齊藤
肺移植の現況と将来展望についてうかがいます。肺移植は、日本でいつ頃から行われだして、今どのぐらい行われているのですか。
佐藤
日本で最初に肺移植が行われたのは1998年、岡山大学で生体肺移植が行われたのが1例目になります。それから10年間はなかなかドナーさんの数も増えなくて、生体肺移植に頼っていた時期が多かったのですが、2010年に法律が変わってから急速に脳死ドナーさんの数が増え、2024年は全国で148件の肺移植が行われました。
2022年に初めて100件を超えてそこから急速に増えています。最初の頃は生体肺移植に頼っていましたが、現在は脳死ドナーさんからの肺移植が大部分になっていて、2024年の148件のうち、130件が脳死ドナーさんからの肺移植、18件が生体肺移植でした。
齊藤
移植施設は今、全国で12カ所ですか。その中で東京大学病院が最大規模ということですが、東京大学病院では何件ぐらい行われていますか。
佐藤
2024年の実績では44件の肺移植を行っていますので、だいたい全国の3分の1が東京大学病院で行われていることになります。
齊藤
肺移植が行われた対象患者さんはどのような方ですか。
佐藤
東京大学病院でも、あるいは全国でもおそらく同じぐらいの割合になりますが、約半数が間質性肺炎です。間質性肺炎といいましても、細かく見ていくといろいろなタイプがあり、大きく分けると特発性間質性肺炎という原因が特にない間質性肺炎の患者さんが肺移植を受ける患者さんの全体の半分のうちの、さらに7割ぐらいです。残りの間質性肺炎が膠原病などに続発する二次性の間質性肺炎となっています。
その他の疾患、いろいろ細かい疾患もありますが、大きなグループでいうと、特発性の肺動脈性肺高血圧症、気管支拡張症。また、意外と日本で多いのが、骨髄移植などの造血幹細胞移植後の肺障害というグループです。
齊藤
実際に手術を受けている患者さんはどのぐらいの年齢でしょうか。
佐藤
平均すると、50歳前後になると思いますが、年齢はかなりばらつきがあり、5歳未満の小さなお子さんもおられます。日本には脳死の肺移植の登録制限というのがありますので、登録時点で60歳未満である必要があります。
待機期間は、平均すると2~3年ぐらいあるので、脳死肺移植を受けている患者さんの一番上の年齢の方は62~63歳だと思います。
齊藤
どのような経路で患者さんは実際の移植施設まで行くのでしょうか。
佐藤
一般的に言いますと、患者さんは、やはり地域の中核となる病院の呼吸器内科、場合によっては膠原病内科、血液内科、あるいは循環器内科の医師からの紹介となります。まずは地域の基幹病院で診ていただいている患者さんを、こちらに紹介いただくパターンが多いと思います。
齊藤
一般に患者さんは、肺移植を希望されますか。
佐藤
そこはなかなか難しいところというか、ケース・バイ・ケースですが、まず紹介元で、肺移植が今、日本の治療としてすでに確立されていることをご存じの医師がかなり増えてきたことから、適切なタイミングで紹介していただくことが増えてきています。学会などからも、このタイミングで紹介してくださいというガイドラインのようなものも出されていますし、これはまだまだこれからやっていかないといけないところですが、啓発活動としては進んできていると思います。
ただ、患者さんの立場に立つと、主治医から、「これは肺移植を考えたほうがいいよ」と言われると、けっこうショックが大きい。ニュースとかでは見たことがあっても、まさか自分の身に肺移植が必要になるようなことが起こるとは思っていないのです。実際、肺移植は、先ほど申しましたように肺移植を受けていただくまでに、待機期間がけっこうありますので、わりと早いタイミングで紹介いただくことが多いのです。逆に言うと、そうしないと間に合わないということがあります。
そうすると、患者さんとしては、自分が肺移植を受けるなんて思ってもいなかったということで、どうやってそれを受け入れて、わざわざ肺移植の実施施設まで足を運んでいただくか。これはけっこう難しい問題です。多くの医師はそこをうまく話して、「まずは選択肢の一つだから、お話を聞いてみたら?」とすすめてくださいます。私たちとしても「あくまでこれは将来の選択肢の一つであって、絶対に肺移植が必要というわけではありません。もし受けなくて済むならそれに越したことはないですが、先々のことを考えると、そろそろそういったことも検討したほうがいいですね」といったかたちでお話を進めています。
