齊藤
現代日本の医療政策についてお話しいただきます。まず、日本の医療をめぐる様々な問題について教えてください。
永井
少し前までは高齢化による医療提供体制の変化と医療費増が大きな問題でした。しかし、2040年になると高齢者数は減り始めます。現時点でも、コロナ以後、高齢者の受診が減っており、病院経営に影が見え始めました。
今後真剣に考えなくてはならないのが、社会保障費の負担の問題です。現在、全世代型社会保障体制で、若い方々の税金と保険料を高齢者医療に利用していますが、若い世代の負担が重くなっています。
病院の支払窓口での医療費の自己負担は3割であっても、医療費全体では約12%が個人負担となります。税金が約38%、保険料が約50%という割合です。このように医療は多くの公費で賄われています。そうすると、若い人が減少したときに若い世代1人当たりの負担がさらに重くなります。今後どのように高齢者の医療を支えていくのかを、全世代型社会保障のあり方を含めて、社会全体で考えていかなければならない時代になりました。
日本の医療提供体制は、人口当たりのベッド数はアメリカの約5倍、ヨーロッパの2~3倍です。現体制は、医療へのアクセスという点では良いのですが、経費もかかり中核病院は手薄になります。状況を鑑みて統合や集約化が必要になると感じています。
現在、厚生労働省は高度急性期・急性期病床を減らし回復期病床を増やすことにより、在宅医療として30万人分を確保しようとしています。これをどう進めていくかが課題であり、話し合いなのか、補助金で調整するのか、あるいは国の指導で進めていくのかなどが大きな問題となります。
齊藤
大きな問題がある中で、実地医家は日々頑張っていて、日本の医療、アクセスという意味ではとても評価が高いといってよいでしょうか。
永井
私自身も外国暮らしを経験し、またいろいろな方の話をうかがいますと、日本の医療は、アクセス、コスト、クオリティのいずれも世界に誇るべき体制だと思います。
難を言えば、アクセスが良いだけに、中核病院の負担が大きく、そこに必ずしも医療資源が配分されていない点が挙げられます。一方で、中等症、軽症の方には非常に対応が良く、世界に冠たる体制だと思いますが、重症、救急患者のケアには現場の負担が大きい。また専門医制度の導入後、医師偏在が強まっています。
齊藤
様々な対策が行われていますが、IT化はいかがですか。
永井
まず医療側は、できるだけ医療を標準化し、有効な医療を行う必要があります。その点で医療のIT化は重要です。これからは地域での病院と診療所、在宅医療、介護の連携、特に地域包括ケアが重要となります。かかりつけ医も制度化されました。そのためにも患者さんの医療情報を中核病院から診療所、介護施設で共有することが重要です。
限られた医療資源をどう使い、地域という面として患者さんを支え、さらに医療職種の間の連携も重要となります。医師、看護師だけではなく、医療と介護、地域の住民も加わり、皆で支える医療と介護です。そのためにも標準化と情報化が大切です。臨床研究では長期フォローが重要で、長期予後まで考慮して医療の評価を行うこと、またデータに基づいて医療資源を有効に活用することがポイントだと思います。
現在、AIも随分進歩してきましたが、AI任せにせずに、医師がしっかり管理し自分で判断することが基本と考えています。AIは単純作業の手伝いや書類の下書きには便利です。上手にAIを使えば、これまでより効率的に仕事ができます。
齊藤
タスクシフトの問題で、先生は特定行為研修に関してはどうお考えでしょうか。
永井
例えば日本で一番忙しいのは脳外科医ですが、人口当たりで見ると、日本の脳外科医数はアメリカの約4.5倍です。ところが、1人の脳外科医の手術件数は、アメリカの脳外科医の約1/22というデータがあります。つまりアメリカは少ない専門医で多くの手術ができており、特にフィジシャン・アシスタントが手術に参加していることが大きな特徴です。心臓外科ですと開胸、閉胸とか、バイパスに使う静脈の採取を行います。そういう医療職の助けを借りることで、若い医師のキャリア形成も変わるはずです。
今の日本ですぐにフィジシャン・アシスタントやナース・プラクティショナーを導入するのは難しいと思います。まず特定行為研修修了者をもっと増やし、医療の一部を担っていただく。そこで問題が見えてきたら、次のステップに進む。そうでないと医療界の合意は得られないと思います。
まずは特定行為研修をしっかり定着させて、人材を育成すること、医師と看護師、特定行為研修修了者が協働して、社会から見ても医療が良くなったことを示すことが大切です。
齊藤
医師偏在の問題はいかがでしょうか。
永井
専門医制度が始まる直前に、私の委員会で問題を整理してほしいと依頼がありました。そのときに大問題だと考えたのは、希望者の数に対して募集枠が2~3倍もあり、両者があまりにも乖離していることでした。都会の病院の募集が非常に多いわけですから、専攻医が都会に偏在してしまうのは当然です。希望者の1.2倍程度の募集にしないと医師偏在を助長するのは自明でした。
地域偏在をなくすには、地方にいても専門医としての技術を高めることができる基幹病院、とくにハイボリュームセンターをしっかり整備する必要があります。私から募集枠を希望者の1.2倍とし、地域枠を設けるという提案をしました。これは厚生労働省も賛成したのですが、厚生労働大臣がプロフェッショナルオートノミーに任せるべきという声明を出し、委員会は3回で中止になりました。ただ私の考えはある程度、厚生労働省が引き継いで、募集枠のシーリングを置くことになりましたが、まだ不十分です。今にして思うと、あの時に大臣と医療界は私の提案をもっと真剣に受け止めてほしかったと思います。
しかし大事なのは、地方にいても都会と同じように専攻医として勉強ができる体制です。そういう体制をしっかりつくるべきだと思います。
齊藤
最近の話題では高額医療費制度の見直しもありました。
永井
これは悩ましい問題ですね。患者さんの負担だけでなく、病院もたいへんです。医療には採算の取れる医療と不採算の医療があります。病院の経費が99.5%という高額医療の例が幾つかあります。患者さんにとっても高額医療費制度がなくなると困りますが、病院にとっても無制限にできる医療ではありません。
とくに薬剤の購入が負担ですので、病院が購入するのではなくて、公的機関が購入してそれを病院が使うのが良いと思います。一つの病院に高額医療が集中したら病院の経営は維持できません。高額医療も地域全体で負担するという意味で、地域医療構想とも関係する課題です。
齊藤
となりますと、やはり連携、その基盤としてIT化が重要ということでしょうか。
永井
そのとおりです。情報化を進め、臨床研究を常に行う必要があります。データは広く浅く集めるだけでなく、限られた病院であっても深く予後までデータを集め、医療の質を調べることが重要です。
齊藤
まだ課題があると思いますが、ありがとうございました。