ドクターサロン

齊藤

非小細胞肺がんの診断と手術についてうかがいます。こういったものの呼吸器外科の手術は、最近はどのような状況なのでしょうか。

吉田

日本の学術調査によると2021年、ちょうどコロナ禍では、呼吸器外科の手術総数は全体で8万8,000件ありました。その中で原発性肺がんの手術症例は約4万6,000件で、約半数が肺がんの手術だったという結果でした。コロナの影響で多少件数は減りましたが、経年的には手術件数はどんどん増加している状況です。

齊藤

肺がんの手術を考えるうえで、まずは病期や進行度があるのですね。

吉田

ちょうど2025年1月からTNM分類の第9版が発行されていますが、大きくⅠ期、Ⅱ期、Ⅲ期、Ⅳ期に分かれています。Ⅳ期は全身に転移しているので、薬物治療の適用になりますが、手術はⅠ期からⅢ A期の一部までが適応と考えられています。

齊藤

手術の術式というのは切除量がひとつのファクターになるのですか。

吉田

そうですね。外科の技術的な適応でいいますと、例えば肺全摘で片肺、右左どちらかの全部を取ってしまうような大きな手術から、右肺は上葉、中葉、下葉と3つあって、左肺は上下2つあるので、その5つのうちのひとつの肺を取る肺葉切除が標準的な手術になります。あるいは区域切除、部分切除といったかたちで肺の切除量を大きく取る、あるいは小さく取るといった観点から術式が区分されています。

齊藤

開胸する手術と、もう少し低侵襲のものがあるということですか。

吉田

肺は肋骨の内側に覆われていますので、肋骨の隙間から肺を取り出す必要があるのですが、従来は肋骨や筋肉を切って、大きく傷を広げて開胸手術で行われていました。しかし、近年行われるのは胸腔鏡を用いた手術やロボット支援下手術です。あるいは単孔式といって、数センチの1カ所の傷から道具を出し入れして肺の切除を行うような術式が開発されていて、実際には施設や術者の技量によって使い分けられているといった現状があります。

齊藤

実際、先生の施設では、この辺りの割合はどうなっていますか。

吉田

国立がん研究センター中央病院では比較的保守的な術式を行っていて、胸腔鏡を併用しながら、一方で小さな開胸を置いて、hybrid VATS、小開胸プラス胸腔鏡を併用する術式で、安全性と根治性を両立させるといった概念で手術を行っています。

齊藤

全体的に見ると、この手術の状況は今どうなっていますか。

吉田

安全性、根治性を担保しつつ低侵襲化が目標にされてきました。特に胸腔鏡手術やロボット支援下手術といったものがそのような役割を担うことが多くなってきて、だんだん増えてきていると思います。

齊藤

縮小手術になっても成績としてはしっかり良くなっているのですか。

吉田

もちろん患者さんの病状や状況などで使い分け、ひとつの術式にこだわらないというところもあると思いますので、そこは担当医が患者さんとよくお話しすることが重要になると思います。

齊藤

最近は小さい肺がんについてのアプローチが変わってきていますか。

吉田

そうですね。従来、肺がんに対する術式というのは肺葉切除だったのですが、2㎝以下の小型の肺がんについては日本の臨床試験で区域切除の優越性が示されるといった結果があり、特に術式については、今いろいろ検討されているのが現状です。

齊藤

日本で行われてこうしたことがわかってきたのですね。

吉田

日本では従来CTで発見される肺がんの割合が多かったこともあり、小型の肺がんが多く見つかっていて、その中で世界に先駆けて日本の臨床試験の結果が出ています。実際にこの結果はかなりインパクトを持って欧米で受け入れられていると思います。

齊藤

小さい手術は、従来の手術と比べて技術的にいかがですか。

吉田

区域切除の場合には、従来より細かい血管であったり、繊細な操作を必要とするという観点から手術時間が長くなったり、出血量が増えたりします。あるいは、肺の切除を行ううえではエアリークといって、肺の切離面から空気漏れが起こるといった合併症があり、区域切除ではそういった肺瘻(空気漏れ)の頻度がやや多いといった報告もあって、区域切除は技術的にやや難しい術式と受け取られている場合が多いと思います。

