には、PAO注射もありますが、どういう治療でしょうか。

松尾

これは以前からありまして、フェノールを打つのですが、実際にそれを安定化させるためにアーモンドオイルを配合させてあります。PAOというのはPhenol Almond Oilの頭文字で、PAO注射といわれます。

これは先ほどのALTA注とは違って、外来診察で通常の肛門鏡を入れたら出血があり内痔核から噴き出している。そのような状況にはその場ですぐにPAOを用意していただきます。1カ所の痔核に対して1~3㏄くらい、トータルでも5㏄まで打つことが可能で、麻酔なしでその場の一時的な止血を図るために使われている注射です。

池脇

緊急避難的な処置としては使うけれども、痔を治すという意味では圧倒的にALTAが使われているということですね。

松尾

そうです。脱出する内痔核には一切効果がないのがPAOです。出血するものに、それを一時止める。そういう作用で使われている注射薬です。

池脇

新しい痔の注射治療に関して教えていただきました。ありがとうございました。