ドクターサロン

池田

ダニ媒介性脳炎のワクチンについての質問です。まず、マダニに刺されるというのはどういうシチュエーションなのでしょうか。

児玉

マダニに刺されるのは通常、春先から秋口です。日本の場合、例えば北海道だと5~8月に特にマダニが活発になります。人間も活動が活発になるような時期で、山菜採りなどで屋外に出たときにマダニに刺されるということから、季節性になることが多いと思います。

特にマダニが生息する場所は、山林や公園です。北海道は公園が非常に広いので、そういったところや山の中に入るような行動自体が感染のリスクになります。

池田

特に薄着、半袖などがリスクになりますよね

児玉

そうですね。実際、素肌を出した服装で山や森に入ると、マダニがそのまま皮膚に付きやすいです。皮膚を覆っていた場合でも、洋服に付いて首筋や袖口などから中に入ったり、マダニが服に付いたまま家に帰って、家の中で刺されるという可能性もあるので、家の中に入る前にマダニが洋服に付いていないかを確認したほうがいいですね。

あとは、袖口を手袋の下に入れたりズボンの裾を靴下の中に入れたりして、侵入するスペースをつくらないことも重要になります。首筋からもマダニが入ってくるので、長袖、長ズボンだけでは必ずしも予防できるわけではないところが難しいところかと思います。

池田

マダニに刺されて感染する病気には、ほかにどのようなものがあるのでしょうか。

児玉

日本だと、特に有名なのはSFTS(重症熱性血小板減少症候群)ですが、そのほかにも昔からあるツツガムシ病(厳密にはツツガムシ病はマダニではなく、ダニ類の一種であるツツガムシにより媒介される)や日本紅斑熱。あと、北海道は本州とは異なり、ライム病や回帰熱、今回のダニ媒介性脳炎といった感染症があります。

今回のワクチンはダニ媒介性脳炎ワクチンといわれていますが、感染症法で指定される公式な病名はダニ媒介脳炎で、同じ病名になります。このように様々な細菌やウイルスによる感染症が知られています。

そのほかにも最近、オズウイルスという新しいウイルスが見つかり、オズウイルスの心筋炎で亡くなられた方がいます。北海道では新しくエゾウイルスというマダニ媒介性のウイルス感染症が見つかるなど、マダニが保有している病原体は実は様々あります。それが最近になって人に感染することがわかってきて、非常に新しい知見が増えている領域だと思っています。

池田

ダニ媒介性脳炎というのはどのような病気なのでしょうか。

児玉

海外では非常に古くから知られていて、世界で年間1万人ぐらい感染者がおり、必ずしも珍しい病気ではありません。ウイルスを持っているマダニに刺咬されることで感染します。そのほかにも例えばヤギなどがウイルス血症になっていたりする場合に、その生乳を飲むことで感染したり、まれですが臓器移植などでも感染することがあります。

通常、不顕性感染(症状が出ない感染)になる場合も70~90%くらいあるといわれてはいますが、感染した場合、1~2週間の潜伏期後に発熱や頭痛がインフルエンザと変わらないぐらいの感じで発症して、最初は区別がつきません。ただ、その後に一部の方が髄膜脳炎に達して、最悪の場合は亡くなることも起こりうる感染症です。

北海道でも同じダニ媒介性脳炎のウイルスがあり、極東亜型という、特に病原性が高いとされているウイルスに感染することがあります。その場合は致死率が20~40%とされており、非常に重要な感染症とされています。

池田

確定診断はどのように行うのでしょうか。

児玉

診断は通常、抗体検査で行いますが、血液や髄液などからの抗体検査が一般的です。ただ、発症初期や入院した直後というのはまだ抗体ができていないことが多くて、発症初期の抗体検査だとはっきり診断がつかない。その場合はペア血清、2週間後ぐらいにまたIgM、IgGを計測して、抗体の上昇を確認するということが一般的です。

ただ、ダニ媒介性脳炎ウイルスというのはフラビウイルスというウイルスで、日本脳炎も実はフラビウイルスなのですが、フラビウイルスというのは抗体検査で交差反応が起こりえます。例えば、日本脳炎にかかっているときにダニ媒介脳炎の抗体が、逆にダニ媒介性脳炎にかかっているときに日本脳炎の抗体が上昇する可能性があるものですから、厳密には中和抗体というかたちで、より正確な抗体検査を保健所に依頼して行うことが必要になります。

感染症だと、病原体そのものを検出するPCRで迅速な診断につながる可能性がありますが、ダニ媒介性脳炎の場合は、脳炎を発症したときにはウイルスの存在を証明することが難しいので、PCR検査で陽性になって診断というのはなかなか難しいです。そのため抗体検査が一般的になっています。

池田

診断もなかなか難しいということですが、やはり予防が一番ということで、ワクチンが承認されたのですが、このワクチンは最近作られたものなのでしょうか。

児玉

いいえ。このワクチンは、ヨーロッパでは1970年代から使われていて、その安全性と有効性は数十年にわたって証明されている古いワクチンです。

日本では承認されていなかったのですが、2016年に国内2例目となるダニ媒介性脳炎の患者さんが北海道で発生、届け出がありました。それを受け北海道でも感染のリスクが判明したことによって、国内でも承認して使用できるようにすることが必要だという学会の働きかけがあり、日本国内でも治験を実施し、2024年3月に承認され、9月から販売されました。