齊藤

それが日本のいろいろな医師の試みで、非常にうまくいくようになってきているということですか。

吉田

この10年、区域切除の術式については日本の呼吸器科外科医がとても努力したこともあって、術式としての精度はかなり高くなっていると思います。

一方、施設によっては肺葉切除を重視しているところもあるので、区域切除が行われる割合は施設ごとにだいぶばらつきがあるのが現状だと思います。

齊藤

それらを比較して長期の観察を行ったうえで、そちらのほうが良いという結果になったのですね。

吉田

日本の臨床試験の結果を5年生存率という割合で見てみますと、区域切除群が94.3%、従来の肺葉切除群は91.1%でした。いずれの群も9割を超える非常に良好な成績だったのですが、区域切除群のほうが5年生存率が高い結果でした。

従来我々は、肺がんの手術というのは大きく取ったほうが治りやすいと考えていたので、逆に小さく取る区域切除のほうが生存率が良かったという結果は非常に驚きをもって受け入れられたと思います。

齊藤

大きく取ったほうが、がんがしっかり取れていいだろうと思っていたのですね。

吉田

実際には区域切除群は予後が良かったという結果だったのですが、原因を見てみると、肺がんに対しての死亡よりも他病死が多くありました。肺がんが治っているものの、別の原因でお亡くなりになるといった方が、実は区域切除群では少なく、肺葉切除群では多いという結果でした。

齊藤

それから日本ではCTがすぐ使えるということから、小さい病変あるいは早期の病変が見つかるのですね。

吉田

偶然おなかが痛いとか、肩が痛いということで、CTを撮ってみたら、レントゲンでは見えないような淡いすりガラス状結節といわれる、もやっとした淡い病変が見つかることが近年非常に増えています。特に女性でタバコを吸わないような方に多く見つかる。本当に偶然見つかるものだから、患者さんも非常にびっくりすることが多くなっています。

齊藤

それを手術で取ってしまうか、取らずに見ていくかということですか。

吉田

従来、がんの治療にとっては早期発見が非常に重要であるといった考え方もありましたが、非常に小さく見つかるものに対しては、逆に手術介入あるいは治療介入が不要で、慎重に経過を見ていくことで十分だろうといった概念が出てきています。

実際に日本の臨床試験では、10年かけてそういった経過観察の有効性について評価していくといった前向きの観察研究を現在行っています。

齊藤

今、肺がんの治療というのは5本の柱があるのですか。

吉田

はい。従来は3つの柱といい、手術、放射線治療、抗がん剤治療が大きな柱であるといわれていました。しかし近年、薬物治療が非常に進歩していますので、いわゆる殺細胞性の抗がん剤や、遺伝子変異に応じた分子標的治療薬、あるいはノーベル賞を受賞した免疫チェックポイント阻害薬といった、非常に有効ながん治療薬が開発され、肺がんの治療選択は非常に増えてきています。

齊藤

Ⅳ期の患者さんでもかなり効果が見られるのですか。

吉田

薬を使って長期にわたって病状がコントロールされている患者さんを目にする機会が多くて、逆にある1カ所だけが大きくなってくる、そこだけは何とかしてほしいと、Ⅳ期の患者さんが外科に紹介されることが、頻繁ではないですがしばしば起こるようになりました。私が研修医だった20年前、Ⅳ期の患者さんを手術するということはまったく想像できませんでしたが、そのような時代になってきています。

齊藤

CTが非常にうまく使えるという日本の強みで、これが肺がんの診療に非常に大きなインパクトを与えているということでしょうか。

吉田

そうですね。米国などではCT検診が推奨されていますが、日本ではCTが日常臨床に普及しているので、偶発的に見つかる肺がんが増えてきている。あるいは、肺がんではない小さな結節がたくさん見つかるという現状もあるので、そのマネジメントは非常に複雑になっていると思います。

齊藤

やはり日本の強みを生かして先生のような方がリードしていくということなのでしょうね。

吉田

日本人は細かな技術が非常に得意で、画像診断であったり病理診断であったり、そういったところが詳細に検討されて今の結果が出てきています。やはりこれを日本人の強みだと思っていて、世界に先駆けていろいろなデータを出している領域かと思います。

齊藤

ありがとうございました。