山内
まずメニエール病は内耳へのリンパ液の貯留という概念ですが、この概念自体は揺らいでいないですか。
堤
そうですね。ベースにある病態としては内リンパ水腫、二重の水風船の内側が腫れた状態です。なぜ腫れるかというのはまだ研究の余地がありますが、そこは変わっていません。
山内
発作が起きるときの変化といった辺りの概念はいかがでしょうか。
堤
発作は、従来は水腫がプチッと破ける、rupture(破裂)が原因だとされてきましたが、最近の研究で、どうもそうではないらしいということがわかってきました。マウスに水腫をつくってOCTで発作時に観察すると、ほとんど破れておらず、発作が何かというのは今はまだよくわかっていません。急激に腫れるのではないかと言っている人もいますが、エビデンスはまだありません。
山内
基本的には症状でほぼ診断がつくと考えてよいのでしょうか。
堤
そうですね。発作が診察時に見られることはほぼないので、お話からの判断になりますが、正確な病歴が取れれば、ほぼ診断は確定できます。
症状としては、めまい、難聴、吐き気になります。吐き気は、めまいがあると出てくるかもしれませんので、めまいと難聴がキーポイントになるかと思います。
山内
それは独特のめまい、難聴と考えてよいでしょうか。
堤
そうですね。定型的なタイプはめまいと難聴が同時に起こります。国内に関していえば、めまいだけのタイプと、難聴だけのタイプの内リンパ水腫もメニエール病の亜型であり、非定型例として定義はされています。
山内
「国内では」という但し書きが付くのですか。
堤
はい、国内だけです。
山内
海外は両方揃った場合ですね。
堤
揃っていないとメニエール病といわないですね。
山内
なるほど。ただ、軽症、亜型で診断がつくということは、それなりに特徴的なめまい、特徴的な難聴だと考えていいのですね。
堤
そうですね。反復があることと、あとは持続時間です。それとメニエール病の場合、ほとんどは回転性です。ごくまれに耳石型のドロップアタックというバタンと倒れるような発作を起こす方がいますが、ごく少数です。
山内
めまいの持続時間はどのぐらいですか。
堤
メニエール病の場合はわりと長く、短くても10分、20分で、長い人だと半日以上続いたりしますので、そこはわりとほかのめまいとの鑑別点になります。
山内
難聴の持続時間も特徴的なものでしょうか。
堤
そうですね。発作が収まると治ってきます。低音の聴力が落ちて、発作が終わると元に戻る。それを繰り返しながら、少しずつ聴力が落ちていく方が多いです。
山内
難聴には突発性難聴という有名なものがありますが、これとの鑑別はいかがでしょうか。
堤
突発性難聴でもめまいを伴うことがあって、初回の突発性難聴にめまいを伴ったものと、メニエール病の初回発作というのは見分けがつきません。突発性難聴では基本的に反復することはないので、2回目が起きたらメニエール病と診断します。
山内
なるほど、そういう感じなのですね。
堤
あとは難聴のタイプですね。低い音が優位に落ちている場合は、内リンパ水腫があると想定されることが多いです。突発性難聴でも低い音優位のときは、日本では低音障害型の急性感音難聴という言い方をして、一般的な突発性難聴とは分けて考えることが多いです。
山内
難聴の持続時間はいかがでしょうか。
堤
それもめまいと一緒です。メニエール病の場合はめまいと同じような時間です。
山内
同じような感じで来るのですね。
堤
はい。それで変動します。
山内
次に治療に移りたいと思います。まず昔から利尿剤が使われていると思いますが、この大枠はあまり変わりはないでしょうか。
堤
利尿剤は一緒ですね。新しい薬も特にないです。後発薬になって多少、味が改善されたくらいですね。
山内
利尿剤で、大方は治るか、寛解に結びついているのでしょうか。
堤
寛解というよりは、付き合っていく病気なので、7割ぐらいの方は発作をコントロールできます。
山内
それでも結果がいまひとつという方に対して、次の治療は何を行いますか。
堤
次の治療、次の治療と段階的に進むかたちになりますので、薬を使っても毎週のように発作がある方が次にやるとしたら、今は中耳加圧治療になります。
山内
加圧治療ですね。圧をかけるわけですね。
堤
はい。お弁当箱ぐらいの大きさの機械を自宅に持って帰っていただいて、耳にチューブを入れて圧をかけるのを朝晩3分ずつ行っていただきます。
山内
そんなに難しくないのですか。
堤
簡単ですね。機械も軽くて、そんなに大きくないですが、品薄で、今、半年待ちぐらいになっています。
山内
保険診療はもうできるようになりましたか。
堤
できます。
山内
それをどのぐらい続けると、良くなってくるのでしょうか。
堤
人によりますが、長い人は1~2年やっています。根本的に治る病気ではないので、抑えていく、付き合っていく病気ですね。
山内
そうすると、それをずっと続けていくというモチベーションの問題も多少あるのですね。
堤
そうかもしれないですね。
山内
有効率はどのぐらいなのでしょうか。
堤
まだ有効率は出せていません。お話しした非侵襲中耳加圧装置は日本製ですが、海外で同じような機器のメニエットというものがずっと使われていて、日本では適応を取れなかったのです。それと比較した有意差がないという試験結果を出して、それで保険適用になっています。なので、実際の評価が出るのはこれからになります。まだ数年で、10年は経っていないです。
山内
品薄になっているということは、非常に効果が出ていることの証左なのでしょうか。
堤
希望する方は多いです。工場のラインも増やしたらしいのですが、全然追いついていません。
山内
そうしますと、それを待っている間に次の治療へ行ってしまう方も出てくるという状態ですか。
堤
待ちきれなくて、手術に行ってしまう方もけっこう今は多いですね。
山内
病気のメカニズムがわかっているわりに、なかなか治療が困難な理由には、何かあるのでしょうか。
堤
腫れをとるならば水を引けばいいだろうと利尿剤であったり、それからもともと中耳加圧は、前庭水管などの内リンパの流れ道を通すために圧をかけるという考え方をしています。
ただ、決定的なエビデンスがあるわけではないですね。予想で進めているという点がわりと多いです。ですので、海外のメニエットも鼓膜に穴を開けてやっているのですが、酸素供給量を増やすという言い方をしているのです。そうすると、水腫が縮む。鼓膜に穴を開けると水腫がシュッと縮むのは、動物実験では確認されているのですが、それはどうしてかということは明らかになっていません。手術も内リンパ囊を開放して圧抜きをして行うという手術ですので。
山内
今のお話で出てきましたが、最後は手術をするかしないかという話になるのですね。
堤
そうですね。最終的な治療ではないのですが、内リンパ囊開放術の有効率が7割ぐらいで、それでもだめな方がいらっしゃる。その場合は外来に戻って、鼓室内にゲンタシンを投与します。内耳毒性があるので、内耳機能を落としてしまえば、もうめまいはしないのではないかということです。
山内
最後に先生、これはなかなか長い病気のようですので、患者さんはいろいろと不安、ストレスも抱えがちだと思います。例えば漢方薬のようなもので、長く症状を緩和するなど、そういった効果を期待させるという治療もありということですか。
堤
それは多いですね。普通に利尿薬に漢方を併用されている方も多いですし、漢方だけ飲んでいる方もいます。やはり利水剤が多いですね。
山内
具体的な漢方薬の名前としてはどういったものになりますか。
堤
今だと苓桂朮甘湯や五苓散、柴苓湯が多いですね。
山内
いろいろと治療に光が出てきているところですね。ありがとうございました。