ドクターサロン

池田

年度末や初めは新人や、仕事をリタイアした方の環境ががらりと変わる時期ですね。そのような方たちは、どのようなことでいらっしゃるのでしょうか。

中尾

私は心療内科をやっているので、ストレスがあって体の不調をきたした患者さんが来るケースが多いです。先生がおっしゃったように、新しく学校に行くとか、今までやっていたことが急になくなったとか、環境が変化すること自体が大きなストレスになります。それに適応できなかったり、無理に合わせすぎてしまって体の不調をきたしたり、場合によっては心、精神のほうに不調をきたした方が受診するケースがあります。

池田

質問のように、不眠を合併することが多いのでしょうか。

中尾

そうですね。人が悩んだらどうなるかと考えると、やはりそのことがずっと頭をよぎって、忘れられないということがあると思います。

眠るというのはある意味、無意識にならないといけないわけで、脳波のα波の周波数を大きく落として意識を一気に落とさないといけないのに、いろいろ考えごとがあるから、「ああ、眠れない」と不眠をきたす。こういうことは十分起こりうると思います。

池田

患者さんとしては、体がちょっと優れない、あるいはちょっと眠れないと、一般内科も含めて受診すると思いますが、その際、先生方は最初にどのような質問を投げかけるのでしょうか。

中尾

主訴が眠れないことだとしたら、具体的にどのように眠れていないのかをまずは聞かないといけません。いわゆる入眠困難でせっかくベッドに入ったのに、30分間以上まんじりともせず、眠れない。一晩や二晩ならいいのですが、これが1週間、2週間ずっと続いていれば、病気と診断しないといけないかもしれません。

あとはせっかく寝たのに、途中で何回も目が覚めてしまうという中途覚醒という現象がありますので、それがないかどうか確認します。ただ、高齢者の場合はトイレに行きたいから起きるケースがあります。これで一晩2回3回起きるとおっしゃる方もいるので、2回まではいいですよと私はいつも言うのですが、問題はその後に、もう眠れなくなるということです。あと、うつ病などの場合だと、朝早く、午前3時、4時にぱっちりと目が覚めて、もう眠れないという早朝覚醒という現象が起きます。一言で「眠れない」と言われても、入眠困難、中途覚醒、場合によっては熟眠障害、早朝覚醒の、どのパターンかを、詰問調では聞いていけませんが、会話の流れの中でつかんでいくことをまず心がけています。

池田

その際、どのようにしたら背景を聞き出せるのでしょうか。

中尾

かかりつけでいつも関係ができている人でしたらいろいろわかると思いますが、まったくの初診の方にいきなり、「どうなの、どうなの」と聞いても、なかなか情報が入ってこないので、正直、1回の診療で見極めがつかないこともあります。

ただ、患者さんには病院まで来たからには非常に困っていて、何とかしてほしいという気持ちがあるでしょうから、「また来てください」と素っ気なく言うのはいけないわけです。その医師の診療時間がどのくらい許されているか次第ですが、例えば心療内科だと本当は5分ではちょっと無理で、最低15分は欲しいところです。一般内科で同じようにすると混み合って回っていかないと思いますので、短い中でやっていかないといけないことはわかりますが、その中で、症状の背景をどうやって聞くかは、確かに難しいですよね。

だから、会話の流れの中で、例えば「昨日どうでしたか」「2日目はどうでしたか」「何かありましたか」みたいに、きっかけをつかもうとします。

池田

短い中で、時間もないということになると、睡眠障害のパターンをまず聞いて、それに合わせて薬をまずは処方するという方法もひとつでしょうか。

中尾

はい。欧米などの不眠症の治療ガイドラインだと、いきなり薬を使うよりも、睡眠衛生指導や認知行動療法といわれる心理的なアプローチをしなさいと書いてあります。日本の場合だと、ある程度そういうのを医師一人で専門的に勉強するのが難しい実情を考えて、日本の診療ガイドラインでは、最初から睡眠薬を処方することが許されていると思います。

ですから、とりあえず困っていらっしゃって、「今まで睡眠薬は使ったことがありますか」ということをきちんと聞いたうえで、睡眠薬を処方する人にも腎臓の機能が悪いとか肝臓の機能が悪いなどがあれば量も気をつけないといけませんから、その辺りの状態は最低限、医療機関として把握し、「まずは試しに飲んでみますか」とすすめることはあります。

池田

正直なところそうですよね。逆に患者さんもそれをある程度望んで来院していますね。

中尾

そうですね。たいてい、寝酒を飲んでいますので、そこをきちんと聞いて、それは逆に睡眠の質を悪くすると注意する。それをするぐらいなら、睡眠薬を服薬したほうがまだ安全ですよということはしっかり説明します。

