藤城
肺高血圧症についてうかがいたいと思います。まずはじめに、肺高血圧症というのはどのような病気でしょうか。
杉浦
すごく簡単に言うと、何らかの理由で肺の血管が細くなったり、閉じたり、なくなったりすることで肺の血流が阻害されてしまうと、全身への血流が維持できなくなります。それに対して代償的に肺の血圧を上げて肺の血流を維持する状態で、それに伴って起きる疾患のことを肺高血圧症といいます。
藤城
全国的にはどれくらいの患者さんがいるのでしょうか。
杉浦
肺高血圧症全体としてきちんと統計が取られているわけではありませんが、肺高血圧症という病気の中で、肺動脈性肺高血圧症と慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)、それから肺静脈閉塞症に関しては、指定難病になっているためデータがあります。
肺動脈性肺高血圧症は2025年のデータでだいたい5,000人弱、慢性血栓塞栓性肺高血圧症も5,000人強、肺静脈閉塞症に関しては非常に少なくて、20人程度という数なので、データ的には国内に1万人強くらいいるとされています。しかし診断がついていない患者さんも相当数いるといわれていますので、もしかすると、その倍ぐらいの患者さんがいるかもしれません。いずれにせよ極めてまれな疾患であることは間違いないと思います。
藤城
患者さんの数はそんなに多くないのですね。そうすると、診断をつけていくこともなかなか難しそうです。肺高血圧症の分類についてご説明いただけますか。
杉浦
肺高血圧症とはあくまで肺の血圧が高い、具体的には右心カテーテルで平均肺動脈圧が25㎜Hg以上をいいます。まもなく海外のガイドラインと同様に20㎜Hgを超える、に変わっていくと思いますが、いずれにせよ肺動脈の圧が高い疾患のことをいいます。
肺高血圧症になる原因は幾つかあって、それを大きく5つに分けると、ひとつが肺動脈性。つまり肺の動脈に何か問題があって肺高血圧症になっているもので、それを第1群といいます。
第2群は左心系に何らかの問題があって肺高血圧症になっているもの。肺から出た血流は左房・左室、すなわち左心系につながっていますが、左心系に何らかの問題があって血流が阻害されると、その前方にある肺の血流も阻害されます。その結果、肺高血圧症になっているものをいいます。
第3群は、肺自体に、例えばCOPDや間質性肺炎などに代表される疾患によって肺組織そのものがなくなってしまったり、肺組織が改変してしまったりしたことによるもの。当然、肺の組織がなくなると肺の血管もなくなるので、その影響で肺の血流が悪化して肺高血圧症になるものをいいます。
第4群は、肺の血管内に血栓、ただしこれはかつてエコノミークラス症候群といわれた急性肺血栓塞栓症、つまり下肢静脈内にできた血栓が肺に飛んで、肺の血流を阻害して発症する疾患と似ていますが、この血栓が慢性的に肺動脈内にある疾患を慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)といいます。もしくは肺の血管炎によって肺血流が阻害されて肺高血圧症になっているものをいいます。
あとはそれ以外、いろいろな原因が関連するかしないか、わかっていたりわかっていなかったりするようなものを第5群と分けています。
藤城
それらを診断していくうえでは、右心カテーテルが非常に重要な位置を占めるのでしょうか。
杉浦
そうですね。肺高血圧症の確定診断としては、現状では右心カテーテルで診断をすることになっています。
藤城
そのほか、診断のための画像検査や血液検査などはありますか。
杉浦
実際はとても診断が難しい疾患です。胸部X線写真でいえば、右の肺動脈の太さが18㎜以上であるとか、心拡大があって特に左の第2弓が突出している、などといった所見が肺高血圧症に特徴的といわれています。また心電図においても、国家試験にも出てくるような右心負荷所見を示す、いわゆるSIQⅢパターンやV1からV4のT波が陰転化しているといった所見が肺高血圧症に特徴的といわれていますが、ほかの疾患でもありうる所見です。なのでこの検査でこの結果であれば肺高血圧症であるという検査は実際はありません。少なくとも、そういったものを診ていく中で、鑑別として肺高血圧症があるかもしれないということを頭の片隅に残しておくことが非常に重要だと思います。
