池脇
代謝機能障害関連脂肪性肝疾患、MASLD(マッスルディー)とMASH(マッシュ)についてです。
以前のNAFLD(ナッフルディー)、NASH(ナッシュ)からそれぞれMASLD、MASHに変わったようですが、まずその背景を教えてください。
米田
もともとお酒を飲まない方の脂肪肝は肝硬変にならないと固く信じられてきました。ただ、1980年にメイヨー・クリニックのルードウィッヒ博士が、お酒を飲まなくても肝硬変になりうるということで、あえてそこにフォーカスを当てて、「非アルコール」という言葉を加え、非アルコール性脂肪性肝炎と名前を付けました。これが以前いわれていたNASHになります。
ただ、その後、非アルコールという言葉では、病態の主体である糖尿病や肥満などの代謝機能障害に関しては表現しきれませんでした。また昨今、英語を母国語にしている方にとっては、alcoholicという言葉がアルコール依存という差別用語につながってしまう、またfattyという言葉が体格そのもの、太っていることを揶揄するような表現になってくることから、Nonalcoholic fatty liver diseaseのように、医学用語に差別用語が入っているのは問題があると考えられました。
池脇
アルコールを飲まない人でも肝硬変になりうることを最初の方が強調したけれども、今の考え方は、アルコールよりもいろいろな代謝機能障害が病態の主体ということで、世界的に協議をしてこの名前になったということですか。
米田
はい。代謝機能の障害がこの病気の主体であることから、Metabolic dysfunction、それに関連する脂肪性肝疾患、英語名で言うとMetabolic dysfunction-associated steatotic liver disease、MASLDというかたちに名前を変えたといわれています。
池脇
確かに、NAFLDはお酒を飲まず、ほかに原因がない除外診断的な病気でしたが、MASLDは、脂肪肝に加え代謝機能障害ということで除外診断ではなくなっていますよね。
米田
はい。昨今、例えばお酒を飲まないという方は、エタノール換算で週当たり、男性では210g、女性だと140g未満となりますが、お酒を飲んでいないことに加え、代謝機能障害があること。これがMASLDの診断基準になります。
池脇
ただ、NAFLDの方の90%以上の方がMASLDでもあることからオーバーラップすることが多い病態ということでしょうか。
米田
はい。NAFLDをMASLDの名前に変えたときに、今まで40年以上続けてきた医学的な研究がまた振り出しに戻ってしまうことになります。そのために、NAFLDから医学的なエビデンスは引き継げるかたちで、議論された結果、MASLDという名前が付きました。
世界中でいろいろな研究がされているのですが、NAFLDはほとんど、97~99%がMASLDの要素になっているといわれています。
池脇
心代謝系危険因子である代謝機能障害があるかということですが、具体的には、肥満や糖代謝異常などですか。
米田
心代謝系危険因子としては過体重や肥満、2型糖尿病、高中性脂肪血症、低HDL血症、高血圧の患者さんなど、5つの項目のうち1つでも合致していると、心代謝系危険因子があるといわれています。
池脇
こういった危険因子が1つでもあればMASLDということで、診断はしやすくなったように思いますが、将来の肝硬変のリスクはどのように評価されているのでしょうか。
米田
MASLDは、昔のNAFLDと同じような病態だとすると、日本だけでもおよそ2,000万~3,000万人以上いるといわれています。ただ、その方たちの中でリスクが高い方というのは、肝臓の線維化が進んでいる方。その方たちというのは、だいたい2,000万人いるMASLDの患者さんの中で1~2割ぐらいの患者さんだといわれています。
池脇
正確に評価するには肝生検になると思いますが、肝生検はちょっとという気持ちがあります。非侵襲的に評価する診断方法も進んでいるのでしょうか。
米田
はい。世界中のガイドライン、例えばアメリカのガイドラインもヨーロッパのガイドラインも、診断基準として肝生検は一つの強力なツールではありますが、それに頼らない非侵襲的な診断方法、例えば採血を使って肝臓の線維化が進行している方を拾い出したり、超音波やMRIを使った肝臓の硬さを測る方法などで、非侵襲的に線維化を評価する。そのような方法が盛んに行われています。
池脇
少し戻りますが、心代謝系危険因子の合併数が増えるほど重症なのでしょうか。
米田
まさしく今、その分野が研究されているところです。心代謝系危険因子を複数持っているほうが、1つに限られている方よりも、より線維化が進みやすいと考えられています。
池脇
MASLDの方は基本的に酒豪の方はいないにしても、飲酒量がその病態を進めることもあるでしょうか。
米田
心代謝系危険因子と飲酒量に関しては、独立した因子だといわれています。そのために、お酒を飲まないMASLDの患者さんと、お酒を飲むアルコール関連肝疾患といわれているALDの患者さん。そのちょうど間で中等度の飲酒をするような方、そして心代謝系危険因子を有しているような患者さんについては、今まで表すような名前がなかったのですが、これが新たに、
池脇
疾患概念を変えて、体系的に病態を整えているという印象を持ちました。
さて、質問の後半は治療ですが、いかがでしょうか。
米田
NAFLDだった時代は、具体的に確立した治療方法がないというのが定説でした。そのために、治療としては、運動療法や食事療法、生活習慣の改善が基本でした。
ところが最近、多くのエビデンスの集約から、様々な治療薬の候補が確立してきました。治験も数多く行われ、第Ⅲ相の臨床試験まで進んでいる薬剤も複数存在します。特に、2024年3月には初めてアメリカのFDAでレスメチロムといわれている薬が承認になりました。
池脇
質問のGLP-1受容体の作動薬、あるいは選択的なPPARαモジュレーターのデータはあるのでしょうか。
米田
はい。今、レスメチロムはアメリカで承認されていて、実際に市販されています。ただ、日本ではレスメチロムの治験に参加していないために使用することができません。同様に世界でもレスメチロムではない別の治療を望んでいる患者さんもいらっしゃいます。
その中で今、一番注目されているのがドラッグ・リポジショニングといって、糖尿病や脂質異常症の治療で、すでに安全性や効果が一定で確認されているようなもの、これをMASLDの治療にも流用できないかと、研究がされています。
池脇
GLP-1受容体作動薬は様々な領域でいいデータが出て、MASLD、MASHに対しても期待していいのでしょうか。
米田
はい。特にGLP-1受容体作動薬のセマグルチドは治験も非常に進んでいまして、第Ⅱ相でも約60%の方に肝臓の改善効果があるといわれていました。2024年12月に、1,200人を対象とした第Ⅲ相試験の途中経過が報告され、肝臓の改善効果が約6割の人に認められたということで、今、この薬が次に承認される期待が高まっています。
また、脂質異常症の治療、特に中性脂肪の薬として、最近、選択的PPARαモジュレーターといわれている薬が発売されています。中性脂肪の治療薬としては、保険承認が下りており、日本を中心としてMASLD改善の第Ⅱ相の試験が行われています。これは肝生検をもとに検討したデータではありませんが、MRI、先ほどお話がありました非侵襲的な診断方法を用いて、一定の効果が得られています。安全性が高い薬で、さらに全身に作用する可能性がありますので、ペマフィブラート、選択的PPARαモジュレーターも期待される薬の一つとして考えられています。
池脇
MASLD、MASHに関しての新しい概念を解説していただき、近い将来、効果的な薬が出る可能性があるということでした。ありがとうございました。