齊藤
そこで成績の話が出てくると思いますが、どうでしょうか。
佐藤
日本の肺移植の成績は、世界と比べるとかなりいいです。世界のトップクラスだと思います。肺移植を受けた患者さんの5年生存率は70%を超えています。国際心肺移植学会のレジストリーデータをみると、5年生存率が55%ぐらいなので、かなりいいと思います。
ただ、やはり患者さん一人ひとりにとってみると、パーセントで言われてもあまり実感はなくて、自分が生きられるか、そうじゃないかの2つです。そういう意味で言うと、100%ではないことは非常に重要なところですし、私たちもそのことを十分患者さんに認識していただくことが必要だと思っています。
齊藤
それからQOLはどうでしょうか。
佐藤
肺移植をする一番の目的はもちろん救命ですが、それにも増してQOLを良くするというのは非常に重要な目的になっています。実際、適切なタイミングで肺移植を受けられた患者さんのQOLは劇的に良くなります。酸素を吸っても階段を上れなかった患者さんが、1カ月後には酸素なしで階段を駆け上がれるくらいになることもありますので、本当に劇的に良くなります。だからそれを目指して皆さん頑張っていただくことになります。
齊藤
良くなる患者さんはどの程度の割合になりますか。
佐藤
もちろん、すべての患者さんがそうなってくれると私たちもうれしいのですが、そのようにスムーズに元気になる患者さんは9割ぐらい。残り1割の方は残念ながら回復が思わしくないということになります。
あとは、一度元気になった患者さんがずっと元気でいられるか。ここも非常に大きな問題で、肺移植後というのは長い目で見てもいろいろな合併症がつきまといます。免疫抑制状態に長く置かれますので、感染症、それから免疫抑制剤が効きにくいタイプの慢性拒絶といわれる拒絶反応、患者さんによっては悪性疾患が出てきてQOLが損なわれることもあります。なので、移植がうまくいった後もそれをいかに維持していくかが非常に重要な課題になってきます。
齊藤
患者さんがある程度良い状態で手術をしたほうがよいということでしょうか。
佐藤
そこが実は肺移植の成否を決める一番重要なポイントだと思っています。私たちも、技術的に肺移植はかなり確立されたものなので、よほど特殊なケースを除いて手術そのものがうまくいかないことは普通はないと思っていただいていいと思います。ただ、どれだけ手術をうまく行っても、極端に言うと寝たきりの状態の患者さんに肺移植をしても、まずうまくいかないのです。というのは、やはり大きな手術を乗り越えて元気になるだけの体力があるかどうかということです。肺移植にたどり着くまでに命を維持するのはもちろんですが、特に筋力、栄養状態、そういった全身のコンディションをいかに整えておくかが肺移植の成否を決める一番重要な要素だと思っています。
齊藤
良い状態を保って、手術してその後の管理が大切ということですね。そうしますと、様々なポイントを見ないといけないですから、人手、リソースの問題が出てきますね。
佐藤
もちろんそうです。
齊藤
将来展望を含めて少しお話しいただけますか。
佐藤
まず肺移植に関しては、やはり外科医だけではなくて、術後、長期にわたって肺移植患者さんとともに歩んでいただける内科医の役割が極めて重要になってきます。今も各地域の医師にたいへんご尽力、ご協力いただいていますが、患者さんはこれからますます増えていくと思うので、いかに肺移植後を診ることができる内科医を増やしていくかが、我々にとって大きな課題です。
全体の展望としても、今、臓器移植が急速に増えてきています。これは肺だけではなくて、全臓器にわたってのことです。臓器提供者を増やすというのが日本の臓器移植の非常に大きな課題で、ようやくそれが実現しつつあります。おそらく数年後には年間の臓器提供者が300人、400人になる時代が来ると思います。そうすると、今度はそれに対応していくだけの人材をどのように育てて維持していくのかが非常に大きな問題になってくると思います。
例えば臓器斡旋を扱っている日本臓器移植ネットワークや、臓器移植を実施している我々、あるいは地域の医師、各方面の人材の強化。そこにはもちろんお金も必要になってくるので、いかにそこに投資していただくか、あるいは保険点数をつけていただくか。そういったことを総合的に国として取り組んでいただかないと、日本の臓器移植の発展は難しいとも思っています。
齊藤
ありがとうございました。