ドクターサロン

大西

ARDSというのはどういった疾患なのか、その病態から教えていただけますか。

田坂

ARDSは非心原性肺水腫ともいわれまして、肺に強い炎症が起こることによって主に血管内皮の透過性が亢進し、血漿成分が肺胞腔内に充満して肺水腫が起こるという病態です。基礎疾患として肺炎や敗血症から二次的に起こってくることが多い病態です。

大西

コロナウイルスのときも、重症化するとARDSになる方もいたのでしょうか。

田坂

そうですね。重症のコロナウイルス感染症はARDSの診断基準を満たすことになっているので、重症のCOVID-19はARDSと考えていただいていいかと思います。

大西

原因に関しては、先ほど肺炎や敗血症というお話が出ましたが、誤嚥とか、喫煙の影響はどうですか。

田坂

肺炎と誤嚥はどちらもARDSの病因として重要なものです。喫煙の影響がどれぐらいあるかはわかっていませんが、やはり喫煙者は肺炎も重症化しやすい傾向がありますので、喫煙もARDSを増悪させる要因にはなると思います。

大西

次にARDSの診断についてうかがいます。

田坂

ARDSの診断基準としては、ここ十数年、4項目からなる診断基準が設けられています。一つは急性発症であること。例えば肺炎や敗血症が起こってから7日以内に起こってくる呼吸不全。もう一つは、胸部の画像診断で両方の肺に所見があること。そして心不全や輸液過剰が主たる要因ではないこと。そして酸素化障害、要は高濃度酸素を吸入させても呼吸不全になってしまうこと。この4項目からなっていました。

ただ、2024年、診断基準が改訂されました。背景として、日本の場合には高流量鼻カニュラ、いわゆるハイフロー療法が臨床の場で広く普及してきました。それまでは基本的に気管内挿管を受けた患者さんがARDSと考えられていましたが、ハイフローあるいはNPPV(非侵襲的陽圧換気)によって挿管を回避できる患者さんも多くなってきた。そういった背景があって、ハイフローを使っている方もARDSと診断ができることになりました。

大西

診断基準が少し広がったようなイメージなのですか。

田坂

そうですね。診断基準が以前よりは広がったと考えていただいていいと思います。

大西

メリットもある反面、少し難しい面もあるかもしれません。その辺りはいかがですか。

田坂

ARDSの特徴として、陽圧換気をかけると急速に酸素化が良くなる方がいるというのがありました。ですので、高流量鼻カニュラ、ハイフローを使っている人をARDSとして拾ってしまうと、若干診断が過剰になる恐れがあると思います。

ただ、ARDSは早期に診断をして介入をすることが重要ですので、診断の早期からARDSの方を拾っていけるということはメリットかと思っています。

大西

実際の臨床の現場で、症候の見方や検査の見方はどのように進めていったらよいでしょうか。

田坂

ARDSに特徴的な症状というのはなく、一般的には発熱や進行性の呼吸困難です。最初は労作時だけだったのが安静時にも呼吸困難をきたすようになる、呼吸が促迫する、呼吸数が増えるといった症候があります。

大西

画像のお話も出ましたが、一般的な検査ではどういった点に注意したらよいですか。

田坂

単純X線では、けっこう見落としてしまうケースもありますので、状況が許すようであれば、積極的にCT検査を行って、両方の肺に陰影があることを確認していただくのがいいと思います。

大西

鑑別で気をつけたほうがいい点はありますか。

田坂

私たち呼吸器内科医が一番注意しているのは間質性肺炎の増悪です。基礎疾患として、例えば特発性肺線維症のような間質性肺炎をお持ちの方が何らかのきっかけで増悪を起こした。それとARDSは非常に所見が似ているということがあります。場合によっては、剖検をして初めて判明するケースもありますので、可能な範囲で過去の画像を取り寄せて比較することが重要かと思います。

大西

治療のことをうかがいたいのですが、まずは薬物療法で、ステロイドが中心になるのでしょうか。

田坂

ステロイドは長らくARDSには効かないとされていましたが、2021年に日本のガイドラインを改訂した際に、メタ解析などを行いました。すると、ステロイドを使っている方は人工呼吸器からの離脱ができたり死亡率が少なくなることがわかってきました。

ただ、ステロイドも、パルス療法といって大量を投与する臨床医がいらっしゃいますが、パルス療法はかえって予後を悪化させる恐れがあるので、パルス療法より少ない量を推奨しています。

大西

低用量を使うということですね。

田坂

そうですね。

大西

呼吸管理は具体的にどのようにしていったらよいでしょうか。

田坂

呼吸管理で重要な点としては、一回換気量の制限というものがあります。あるいは、気道内圧が過度に上昇しないようにする。一回換気量が多くなりすぎたり、気道内圧が上がりすぎたりすると、それ自体が物理的な刺激になって肺の炎症を増悪させることがわかっています。ですので、通常の人工呼吸管理に比べて、ARDSの患者さんには一回の換気量を制限します。

具体的に、本邦のガイドラインでは体重1㎏当たり4~8mLということで、体重が60㎏の人であれば240~480 mLに制限することを推奨しています。

大西

その他、補助療法で役に立つものはありますか。

田坂

それ以外の薬物療法で有効性が明らかになっているものはありません。ただ、呼吸管理において積極的に筋弛緩を行っていくことが有効だと考えられています。自発呼吸は残したままですと、時々、人工呼吸器とぶつかって気道内圧が上がったり、ちょっと専門的な用語になりますが、経肺圧が上がってしまうと、肺に良くないことがわかってきています。

大西

腹臥位の療法というのはいかがでしょうか。

田坂

腹臥位換気につきましては、効くタイプと効かないタイプがあるといわれています。腹臥位換気はCOVID-19で多くの臨床医に認知していただいたかと思いますが、COVID-19のような感染症をベースにしたARDS、例えばCTを撮ったときに陰影が肺全体にびまん性に広がっているものではなく、局在がはっきりしているようなARDSの患者さんにおいては、腹臥位換気が有効だと考えられています。

大西

重症化した場合、ECMOはどういった場合に使用したらよいでしょうか。

田坂

やはり人工呼吸管理をやってもなかなか酸素化が保てない方はECMOを使っていくことになると思います。以前、2009年の新型インフルエンザのパンデミックの際には、日本のECMOの成績は欧米に比べてあまり良くなかったのですが、それを反省して、コロナのときにはECMOの成績が格段に良くなりました。そういったことも踏まえて、ECMOセンターと連携をしてECMOを積極的に導入していくのもいいかと思います。

大西

臨床病型が幾つかあるとうかがっていますが、フェノタイプに基づいた治療の可能性というのもあるのでしょうか。

田坂

これは最近、研究が行われている領域で、よく知られているのは炎症が強いフェノタイプと弱いフェノタイプです。例えば、海外で行われたスタチンの臨床試験でも、炎症の強いフェノタイプには有効であったということが示されています。まだ臨床的にすぐにフェノタイプ分類ができるような状況ではありませんが、将来的には炎症の強いフェノタイプにはこういった薬剤を使うとか、そういったことも治療として考えていけるかと思います。

大西

ありがとうございました。