池田

そういう臨床現場では切羽詰まった状況でとりあえず処方ということになりますが、あまり害にならないものはどのような薬ですか。

中尾

どうしても薬ですから、効果と副反応、副作用とのバランスを見ていかないといけません。一時期、20世紀の頃はベンゾジアゼピン系睡眠薬が普及していましたので、それを処方するのが一般的でしたが、21世紀になってから、分子構造が少し違う、新しいタイプの睡眠薬がどんどん発売されています。今は、薬を使うときの第一選択ということでいえば、ベンゾジアゼピン系ではなくて非ベンゾジアゼピン系の、できれば新しいもののほうがいいかもしれません。

今、臨床試験が盛んに行われていますから、安全性が十分に確かめられていて、新しい非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を処方する流れになっていると思います。

池田

実際に先生が使われている薬はありますか。

中尾

寝入りが悪いから早く寝たいとなると、早く効く睡眠薬がいいでしょうし、かといって、飲み慣れていない人に対して、あまり強い薬をいきなり使うというのも不安ですから、私だったらレンボレキサントやスボレキサントというオレキシン受容体拮抗薬をよく処方しています。なるべく副反応を抑えながらとなると、ラメルテオンという薬があります。これはメラトニン受容体作動薬ですが、「この薬はわりと体の成分に近いです」「比較的、安全性が高いです」といった説明をして処方するようにしています。

初めての人ですと、そのどちらかですね。レンボレキサント、スボレキサント、ラメルテオンを処方します。それでも効かなかったらエスゾピクロンという薬があります。これは、高齢者で2㎎、成人で3㎎まで使えます。1㎎の錠剤もあって、最大3錠まで処方できるので、まずは1錠、だめだったら2錠、いざとなったら3錠までいけます。それでもだめだったらまた別の方法を考えましょうと、患者さんと相談しながら処方します。

池田

質問にもありますが、まずは睡眠導入剤で、次に精神安定剤、抗うつ剤などいろいろありますが、これを使うようになるということは、何回か患者さんが再診されて、ある程度背景がわかってこないとなかなか難しいですよね。

中尾

そうですね。過呼吸やパニック症などのイベントがあると呼吸ができなくなったといって死ぬのではないかという恐怖心がすごく出ます。そこまで究極のストレスがあれば、それは不安が悪さをしていますという話をして、俗に言う精神安定剤を、正式には抗不安薬と言わないといけませんが、そういった薬を処方する発想になります。先ほどの睡眠薬治療の流れで、どういう睡眠薬を使っても効果がないときに、どうもこの人は、例えば職場ストレスなど日常で不安感がとても高い状態で寝る前にいろいろ悩んでいるのだろうなと思われるような場合は、睡眠薬よりもむしろ抗不安薬を、寝る前にでも少し服薬させてあげたほうがスーッと眠れるということも起こり得ます。あくまで不眠症の治療の流れの中で抗不安薬を使うということもあり得ます。

池田

その場合、SSRIを使われるのですか。

中尾

はい。SSRIは今はうつ病でも使えますし、不安障害、不安症でも使えますので、こちらも本当は第一選択としていいと思いますが、これを使うのは少し覚悟がいります。どうしても速効性がないので、「少し時間がかかるかもしれません」「最初の1週間は効かないかもしれません」「むしろ副作用のほうが出るかもしれません」といったことをよく説明します。患者さんが途中で服薬をやめてしまうケースがありますので、その辺はうまく説明しないといけません。きちんと信頼関係がつくれそうな場合は処方できます。抗不安薬の場合は飲んだらその場で「あっ、効いてる」という感覚がわかりますので、こちらを最初のうちだけ少し使いながら、うまく説明ができるようになってきたと思ったら、じっくり説明して、「本腰を入れて治療しますから、SSRIというのが今は一番いいといわれていますよ」と説明して使い始めるというイメージです。

池田

そのレベルまではちょっと、一般内科医師だとなかなか難しいでしょうか。

中尾

ただ、医師によっては、コンサルテーションがなかなかできないとか、地域に精神科がなくて、私が診ないといけないというケースもあることから、必要に迫られてSSRIをしっかり使っている内科医もいらっしゃいます。何回か経験を積んでいけば、処方に慣れてきてコツがつかめます。

池田

なかなか難しい話ですが、先生は論文を書かれています。どのようにその論文にたどり着けばいいですか。

中尾

私は精神科医ではなく心療内科医ですので、内科や身体科の医師にとって、メンタルヘルスをどのように捉えたらいいのかという視点でいろいろ考えています。それで日本内科学会雑誌の2023年12月号に総説論文を書いたことがあります。「内科医が支えるメンタルヘルス」という論文タイトルで、「中尾睦宏」でweb検索していただければ出てきます。私は今、昭和医科大学のストレスマネジメント研究所に所属していまして、そこでもホームページを作って文献一覧を出しています。そういうところからも検索できると思います。

池田

ぜひ検索していただければと思います。どうもありがとうございました。