多田
近年、クリニカルイナーシャが問題視されています。これは、治療目的が十分達成されていないにもかかわらず、適切な治療がなされていないことを指しています。日常診療でのコモンディジーズにおいても、惰性的に漫然と治療を継続するのではなく、最新のエビデンスに基づき、達成度に従い治療を見直す必要性があります。
先生、まず高血圧治療のターゲットについて教えてください。
苅尾
高血圧治療の最終的なターゲットは、循環器疾患の予防と慢性腎臓病(CKD)の抑制になると思います。循環器疾患というのは、脳卒中、心筋梗塞、そして大動脈解離が大きいと思います。さらに、心不全も抑制するためには、やはり血圧のレベルをきちんと下げておくことが必要です。その目標レベルも、昔から比べると血圧のレベルがより低いレベルになっているというのが方向性です。
治療目標は、6年ぶりの改訂となった日本高血圧学会発行のJSH2025ガイドラインにおいて、診察室血圧でも130-80㎜Hg以下にしようというところまで下がってきております。これは日本だけではなく、世界的な流れも同じです。
もう一つは、診察室だけではなく、診察室外の血圧ですね。一つは家庭血圧、もう一つは24時間の自由行動下血圧測定(ABPM Ambulatory Blood Pressure Monitoring)になると思うのですが、一般の医師においては家庭血圧をより重要視していただきたいです。そのレベルも、少なくとも130㎜Hg以下までコントロールしていただきたいと考えているところです。このようにずっと低くなっています。
多田
低すぎるという問題はいかがでしょうか。
苅尾
低すぎるという問題は、家庭血圧で100㎜Hgを割ったら低すぎる。ベストは115㎜Hgぐらいだと考えています。すなわち、100~120㎜Hgの間でも大丈夫。さすがに100㎜Hgを切ると、そのときは少し薬を減量する必要があるだろうと考えます。
今まで低すぎるという問題がより大きく取り上げられていて、それで下げ止まりになっていたのは、やはりクリニカルイナーシャですね。そういう問題もありましたので、血圧が低かったり、下がってきたときには患者さんに話を聞いていただきたいです。
一つは低血圧の症状です。立ち上がったときにふらつきがあるとか、全身倦怠感や眠気。特に夏場は、夏バテと言っていても、血圧が下がっている場合もあります。あとは腎機能が少し悪くなっているなど、そういうところを聞いていただいて、もし「ふらつきや全身の倦怠感が昼間はより強い」ということになったら、そのタイミングで、ふらつくのであったら立って血圧計を上腕に巻き、そこでの血圧を測定していただきたいと思います。
多田
家庭血圧計の信頼度はいかがでしょうか。最近ではもう心配しなくていいでしょうか。
苅尾
通常の家庭血圧計は大丈夫です。世界的にも信頼していただいて、その方向で進んでいます。上腕型、あとオシロメトリック法を選ぶということですね。特にカフレス血圧計は世界のガイドラインで用いるべきではないとなっています。
多田
上腕型血圧計であれば心配ないということですか。
苅尾
そうですね。手首型は、カフが締まる分においては心臓の高さで測るとかなり正確であるといわれています。
多田
その点は大事ですね。あと、年齢に関してはいかがでしょうか。
苅尾
今までは、少し年齢が高かったら血圧コントロールは緩くてもいい、とされていましたが、新しいガイドラインでは、年齢いかんにかかわらず、全部130㎜Hg以下を推奨しています。
ただエビデンスが示すところは、85歳以上の場合はさすがに少し緩めてもいいということが今、世界の趨勢であります。
多田
それと先生のご専門の、いわゆるmasked hypertension(仮面高血圧)を見逃さないことも大事でしょうか。
苅尾
そうですね。仮面高血圧は、診察室で測ったときには130㎜Hg以下にコントロールされていても、一番上がりやすいのは、次の日の朝なのです。そのときの朝の血圧が130㎜Hg以下までコントロールがついている状態が非常にいいということになると思います。
多田
特に脳血管障害は、朝に起こしやすいということもありますよね。
苅尾
そうです。だから朝の血圧をきちんと130㎜Hg以下に下げておく。2025年4月から日本高血圧学会では「血圧朝活キャンペーン」というものをやっています。朝の血圧が130㎜Hgを超えていたら、まず生活習慣を修正し、それの高さがずっと続くようだったら医療機関に行っていただく。130㎜Hgを超えて、なかなか下がらないという人が来られたら、「何で来たの?」といったことを言わないよう、医療従事者の人にはお願いしたいと思います。
多田
治療法の変遷に関してはいかがでしょうか。いろいろな薬がありますが、どういう薬を大事に考えて使っていけばよいでしょうか。
苅尾
ファーストラインはカルシウム拮抗薬、レニン・アンジオテンシン(RAS)系の抑制薬、ARBや、ACE阻害薬。あとはサイアザイド系の利尿薬の3つが御三家です。βブロッカーも今、心臓が悪い人や、虚血性心疾患があったり、心不全の人たちには早い段階で使いますし、若い人で心拍数が速いような人もβブロッカーを使って大丈夫ということで、その主要な4つはエビデンスとして証明されている薬剤です。
