ドクターサロン

池脇

帰宅願望についてどう対処したらいいのかという質問をいただきました。はじめにグループホームとはどのような施設でしょうか。

内田

グループホームは、主に認知症の高齢者が共同生活をする少人数のホームになります。しかしながら、認知症という病気は生活に支障が起きる病気ですので、生活の援助は主に職員が担っています。

池脇

施設があるところと同じ住民票をお持ちの方が入所できる施設なのですね。

内田

おおよそ合っていると思います。

池脇

医師が定期的に往診するということは、常にドクターあるいはナースがいる施設ではないのですね。

内田

はい、主に往診の医師に来ていただき、入所者の定員が2~9人なので、順番に体の健康状態や病気について診察をして、必要時に薬剤処方していただくということです。

池脇

質問の帰宅願望は、環境が変わって、家が懐かしい、あるいは不安感でそう思うというのは、ある意味、当然の気持ちのようにも思いますが、認知症の方はそういう感情が強く出るのでしょうか。

内田

家からグループホームに入所する際にきちんと説明を受けたとしても、それを記憶に留めるのは難しく、自身が急に変わった環境に置かれ、見知らぬ人が周りにいるのは、認知症の方はとても恐怖を感じます。

認知症ではない方でしたら、ホームに入り、家に帰りたいけれど、それは仕方がない、家族のためにホームにいようとか、職員に対しても文句を言っては気の毒だということで自分をセーブすると思います。しかし、認知症の方は、急に環境が変わると自分の気持ちが抑えられない。よって、「家に帰りたい、家に帰りたい、家に帰りたい」と何度も同じことを言ったり、時になだめようとする職員を叩いたり、立ち上がったり、急に走ったりというような行動を起こすことがあります。これらの症状は異常な行動ということで、認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)、略してBPSDといわれます。

池脇

症状が強いと、暴れたり、職員の世話も受け付けなかったりとなると、たいへんなことになりますね。BPSDによる帰宅願望には、どのような理由があるのですか。その理由の一つとして家のことが心配ということや、新しい環境になじめないという、2つの理由が根底にあるのでしょうか。

内田

そうですね。帰宅願望も含めて、BPSDの奥には、本当の気持ち、ニーズが潜んでいます。本当に家のことが心配でたまらないこともあります。例えば私の接した事例では、漬物をつけているのでそれが心配で落ち着かないと言われました。健常の高齢者だったら、漬物を家族に確認してもらえれば問題ないので、家族に連絡しますねと言えば、それで落ち着くのです。でもそれを何度も繰り返して心配だとか、関係のないことも話題にのぼり悲壮感いっぱいで訴えられる方もいます。また、現在は家の状況が違っていても昔のこだわりがあって、それが頭に残って帰りたいという方もいます。

もう一つの理由には、今の環境になじめないというのがあります。例えば、ここの職員は自分の思いを聞いてくれない冷たい人だとか、家では朝の食事はパン食だったのにここは米飯だとか、自分のペースの環境だったのに、ホームの生活は時間ごとに生活行動(食事や入浴時間など)がルーチンで決まっているので、なかなか自分はそのペースになじめないということがあります。なので、自分が安心する場所にいたいというニーズがあるため、家に帰りたいといわれます。

池脇

確かに、一人ひとりの生活のパターンに合わせて個々に対応するというよりも、共同生活に近いので、自分のリズムではなかなかなじめないというのもありますね。ここからが質問についてですが、どうやって対処するのでしょうか。

内田

いたたまれない気持ちと環境の中にいる高齢者が、白衣を着たとても頼もしい医師が来たら、とにかく何とかしてほしいという気持ちになるのは当然だと思います。医師側としては、これについてはケア、職員の管轄だと思うかもしれませんが、診察時に工夫できる点を紹介したいと思います。

まず「家に帰りたい。先生、何とかしてください」と何度も訴えられた場合は、「家のことが心配なんですね」と答えてあげてください。きちんとした解説や回答はしなくても、それを聞いてあげる。それはあたかも患者さんを問診するのと同じような感覚で聞いてあげたらよいと思います。

そして、先ほど例を挙げましたが、「漬物が腐っていたら心配だから家に帰りたい」と言われましたら、「わかりました。職員の人に私から指示を出しますので」と言って、紙に書くような行動(処方箋を書く姿)を示して職員に「はい、お願いします。今、私は指示を出しましたから、ご安心ください」と対応する方法があります。

それともう一つは診察ですね。「家のことは心配しないで」という言葉だけでなく、「あなたがおうちのことをとても心配されているとお体に触りますから、ちょっとお体をよく見させてください」と言って、頭や体、手足をこまめなスキンシップとともに、触診しながら、聴診器を当てて丁寧に診察します。手を握ったりすると、「あったかいですね、先生」と言われます。私は看護師ですが、群馬大学の先生ですと自己紹介すると、時には私が医師だと勘違いをされる方もいます。しかし丁寧に診察をしていくと、それだけで自分のことをとても大切にしてくれる頼もしい人がいる、と安心されます。悲壮感いっぱいで「家に帰りたい」と言っていた方が笑顔になってくるので、丁寧に体を見てさしあげることをお勧めします。

池脇

その方の訴えに寄り添ってあげて、とても大事だと思っていることを、診察を通して示すことで、本人に安心感が出てくるということですね。

内田

そうです。追加することといえば、例えば「家に帰りたい」と同じ言葉を繰り返されたときに、少し視点を変えてみる意味で、体を動かすことも有効だと思います。「ちょっと立って散歩しませんか」と声をかけて体を動かしてみると、また気持ちが変わりますので、こういったことも取り入れていただければと思います。

池脇

グループホームという居場所を快適にする工夫はあるのでしょうか。

内田

そうですね。まずは職員が柔軟性をもつことですね。「あの人は帰宅願望が強くて、私たちを1回叩いたことがある」という体験があると、レッテルが貼られて、すべてに警戒されることがあります。しかし、BPSDは認知症の高齢者にとってとても困っているSOSのサインだと受け止めていただくことが大事です。そして「私たちは味方ですよ」というサインを送ること。それを大げさに振る舞うと効果的です。

例えば、私は言葉だけでなくジェスチャーをよく使います。「皆さん、こんにちは。群馬大学の内田陽子です。握手してください」「ああ、そうですか。そういうことですか」と、身ぶり手ぶりも使い、近い距離で目線を合わせて接しますね。そうすると、高齢者の方は難聴があったり、視覚も低下していますが、わかっていただけるので、その人に応じた接し方の工夫が求められます。

そして食事介助などの業務をするときも「いかがですか。お茶ご用意しましたよ」「あ、飲んでいただけるんですね。どうもありがとうございます」というように説明をして同意を確認、感謝の気持ちを伝える。そうすると、自分のことを気にかけてくれているということが伝わり、逆に「私、手伝うよ」と協力していただけるんですね。人は気持ちが満たされると、かえって他者に気配りができるようになります。その状況に遭遇されると職員もとても感動します。このように双方にとって良い関係に導かれると良いと思います。

池脇

すべての職員がそういう気持ちで寄り添うことによって、帰宅願望に対応できるといいですね。ありがとうございました。