ドクターサロン

 「嫌な予感がする」という英語表現としておそらく世界で最も有名なのは、映画Star Warsの“I have a bad feeling about this.”というセリフでしょう。1977年公開の第1作以来、このお決まりのline「セリフ」はシリーズを通して様々な登場人物の口から発せられ、その後に実際に嫌な出来事が起こるという展開が繰り返されてきました。この「嫌な予感が的中する」というお約束は、Star Warsシリーズを代表するrunning gag「定番のギャグ」として、多くのファンに親しまれています。
 このようなa bad feelingは、将来起こるかもしれない悪い出来事を直感的に予期する感覚を表す表現です。一方、そのような予期や心配が持続し、日常生活に支障をきたすようになった状態を医学ではanxiety「不安」として捉えています。
 DSM-5では、このanxietyを中心とする疾患群をAnxiety Disorders「不安症」として分類しています。そしてその代表的な疾患がGeneralized Anxiety Disorder(GAD)「全般不安症」です。
 このGADの評価に広く用いられているのが、Generalized Anxiety Disorder-7(GAD-7)と呼ばれる7つの質問からなる自己記入式の質問票です。このGAD-7は不安を様々な側面から評価しますが、最初の質問項目は“Feeling b>nervous, anxious, or on edge”というものです。
 「不安」を表す英単語としてはanxietyがよく知られていますが、実は患者さん自身が“I have anxiety.”のように表現することはそれほど多くありません。実際にはこの質問項目にあるように、nervou「緊張している」、anxious「不安を感じている」、on edge「落ち着かない」といった言葉を使って、自分の状態を表現することが多いのです。
 このほかにもGAD-7には、“Feeling afraid, as if something awful might happen”という質問項目もあります。これは「何かひどいことが起こりそうで怖いと感じる」という意味ですが、これに近い日常表現として、a sinking feelingというものがあります。直訳すると「沈んでいくような感覚」となるのですが、実際には「胸騒ぎがする」「血の気が引くような感じがする」といった意味で使われます。
 患者さんがこのような強い予感を訴えた場合、医療者はカルテなどに“The patient reported a sense of impending doom.”と記載することがあります。このa sense of impending doomは、直訳すると「差し迫った破滅の予感」という意味ですが、「b>何か重大なことが起こりそうだ」「死が迫っているような気がする」といった強い不安を表す医学的な表現であり、臨床の現場では精神疾患だけでなく、急性心筋梗塞や肺塞栓症、アナフィラキシーなどでも認められる重要な症状となります。
 不安という目に見えない感情を身体の感覚で表現することがありますが、英語にも興味深い表現が幾つかあります。その中でも特に有名なのがbutterflies in one's stomachです。これは緊張や不安で胃のあたりがそわそわする感覚を表す慣用表現で、“I had butterflies in my stomach before the surgery.”と言えば、「手術前は緊張で落ち着きませんでした」という意味になります。
 同じstomachを使った表現でも、さらに強い不安を表すのがknots in one's stomachです。knotは「結び目」という意味ですので、胃が結ばれたように締めつけられる感覚を表現しています。ですから“I had knots in my stomach all night.”と言えば、「一晩中、胃が締めつけられるような感じでした」という意味になるのです。
 もう一つ覚えておきたいのがa lump in one's throatです。lumpは「しこり」を意味するので、不安や悲しみ、感動などで喉が詰まるような感じがする際にこの慣用表現が使われます。ですから“I had a lump in my throat when I was told the diagnosis.”と言えば、「診断を告げられた時、喉が詰まるような思いでした」という意味になります。
 DSM-ⅣからDSM-5にかけて、様々な精神疾患の分類が見直されましたが、anxietyに関連する疾患の中で最も大きく扱いが変わったものの一つが、Obsessive-Compulsive Disorder(OCD)「強迫症」です。
 DSM-Ⅳでは、このOCDはAnxiety Disorders「不安障害」に分類されていました。しかし、DSM-5ではObsessive-Compulsive and Related Disorders「強迫症および関連症群」として独立した疾患群となりました。
 OCDの患者さんは、自分でも「こんなことを何度も確認するのはおかしい」と理解しています。しかしobsessions「強迫観念」と呼ばれるintrusive thoughts「侵入思考」が繰り返し頭に浮かび、その不安を打ち消すために、手洗いや戸締まりの確認などのcompulsions「強迫行為」を繰り返してしまいます。つまり、自分でもその考えや行動は不合理で望ましくないと感じ、「本来の自分らしくない」と受け止めています。このような状態を精神医学ではego-dystonicと呼びます。
 このOCDと名前がよく似ているため、学生だけでなく医療者でも混同しやすいのが、Obsessive-Compulsive Personality Disorder(OCPD)「強迫性パーソナリティ症」です。
