ドクターサロン

池脇

人間ドックや検診の心電図で早期再分極(Early repolarization:ER)を認めたとのことです。一般的には健常者、特に若年男性あるいはアスリートに見られる心電図所見で、あまり病的な意義はないと考えられていたのが、どうも心室細動で突然死の原因にもなりうるということで、そういう心電図を呈したときの対応というのは、ある意味悩ましいと思います。先生、このERというのはどういうものなのでしょうか。

清水

ERというのは、J波と考えてもらったらいいと思います。定義としては、12誘導心電図の下壁誘導(四肢誘導のⅡ、Ⅲ、aVF誘導)のうち2誘導以上、あるいは側壁誘導(胸部誘導のV4からV6誘導)のうち、同じく2誘導以上に、QRS後の最初のST部分のJ点が、0.1mV(1㎜)以上上昇がある場合に、これをJ波、あるいはERパターンといいます。

池脇

通常の検診でもある程度見られるけれども、最近は突然死の原因にもなるという報告が出てきたのですね。

清水

そうですね。今お話ししたERパターン、あるいはJ波というのは、健常人でもだいたい5~10%ぐらいには認められるので、決して珍しいものではありません。これまでは正常範囲の問題のない心電図所見と考えられていましたが、2008年にフランスのHaïssaguerre先生が多施設共同研究で、特発性心室細動といって、心筋梗塞や心筋症といった基礎心疾患がなく心室細動を発症した患者さん206名の心電図を調べてみたら、なんと31%にJ波、ERパターンを認めたことを報告されました。

健常人ではせいぜい5~10%ですから頻度が高いということで、ERパターン、J波というのは、心室細動の病態に関係しているのではないかと注目されて、それが早期再分極症候群(Early repolarization syndrome:ERS)という病気の発見につながりました。

池脇

確かに特発性の心室細動は致命傷の場合も多い病態で、ERパターンを3割認めます。一般の方でも5%ぐらいとなると、どうやって見分けるのかということですが、まず性差はあるのでしょうか。

清水

一般的には、J波は女性に比べて男性で多いといわれています。

池脇

ER、あるいはその症候群ということでERSの診断は、おそらく心電図プラスアルファで総合的にと思いますが、具体的にはどのように進められるのでしょうか。

清水

先ほどは、心電図のERパターン、あるいはJ波の定義をお話ししましたが、早期再分極症候群(ERS)と診断するためには、心室細動の発症が必須条件です。特発性心室細動を発症した患者さんの心電図でERパターン、J波を認めた場合に、初めてERSという診断がつきます。ですから、検診で健常人の5~10%に見つかるERパターン、J波だけではERSという診断はできません。

池脇

そうすると、検診や人間ドックの心電図で例えばERパターンだとしても、その方あるいは家族の方のいろいろな情報が重要ということでしょうか。

清水

そうですね。家族歴も大事ですが、同じERパターン、J波でもハイリスクなERパターン、J波があるといわれています。

具体的に言うと、先ほどJ波は下壁誘導や側壁誘導に認めると言いましたが、広範な領域、すなわち下壁誘導にも側壁誘導にも、場合によってはV1、V2誘導といって、ブルガダ症候群でSTが上昇する誘導も含めて、12誘導心電図の中の広範囲な誘導でJ波を認める場合がハイリスクといわれています。

池脇

確かに今先生がおっしゃったのは、ERパターンの中でも比較的リスクのないものから、リスクの高いものとして、広い範囲の誘導でJ波を認めるということですね。それ以外に見分ける要素はあるのでしょうか。

清水

そのほかには、北欧からの報告ですが、通常J波の定義は振幅が0.1 mV(1㎜)以上ですが、これが0.2mV(2㎜)以上上がっている場合もハイリスク群といわれています。

それからJ波の上昇に引き続いて、T波に続くST部分が水平になっている、あるいはいったん下降するようなパターンの場合も、リスクが高いといわれています。

池脇

今先生がおっしゃったのは、いわゆるスラー型というものでしょうか。

清水

そうですね。スラー型のものも、ノッチ型のものもあります。

池脇

ただ振幅が高いだけではなくて、その形状を見て、リスクの高いものを見分けることができるということですね。

清水

そうですね。そういったところに注意を払って、ハイリスクなJ波の患者さんでは特にしっかり病歴を聞き、本人に失神などの症状がないかを確認することになると思います。

池脇

それでリスクが高いとなったときには、どういう治療をされるのでしょうか。

清水

心室細動が見られないと、早期再分極症候群(ERS)という診断がつかないので、心室細動がいったん起こった患者さんの治療は、植込み型除細動器(ICD)という、自動的に電気ショックをかける機械を二次予防として植え込むのが通常の治療になります。

問題は、心室細動や多形性心室頻拍、心肺停止がない方で、検診の心電図で、ハイリスクのERパターンあるいはJ波だけが見られた場合にどうするかということです。

池脇

そこが確かに悩ましいですね。ICDは入れるのもたいへんですから、薬物治療の方法があればいいかと思いますが、具体的にはあるのでしょうか。

清水

まずICDの適応を先にお話しします。VFを発症した患者さんは二次予防でICD適応になりますが、現在の欧米、日本のガイドラインでは、本人に失神がある場合、1)心電図にハイリスクなJ波のパターンがある、2)比較的若い人に突然死の家族歴がある、3)早期再分極症候群(ERS)の家族歴がある、のいずれかがあれば、クラスⅡbの一次予防になります。Ⅱbは、積極的な適応ではないですが、本人が希望すれば一応ICDを入れてもいいとなっています。

池脇

そうすると、リスクは高そうだけれどもICDまでは踏み込めない、何か薬で予防できればと思っても、なかなかそういう薬はないということでしょうか。

清水

早期再分極症候群(ERS)に有効な薬はわかっていますが、それを使うのは、心室細動を発症して、ICDが植え込まれているが、その後も頻回に心室細動を起こして患者さんが非常に苦痛を感じるなどの場合です。内服薬として心室細動の発作を予防する薬が幾つかあります。

具体的に言うと、キニジン、シロスタゾール、あるいはベプリジルといった薬を発作の頻度を減らすという目的では使います。しかし、まったく無症候の患者さんにそういう薬を予防的に使うことは実際にはあまりないですね。

池脇

最後にお聞きしたいのは、人間ドック、あるいは検診を担当されている医師が「このERパターンは専門医に紹介するべきだ」と考えるケースはいかがでしょうか。

清水

先ほど心室細動を起こしていない患者さんのICD適応について少しお話ししましたが、本人に失神発作がある、それも不整脈原性失神といって、突然、何の前兆もなく倒れる場合や、あるいは、夜間に苦しそうにうめき声を上げて、けいれんしている(夜間苦悶様呼吸)場合は、心室細動が原因で一時的に起こっている可能性が高いので、しっかりと病歴を聴取する必要があります。

それから、本人に症状がなくても、家族歴として、若年男性(20~40歳)の突然死の家族歴がある患者さんは注意が必要です。

池脇

紹介された側は、決定的なエビデンスがあればICDに踏み込めるでしょうが、そうでない場合は定期的に診ていくということでしょうか。

清水

そうですね。また、心電図の広範囲な誘導でJ波を認める、J波振幅が0.2mV以上あるといったような場合には、少し心電図を撮る頻度を増やしていただいて経過を見ることもあります。その辺りを気をつけていただければいいのではないかと思います。

池脇

ERの最新の情報を教えていただき、ありがとうございました。