それでコントロールがつかなかったときには配合薬になりますね。ARBとカルシウム拮抗薬の配合薬が一番投与されていて、利尿薬等の併用も行います。あとSTEP 2で使用できる薬剤として一つはARNI、すなわちサクビトリルバルサルタンです。もう一つは、非ステロイドのミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRブロッカー)があると思います。
多田
この辺りも使い勝手がよいのでしょうか。
苅尾
そうですね。今度のガイドラインではSTEP 2、コントロールがつかなかったときに2番目に使用してもいいということになると思います。
これらの薬剤は腎臓からナトリウムを出しますから、心不全予防につながっていくことになります。
多田
例えば妊娠とか、治療抵抗性高血圧、重症の腎障害といった方に対しては、使い勝手や薬などの注意点はありますか。
苅尾
高齢者のファーストラインとして一番いいのはカルシウム拮抗薬です。高いところを下げて低いところを下げませんから、変動も大きい高齢者には非常に適しているだろうと思います。
あと、妊娠例ではRAS系の抑制薬は胎児死亡につながります。使える薬剤として、今はカルシウム拮抗薬も大丈夫になっています。
多田
私が現役の頃はヒドララジンなどを使ったのですが、最近はそういうことはあまり気にしなくていいですか。
苅尾
今はメチルドパなどを使って、それでも下がらない人がけっこういらっしゃいます。そういうときにはカルシウム拮抗薬です。
治療抵抗性高血圧には、先ほどの御三家ですよね。RAS系抑制薬とカルシウム拮抗薬と、サイアザイド系の利尿薬を使っても下がらないなら、治療抵抗性高血圧ということになります。このときの特効薬はミネラルコルチコイド受容体拮抗薬になります。
多田
これを使っていくのですね。
苅尾
その中で、ARBをARNIに変えるのも、もう一つの手段と思います。
多田
なるほど。今はサクビトリルバルサルタンですか。
苅尾
そうです。
多田
最近では使える薬がいろいろ出てきたことも、我々にとっては有用ですね。
あと最近、はやりですが、高血圧治療においてAIやデジタルトランスフォーメーションといったものを使った技術の活用にも、コメントいただきたく思います。
苅尾
デジタル高血圧療法(アプリ治療)ですが、これは1カ月に1回という医師の診療間隔をつなげてくれるものですね。患者さんは病院に来たときには、一生懸命やろうと思いますが、家に帰ると「頑張ろうかな」という意識が少しずつ薄れていきます。アプリをきちんと使うと、毎日バーチャルナースが出てきて、具体的な生活習慣(減塩、体重減少、運動、ストレス管理、節酒、睡眠改善など)の改善を、「頑張れ、頑張れ」、頑張ったら「よくやりました!」とエールを送ってくれるのです。それによって、朝の血圧は、通常の医師が1カ月に1回ずつ見るより、4.3㎜Hgほど下がるのです。点の治療を1~3カ月ごとの毎日のデジタル療法で生活習慣を変えるというのは、非常にいい手段だろうと思います。
多田
患者さんのウオッチングに使うということと、気持ちを高めるということでしょうね。
苅尾
モチベーション維持です。しかしAI任せにしておいてもいけないですよね。その結果をきちんと医師が見て判断して、「あ、目標までいけましたね」とコメントをし、「今度はこれを目指してください」というエンゲージです。約束をして初めて効果を出すのです。医師のコミュニケーションツールというかたちの使い方ですね。
多田
最後に日本高血圧学会のガイドラインの最新版が2025年8月に出たようです。これについて、コメントをいただきたいと思います。
苅尾
新しいエビデンスが全部そこに入っています。世界のup to dateな情報を、19のクリニカルクエスチョンに対して行い、それに基づいてガイドラインが新しく出ています。
その中では方向性がはっきりしています。一つは、SCOPE 1(JSH2025第1部「国民の血圧管理」)、国民相手でヘルスケアプロバイダーや、行政、療養指導士さん、看護師さんといった人たちに向けての、高血圧予防を含めたものです。
もう一つ、高血圧を診ている対象者は、60%がSCOPE 2(JSH2025第2部「高血圧患者の管理・治療」)にあたり、これは臨床実地医家になります。その中には整形外科医がいたり、皮膚科医がいたり、外科医がいたりします。
最後のSCOPE 3(JSH2025第3部「特殊な病態および二次性高血圧の管理・治療」)が専門医になります。二次性の高血圧を除外したり、24時間血圧測定ができたり、臓器障害を診たり評価できます。SCOPE 1、SCOPE 2、SCOPE 3と3つのグループに方向性が分かれているのです。情報もかなり整理されて、わかりやすくなっていると思います。
多田
非常に楽しみなガイドラインですね。
苅尾
日本高血圧学会の英知をそこに集約していますからね。
多田
ターゲットの値は実は低めで、130㎜Hgを中心として考えるということが大切ということですね。
苅尾
130㎜Hgです。一本化しております。
多田
わかりました。非常に大切なお話をありがとうございました。