 OCPDの方は、完璧であること、秩序正しいこと、規則を守ることを非常に重視します。しかし、本人はそれを問題とは考えておらず、むしろ「きちんとしている自分が正しい」と信じています。つまり、自分の価値観や信念と一致している状態であり、これをego-syntonicと呼びます。
 英語の日常会話では“He is obsessive-compulsive.”のように表現されることがありますが、多くの場合、これはOCDという特定の病名ではなく、「非常に几帳面な人」や「完璧主義な人」という意味で使われています。つまりOCPDにみられるような性格傾向を指していることが多く、OCDを意味するわけではありませんので注意してくださいね。
 そして不安症群の中には、様々なphobia「恐怖症」があります。このphobiaは、ギリシャ語のphobosに由来し、「恐怖」や「恐れ」を意味します。なお英語のphobiaは日本語表記のような「フォビア」ではなく、「フォウビア」に近い発音になりますので、英語で話す際には少し意識してみてください。
 医学では-phobiaは「~恐怖症」を表しますが、一般英語では「~嫌い」や「~への強い嫌悪」という意味で使われることもあります。その代表がxenophobia(「ゼノフォウビア」のように発音)「外国人への嫌悪」です。xeno-は「異質なもの」を意味し、そこから「外国の」「よそ者の」という意味でも使われます。医学ではxenotransplantation「異種移植」やxenograft「異種移植片」などにも用いられており、「異なる種」を表す接頭辞として覚えておくと良いでしょう。
 このphobiaですが、DSM-5-TRでは次の3つに大別されています。
 まずはSpecific Phobia「限局性恐怖症」です。これは特定の対象や状況に対して強い恐怖を抱く疾患です。例えばacrophobiaは「高所恐怖症」であり、claustrophobiaは「閉所恐怖症」となります。
 2つ目がSocial Anxiety Disorder「社交不安症」です。DSM-ⅣではSocial Phobiaが正式名称でしたが、DSM-5ではSocial Anxiety Disorderへと名称が変更されました。「人前で話すことが怖い」というだけではなく、人から否定的に評価されることへの強い恐怖が中心となる疾患です。
 3つ目がagoraphobia「広場恐怖症」です。名前から「広場が怖い病気」と誤解されがちですが、本質は「逃げられない」「助けを求められない」と感じる状況への恐怖であり、広場だけでなく、満員電車やバス、映画館、エレベーター、行列などでも症状が現れることがあります。
 そしてSpecific Phobiaには、上記以外にも実に様々なものがあります。
 arachnophobiaは「クモ恐怖症」です。arachno-はギリシャ神話に登場する機織りの名人Arachneに由来します。arachnoid membrane「くも膜」という名前も、脳と脊髄を覆う膜がクモの巣のように見えることに由来しています。皆さんが日常的に「くも膜下出血」として使っている「ザー」は、subarachnoid hemorrhageの略であるSAHを「ドイツ語風」に読んだ日本特有の表現です。しかし英語圏ではSAHと略して発音するよりも、subarachnoid hemorrhageとそのまま表現することのほうが一般的です。
 aerophobiaは「飛行恐怖症」です。より厳密に「飛行機に乗ることへの恐怖」を表す場合にはaviophobiaという表現も用いられます。
 trypanophobiaは「注射・針恐怖症」です。trypano-は「穴を開ける」「穿刺する」という意味で、注射針による穿刺を恐れることからこの名前が付けられました。
 brontophobiaは「雷恐怖症」です。bronto-はギリシャ語で「雷鳴」を意味します。大型恐竜のBrontosaurus「ブロントサウルス」も、「歩くことで雷のような大きな音が響く」というイメージでこの名称が与えられました。
 「嘔吐」はemesisですので、emetophobiaは「嘔吐恐怖症」です。そしてcoulrophobiaは「ピエロ恐怖症」です。ホラー映画“IT”の影響もあり、この言葉は一般にも広く知られるようになりました。
 また最近ではnomophobiaという表現も生まれています。これはnomobile-phone phobiaを縮めて作られた新しい造語で、「スマートフォンを持っていない状態への不安」を意味します。スマホ中毒が一般化した現代らしい表現と言えるでしょう。
 さらに近年では、生成AIの急速な普及に伴い、AI phobiaやAI anxietyといった表現も目にするようになりました。「AIに仕事を奪われるのではないか」「AIをどこまで信用してよいのだろうか」といった社会的な不安を表す言葉として使われています。
 また現代社会を象徴する表現として、FOMO(「フォウモウ」のように発音)もよく知られています。これはfear of missing out「取り残されることへの不安」を意味します。SNSの普及に伴って広まった表現で、「自分だけが何かを逃しているのではないか」という不安から、頻繁にスマートフォンを確認したり、SNSを見続けたりする心理状態を表します。もちろんこれも正式な疾患名ではありませんが、現代人が抱える新しい不安を象徴する表現として定着しつつあります。
 このように恐れる対象は時代とともに変わっても、“I have a bad feeling about this.”と未来を予期して不安に思う人の心は昔も今も変わりません。これから先、新しい時代とともに、不安に関してどのような英語表現が生まれてくるのでしょう。そんなことを想像してみるのも、またおもしろいかもしれません。