池田

このワクチン接種のスケジュールはどうなっているのでしょうか。刺された後にワクチンを打つ意味はあるのでしょうか。

児玉

実は、刺された後にワクチンを接種することは、予防にはならないとされています。そのため刺される前に曝露前予防というかたちでワクチンを接種することが重要になります。日本では北海道、海外ではヨーロッパでよく流行していますが、そういったところでアウトドア活動をするような場合には、初回免疫として3回接種しておくことが望ましいです。

2回目は、1回目の1~3カ月後、3回目は、2回目の5~12カ月後ということで、3回接種するのに6カ月以上かかるので早めに準備して接種することが必要になります。

ただ、海外に出張や旅行をするという方の場合は、6カ月前から準備している方はいないので、迅速接種という方法もあります。1回目と2回目の接種の間を2週間に短縮できるという方法もあるものですから、曝露するリスクがある前にできるだけ早めに接種し、渡航の2週間以上、できれば6カ月ぐらい前に接種完了することが望ましいとされています。

池田

でも、なかなか難しいですよね。

児玉

なかなか難しいかと思います。ただ、ヨーロッパで使われているワクチンなので渡航先でも実際そのまま接種できることが多く、駐在される方の場合は3回目を現地で接種するという方法もあります。

池田

追加接種はありますか。

児玉

実はあるのです。3回とお話ししましたけれども、追加接種というのは、初回免疫3回接種、その3年後に1回接種して、さらにそこからまた60歳未満の方は5年おき、60歳以上の方は3年おきというかたちです。例えば仕事で山に入っているという方が60歳まで仕事を続けるということになると、一応5年おきにワクチン接種ということになります。

これを聞くと、げんなりしてしまう方がいらっしゃるのですが、実際、海外だと10年ぐらい効果が持つのではないかという話もあるので、一部の国で追加接種の間隔を伸ばす動きがあるのは間違いありません。

池田

なるほど。このワクチンはどのように作られているのでしょうか。というのは、先生がおっしゃった極東亜型というものの病原性が高いということで、ヨーロッパのウイルスタイプとは少々違うのですよね。

児玉

そうですね。実際はヨーロッパのウイルス株を用いてワクチンが製造されている、不活化ワクチンですが、北海道またはロシアは極東亜型といって、ウイルスの株としては異なる系統になります。しかしヨーロッパのワクチンであっても、極東亜型のウイルスには効果があることが証明されており、ヨーロッパのワクチンでの予防が可能となっています。

逆にいうと、極東亜型のウイルスで作られたワクチンはロシアにはあるのですが、それを日本で使用するのは非常にハードルが高く、あえてロシア製や中国製のワクチンを輸入して接種する必要はありません。

池田

わかりました。でも、北海道以外にも何か症例が出ているのではないかと思いますが。

児玉

2023年に論文として発表された日本の先生方の報告ですと、髄膜脳炎で入院された方の血液、髄液を後方視的に検査したところ、3人の方から陽性反応が出て、実際2人は診断基準上、ダニ媒介性脳炎だったことが判明し、残り1人は過去に感染したことがあると証明されました。その3人というのが、実は北海道外で、1人は東京、1人は大分、1人は岡山であり、日本各地に実はダニ媒介性脳炎の患者さんがいたのではないかという報告がされました。これは近年、ここ数年のダニ媒介性脳炎の研究報告の中では一番大きな、重要な意味を持つものではないかと個人的には思っています。

池田

でも、ダニなどは移動距離はそれほど長くないですよね。それがどうやって、海を渡って広がっていくのでしょうか。

児玉

実際、北海道は、ロシア、中国の東北部から、例えば渡り鳥自身、または渡り鳥に付いていたマダニが何かに付いて日本に持ち込まれたと考えられていて、そこから順々に本州に渡っていく可能性が考えられると思います。

ほかのウイルスもやはり同じようなことが考えられるのですが、例えば鳥インフルエンザのH5N1も渡り鳥によってウイルスが運ばれていることがわかっています。陸上でも、例えばシカなどの動物にマダニが付いている、もしくはシカ自体がウイルスを持っていたりすると、その移動によって次から次に新しい地域にウイルスが広がるということは起こりうるとされています。

池田

髄膜脳炎の症状がある方をダニ媒介脳炎と診断するスタートポイントは、どの辺にあるのでしょうか。

児玉

髄膜脳炎になった方を診断する場合、北海道内では比較的認知度が高いので、医師のなかで鑑別に挙げて考えることはあります。ただ、冬で髄膜脳炎の場合に考えるかというと、鑑別に上げる必要は少なくなるかと思います。

北海道外で考える場合があるかというと、また難しくなるのですが、髄膜脳炎で原因がわからない、北海道に旅行歴がある、もしくは本州、北海道外であっても屋外活動、野外活動をしている、もしくはマダニに刺されたことがわかっている方々は、診断がつかない場合にはダニ媒介脳炎を検討していただく必要があると思います。

池田

どうもありがとうございました。