池脇
トロポニンI、Tの違いについて教えてくださいということで、心筋障害後、こういったものの数値が上がってくる。心筋障害とは、おそらく心筋梗塞かと思います。トロポニンにはI、T、そしてCと幾つかありますが、まずは基本的なところから教えてください。
井上
実はトロポニンというタンパク質は、日本人研究者が発見した非常に意義深いもので、日本が誇る発見の一つです。従来はCPK(クレアチンキナーゼ)が使われていましたが、感度や特異度に課題があり、そこからトロポニンの開発が進められました。
トロポニンは3つのサブユニットからなる複合体で、C、I、Tの3種類があります。このうちCは心筋以外にも発現しているため、IとTが心筋障害の有無をみる、という点で広く臨床で使用されています。
池脇
いわゆる心筋に選択的、特異的に存在するタンパク質で、心筋梗塞のように心筋が障害、破壊されると出てくるので、イベント後に測ることによって、診断、治療につなげていくということですが、測定の歴史は古いのでしょうか。
井上
私が医師になった1992年当時は、まだ実臨床では使われていませんでした。非常に診断に苦労していた時代でしたが、2000年ごろには、POCT(Point-of-Care Testing)として簡易診断キットが普及し始め、診断精度は大きく向上しました。さらに2012年に現在の高感度アッセイ(high-sensitivi ty assay)が登場しました。
池脇
測定するアッセイ系の感度が向上してきたのですね。
井上
そのとおりです。20世紀から21世紀にかけてトロポニンの有用性が注目され、多くの研究者が測定系の開発に取り組んだ結果、様々なアッセイが登場しました。言いかえれば、雨後のタケノコのように次々と開発されたのです。
それに対して、2015年にIFCC(International Federation Clinical Chemistry)が「このままではいけない」として、高感度アッセイ系の定義を明確にしました。健康成人男女各300人における測定値の99パーセンタイルが定義され(ちなみに高感度トロポニンTの場合は14ng/L)、そのうえで再現性(変動係数)が10%未満であることが求められました。これにより、「高感度」と名乗る条件が統一されました。
池脇
最初の質問は、トロポニンの違いについてです。トロポニンのIのほうがより心筋選択性が高いということですが、実際、心筋障害、心筋梗塞のときに先生方はこの2つをどのように使いわけているのでしょうか。
井上
正直なところ、日常診療においてはその違いはあまり大きな意味を持ちません。ただ比較した研究は数多くあり、ややIのほうが心筋特異性が高いといわれておりますが、どちらも高感度化されたことで、診断精度に大差はありません。
池脇
すると、この質問ですと、以前はトロポニンIを使っていたけれども、最近はTが主流になっていますというのは、必ずしも現場の医師としてはそういう認識ではないのでしょうか。
井上
そうですね。私はトロポニンTを使用しています。理由は、0/1時間アルゴリズムによるリスク層別において、Tのほうが低リスク群をより多く識別できたからです(Shiozaki M, Inoue et al, Cardiology 2021.doi:10.1159/000512185)。0/1時間アルゴリズムは来院時と1時間後に高感度トロポニンを測定し、そのそれぞれの値、差にもとづき、低リスク、中等度リスク、高リスクの3つに層別するものです。どちらも低リスク群では心筋梗塞の発症(来院後から30日までの間)は1例もありませんでしたが、Tのほうが安全と判断して患者さんを帰宅させられる割合が高く、結果的に医療資源の適正化にもつながります。
池脇
実際には、Iのほうが観察群(オブザベーション群)が多くなり、結果的に患者を入院させがちになるということですね。
井上
そのとおりです。救急外来で最も重要なのは「患者さんを入院させなければならないか、帰宅させてもOKか」を見極めることです。何か心配だねといって帰宅させないでずっと救急外来で経過観察、もしくは入院させることが可能でしたら、そもそもトロポニンは不要かもしれません。ただ現実はそうもいかないため、私は診断精度だけでなく運用面での利便性の点でも、Tのほうが優れていると感じています。
池脇
IとTでは全体的にはどちらが主に使われているのでしょうか。
井上
公表はされていませんが、おおよそトロポニンIが6割、Tが4割程度といわれています。これは、Iは複数企業が製造しているのに対し、Tは1社のみという特許上の理由も関係していると考えられます。
池脇
選べる企業が多いだけIのほうが少しシェアは大きいけれども、どちらもそれぞれいい検査なので、どちらを使うかというような検査ではないということですね。
井上
そう思います。
池脇
最後の質問は、「心筋障害後何日ぐらいで検出されるのでしょうか」です。いったん出てきたものが遷延してずっと検出されるようなイメージを持ったのですが、そのようなものなのでしょうか。
井上
学生時代、講義で「心筋梗塞ではまず白血球、次にAST、続いてCKが上がり、最後にLDHが遷延する」と経時的に検査データが変容していくことを学びました。なので、おそらく質問してくださった医師も、トロポニンもあのカーブに合わせようというイメージをされているのだと思います。実際、トロポニンが遷延しているように見えるのは、大きな梗塞によって、延々と血中に検出され続いているという言い方が正しいです。トロポニンの半減期はおおよそ2時間程度と非常に短いです。よって検出が遷延しているように見えるのは、傷害が続いているためです。つまり、トロポニンが長く検出されるのは、持続的に心筋細胞が壊れているからであって、トロポニン自体が長く残るというわけではありません。
池脇
先生の今の解説でよくわかりました。
おそらくこのアッセイ系の感度が非常に良くなったので、心筋障害、心筋梗塞だけではなく、最近は心不全でもトロポニンを測ると聞きました。これはどういうことなのでしょう。
井上
心不全も広義の「心筋障害」に含まれるため、トロポニンが上昇することがあります。ただし、BNPやNT-proBNPは心負荷を、トロポニンは心筋障害そのものを反映するマーカーです。両者を併用することで予後評価に大きな価値があると考えます。
池脇
私にとっては、心不全の場合はやはりBNP、NT-proBNPで、トロポニンも測らないといけないのかと思ったのですが、考え方としては、BNPは心筋の負荷を、トロポニンは心筋の障害を評価しているともいえるのですね。
予後にこういったものが反映してくる可能性はどうでしょうか。
井上
まったくそのとおりで、特にトロポニンは先ほどの理屈から明確に心筋梗塞後の予後を反映しますし、BNPも心不全の予後マーカーとして有用です。ところで、BNPについて補足しますと、臨床では数値が高くても比較的安定している患者さんが少なくありません。例えば正常値はNTは125ng/Lですが、私の患者さんにいつも900~1,000 ng/Lと高値で推移していても安定している方は多くいます。このように慢性例では高値が持続することは珍しくありませんが、20%以上急上昇した場合は注意が必要です。これはトロポニンにも当てはまり、いわゆる“rise and fall”の動きが、病態の推移を示す重要なサインになります。
池脇
トロポニンに関してたいへんわかりやすく、臨床的に有用なお話をありがとうございました。