山内
癌、胃癌、大腸癌などに伴う鉄欠乏性貧血は除外しまして、よく見かけるのが女性の月経がまだあるときの貧血です。普通に考えても、そういった生理的な出血は存在しますので、多少ヘモグロビンが低くても、むろん治療対象にはならないと思います。貧血と呼んでいいかどうかすらもはっきりしないところがありますが、その辺りに関する見解はいかがでしょうか。
田中
難しい質問です。WHOの基準では、女性の場合、ヘモグロビン12g/dLとなっていますが、だいたい日本の若い女性、20代、30代、40代の方々はMCVという小球性の貧血になるかどうかというレベルの方々も非常に多いので、病気とはいえないながらも、月経があることによって貧血気味の方々は多いと思います。
山内
通常では、10.0というのが一つのきれいな数字のため、それ以下になると治療という印象がありますが、その辺りはいかがですか。
田中
私は女性なので、患者さんに月経の程度をお聞きしやすく、非常に不規則だったりして、あまりにもMCVが下がってきているときは、そろそろ鉄欠乏になりそうかなと考え、生理の前後だけ飲んでいただくこともあります。
山内
ある意味、やや低めでも、長期間にわたってあまり変動がなければ、経過を見ていてもいいということになりますか。
田中
そうですね。経過を見ている方もいます。
山内
10.0を切るとよくふらつき、めまいが出てくるという話ですね。それを目安として考えて、まずはやはり飲み薬ということになりますが、従来の薬も大きなトラブルがあるというほどではないものの、一部で飲めない方がいました。今回出てきた新しい薬は、その辺りを補う薬と考えてよいでしょうか。
田中
そうですね。新しく出てきたクエン酸第二鉄剤は、もともとは腎臓の疾患における、リンを下げるための薬として開発されたものですが、貧血を改善することも知られていて、鉄欠乏性貧血に保険適用となりました。
一つには、これまでのクエン酸第一鉄ナトリウムといわれるような鉄剤に比べると、吐き気が少なくて、クエン酸第二鉄剤では約10%です。クエン酸第一鉄ナトリウムといった薬剤では25%前後吐き気があるのに対すると、若干少なくなっているという特徴があります。
山内
その副作用がなくなったのは一つ大きなポイントですね。
田中
そうですね。選択肢が増えたと思います。
山内
ただ、従来の薬を凌駕する薬剤とまではいかないという印象でしょうか。
田中
少しはあると思いますね。ただ、その薬は飲み合わせがありまして、ニューキノロン、ミノサイクリン、甲状腺ホルモン、あとはレボドパ、ドパミン製剤の飲み合わせによって血中濃度が変わったり、効果が減ることもあるので、それらに注意する必要があります。
山内
飲み合わせに関しては面倒なところがあって、それが短所になるのですね。
田中
そうですね。ただし、時間を空ければいいとされています。
山内
新しい薬ですから、当然やや値段も張るのですか。
田中
そうですね。
山内
その辺りをよく考えて使う必要がありますね。したがって通常なら、先生も従来薬を先行して投与するのですか。
田中
はい。最初はまずクエン酸第一鉄ナトリウムや、乾燥硫酸鉄、もしくはそれらが飲めない方には大人でも小児用ですが溶性ピロリン酸第二鉄のシロップを使ったりしています。
山内
次に注射剤に移行するケースをうかがいたいと思います。注射剤が必要になってくる患者さんはどういった方でしょうか。
田中
まず、鉄剤が必要ではあるけれども飲めないという方です。吐き気や便秘で飲めないような方に、含糖酸化鉄の注射剤を外来で注射していました。一般的に1回に投与できる量は40㎎で、頻回に患者さんに外来に来ていただかなければなりませんでした。
それに対して新規の薬剤は、1回量が大量に投与できることが患者さんのコンプライアンスを上げる、つまり来院する回数が少なくて済むというところが最大の特徴だと思います。
山内
これは静脈内に直接入るので胃腸には影響しないと考えてよいのですね。
田中
症状を訴える方は少ないです。
山内
それともう一つ、飲めないという患者さん以外に重症の患者さんも対象になりますか。
田中
そうですね。過多月経、月経が多くて非常に悩んでいらっしゃる方、かつ、内服ができないような方に、かつては本当にどうしようもないときは輸血を検討したこともありますが、新しい鉄剤の点滴によって、非常に効果が認められています。
ですので、ヘモグロビン8g/dLという重症の方であっても、非常に早く効果が出るという薬剤です。
山内
月経血によるものでも、8g/dLを下回るぐらいはありうるということですか。
田中
あります。
山内
癌が進んだ方や抗癌剤でかなり重度の貧血の方の場合もありますが、ケースによってこういった方にも使えると考えてよいでしょうか。
田中
癌の方の場合には、必ずしも鉄の欠乏だけではなくて、赤血球の骨髄への働きが落ちていることもありますので、鉄剤だけでうまくいくことは少ないかもしれません。
山内
さて、使い方が我々にはなかなか難しく、経験がないところがありますので、ご紹介願えますか。
田中
新しく出てきた薬剤には、カルボキシルマルトース第二鉄と、デルイソマルトース第二鉄という注射剤があります。カルボキシルマルトース第二鉄という点滴薬の特徴は、1回に500㎎という大量の薬を入れることができることです。しかし、ヘモグロビンの値と体重によって何㎎まで入れることができるかを最初に決める必要があり、体重が非常に少ない人の場合には500㎎の1回の投与になります。でも体重が例えば70㎏以上になるような方の場合には最大量1,500㎎なので3回投与することができます。毎日投与したり倍量投与することはできなくて、1週間は空けることになっています。
しかも投与をした後、ヘモグロビンは比較的すぐに上がってくるのですが、投与して4週を過ぎてもヘモグロビンが上がることがあるので、鉄の過剰にならないように次から次へ入れるというわけではなくて、ヘモグロビン、鉄、フェリチンなどを追いながら、少しずつデータがどこまで改善するかを見たほうがよいと思います。
山内
不慣れなケースでは、とりあえずまず1回注射して、しばらく様子を見て2回目、そして3回目でまた様子を見る。そういう感じと考えてよいでしょうか。
田中
そうですね。実臨床では実際に間を空けてもいいのではないかと思っていまして、1回投与して、2~3週間見て、採血の値はどうかを確認してからでもよいかと思います。
山内
かなり切れ味はよい薬ですか。
田中
切れ味はいいと思います。
山内
それは非常に朗報ですね。もう一つの薬との使い分けはいかがでしょうか。
田中
私は鉄剤の注射剤でアナフィラキシーが起きた経験はないのですが、どんな鉄剤であったとしてもアナフィラキシーは起きうる可能性があるといわれています。デルイソマルトース第二鉄はそれが低減されています。
あとデルイソマルトース第二鉄は、カルボキシルマルトース第二鉄よりももう少し多い量を入れることができますので、体重の重い方は2,000㎎までと、かなり大量に投与できるという特徴があります。
もう一つは、実は鉄剤の副作用として知られている低リン血症の頻度が少ないといわれています。
山内
1回で1,000㎎と考えてよいですか。
田中
そうですね。1回に1,000㎎投与ができて、最大量2,000㎎まで投与できます。
山内
かなりの量ですが、これは体格の大きな方を念頭に置いているのでしょうか。
田中
そうですね。カルボキシルマルトース第二鉄もデルイソマルトース第二鉄も、体重が非常に少ない30㎏以下の場合は鉄過剰にならないかを注意しなくてはいけないと思います。特に体重が軽い方には注意して、少しずつ使うほうがよいと思います。
山内
どうもありがとうございました。