あとは、基本的に肺高血圧症は呼吸不全の疾患です。肺高血圧症に限らず、ほかの呼吸不全をきたす呼吸器疾患全般にいえますが、動脈の酸素量が少なくなる疾患です。もちろん、こういった場合、息切れといった自覚があるときもありますが、自覚がなくて動脈の酸素量が少ない、すなわち呼吸不全となっている場合があるということが非常に重要です。
その点でコロナの流行で普及したパルスオキシメーターは非常に重要なツールです。このツールで酸素飽和度、すなわちサチュレーションが低い症例の中にこの疾患が隠れていることがあります。安静時は正常でも、労作を加えたときにサチュレーションが90%を切っていても案外、自覚症状がないようなこともあり、そのような患者さんの中に肺高血圧症があることを知っておいてもらえればいいと思います。
藤城
自覚症状がなくてもパルスオキシメーターを付けてみて、サチュレーションが下がっているような方は、一般開業医もこの病気を鑑別診断として挙げて、専門医に紹介する必要があるということですね。
では、どうやってこの病気を治療していけばいいのでしょうか。
杉浦
まず一つ申し上げたいのは、肺高血圧症の原因によって治療は変わってくることです。特に第1群の中には、原因として膠原病や門脈圧亢進症に加えて、少し意外かもしれないですが、HIVでも肺高血圧症を合併することがあります。第2群、第3群、つまり左心系疾患にかかわるもの、肺疾患にかかわる場合に関しても、それぞれの原因疾患、肺高血圧症の原因となる疾患を治療すれば肺高血圧症が良くなることがあります。
先ほど申し上げた5つに分類するというのは、実は治療につながる分類で、肺高血圧症の原因になる疾患を治療すれば治ることもあるので、まずそれをきちんと鑑別していくことが非常に重要になっていきます。
藤城
いろいろな検査で肺高血圧症を疑った場合は、肺高血圧症の治療に向けて、全身検索もして、ほかの原疾患がないかどうかを診ていくということですね。
それ以外にいろいろな症状があるかと思いますが、その症状を取るような治療はあるのでしょうか。
杉浦
原因がない、もしくは原因を治療しても肺高血圧症が残る場合には、肺の血管を広げる薬が今数多く出てきているので、そういう薬を使っていくのがひとつです。
藤城
そのほかはどうでしょうか。
杉浦
第4群のCTEPHに関しては、昔から肺血栓内膜摘除術という手術を行うことで良くなる患者さんがいましたので、先ほど言った原因疾患の検索の中で、この病気ではないかどうかをきちんと検査することが昔から重要でした。
最近はそれに加えて、薬物療法はもちろんですが、肺動脈内の血栓によって細くなったところをバルーンカテーテルで広げる経皮肺動脈形成術(BPA)という治療法がこの10年で随分普及してきています。日本発の技術で、治療成績もかなり良くなっていますので、慢性血栓塞栓性肺高血圧症と診断がついた場合には、そういう治療もあります。
藤城
肺移植を行うこともありますか。
杉浦
はい。第1群で特に原因がない特発性の肺動脈性肺高血圧症で、いろいろな内科的治療を行っても良くならない患者さんが一定数います。そういう方に関しては、肺移植の登録をして移植に向けて準備していくということを行っています。
藤城
治療を受けた患者さんの予後はどのような感じなのでしょうか。
杉浦
1990年に私の教室で出したデータですと、3年生存率が46%ぐらいでした。私が医師になったのは2003年ですが、その頃もまだ同じようにかなり予後の悪い疾患でしたが、ここ最近では5年生存率が90%を超えるようになり、かなり予後は良くなっています。
藤城
それは治療法の進歩ということですか。
杉浦
そうですね。かつては大した薬がなかったのが、この15年ぐらいで新しい薬がどんどん出てきて、今では十数種類の薬が使えるようになっていることが大きいです。あと慢性血栓塞栓性肺高血圧症に関しては、経皮肺動脈形成術の治療が普及したというのが予後の改善にかなり影響したと思っています。
藤城
最近の最大のトピックスが、そのBPAの治療なのでしょうか。
杉浦
そうですね。薬が増えてきたというのもありますが、特にCTEPHに関しては、BPAの治療が普及したことが大きいと思います。
藤城
血管を拡張する薬には、どのようなものがありますか。
杉浦
そうですね。基本的には肺の血管を拡張する薬で、エンドセリン系、NO系、プロスタサイクリン系の3系統があります。もう1系統、アクチビンシグナル伝達阻害系が2025年8月に発表されました。
藤城
非常に楽しみですね。治療法の進歩もあって、予後も改善しているということがよくわかりました。ありがとうございました。