ドクターサロン

池田

渡邊先生、上咽頭擦過療法、EATについての質問です。これは歴史的にはいつ頃から行われているものなのでしょうか。

渡邊

まず上咽頭擦過療法、EATと書いて、我々耳鼻科医は、Epipharyngeal Abrasive TherapyでEAT(イート)治療と呼んでいます。東京医科歯科大学の初代の耳鼻咽喉科の教授であった堀口申作先生が、日本耳鼻咽喉科学会の総会で宿題報告として、上咽頭に塩化亜鉛溶液を付けて綿棒で擦過することによって、様々な疾患に治療効果があったということを報告したのが、歴史的には最初だと思います。

池田

今、新型コロナウイルス感染症の後遺症にも使われていると聞いていますが、どのような疾患が対象となっているのでしょうか。

渡邊

まだまだ「この疾患にだけに特異的に効く」とはいわれていないのですが、先生がおっしゃったように、新型コロナウイルス感染症の後遺症、例えば頭が重たくなる、だるさがある、浮動感のようなめまいがあるものに治療効果があるのではないかということで、再び注目を浴びた治療法です。

最近では慢性の腎炎や関節炎、また我々は耳鼻咽喉科医なので上気道の感染症に対して有効ではないかと考えています。

池田

先生方のイメージとしては、首から上の感染症ということですね。

渡邊

そうですね。一方、内科医からも、EAT治療は腎炎に効くなど、ほかの学会発表、著作も実はたくさん出ています。

池田

IgA腎症ですと、咽頭の感染症も疑われているようですが、その辺りの感染症、プラス腎障害ということも考えられているのですね。

渡邊

そうです。IgA腎症は扁桃腺摘出術によって効果があるとされていますが、もともとは腎臓内科医の堀田修先生がEAT治療によってIgA腎症の改善が見られるという報告を数多くされています。

池田

その辺りの慢性炎症と腎障害の関係についても報告はあって、EAT治療が有効であるという論文もあるのですね。

渡邊

おっしゃるとおりです。

池田

やはり気になるところが実際の手技なのですが、具体的にどのような方法か教えていただけますか。

渡邊

まず用意するものは塩化亜鉛です。塩化亜鉛溶液は薬品ではないのでまず作らなくてはいけないのです。濃度も薄いものから濃いものまであるのですが、だいたい0.2~1%ぐらいに薄めて使うことが多いです。それを鼻孔、鼻の入り口から細い綿棒で鼻の奥、上咽頭はアデノイドの位置といえばわかるかもしれませんが、口蓋垂の裏側にカツンと当たるまで進めていきます。後ろにカツンと当たったら、綿棒で引っ?くように20回ほど、上下左右、ぐるぐると円を描くように擦過します。これが我々耳鼻科医が行うEAT 治療の基本になります。

その際に重要なことがあって、鼻から綿棒をブラインドで入れると、合併症として鼻血が出たり、違うところを傷つけたりする可能性があるので、ファイバースコープを鼻から入れて、それをガイドにして鼻の中に綿棒を入れ、さらに上咽頭、粘膜の部分を見ながら塩化亜鉛を浸した綿棒を擦過していくのが現在日常行われているEAT治療です。

池田

やはり気になるところは、なぜ効くのかですが、ある程度わかっているのでしょうか。

渡邊

これはまだきちんとした基礎的な実験はまだされておらず、いろいろな説があります。塩化亜塩というのは粘膜に対して収れん作用があります。その収れん作用が、慢性上咽頭炎がある場合には、粘膜を擦過すると出血するので一種の瀉血効果があるというのが一つです。それから10番目の脳神経の迷走神経の刺激効果がある。このことによって、瀉血による免疫の復活作用と、自律神経を整えるのではないかという機序が、今は考えられています。

池田

もう一つは、どのように効果の判定を行うかということです。

渡邊

先ほどファイバースコープでガイドをしながら綿棒を入れて擦過するという話をしましたが、ファイバースコープを入れることによって上咽頭の粘膜の形状、もしくは色ですね、色彩、出血の有無がわかります。炎症の強い粘膜が例えばゴツゴツしていると、これは石を並べたように見えるので、敷石状の変化という表現を使いますし、擦過したときに炎症が強いと出血量が多くなります。その色彩も、真っ赤なものであるか、正常のいわゆる肌色の粘膜のものか。粘膜の正常、ゴツゴツしたものがツルッとする。それから、塩化亜鉛を浸した綿棒を入れると血が出ていたのが、出血量が減ってくる。あとは粘膜の色調です。真っ赤であったものが肌色に戻ってくる。この3つで、視診情報が主になりますが、それで効果の判定を行うとともに、本来困っておられる症状の痛みやだるさ、頭の痛みなどの自覚症状との軽減を見ながら判定していくのが現状だと思います。

池田

ということは、1回だけ行うということではないのですね。

渡邊

そうなんです。疾患の種類にもよるのですが、30回ぐらいはやったほうがいいといわれています。例えば新型コロナウイルス感染症の後遺症で、1回でやって即時的には良くなっても、もう少し積み重ねが必要で、30回ぐらいやったら効果が出てくるといわれています。

池田

その場合、スケジュールはどのようにされるのですか。

渡邊

EAT治療は、血が出てしまうこと、それと本治療を受けるとわかるのですが、僕自身もコロナではないものの、感染症になったときにEAT治療を受けました。粘膜を擦過されると非常に痛いです。こういう表現をするとびっくりされるかもしれませんが、鼻の奥を剣山で少しククッと引っ?き回されているような痛みが処置後に1~2時間続きます。そういったことを考えて、毎日だとやはり続かないと思うので、週に1度ぐらいの頻度で行うのがいいのではないかと思います。

池田

1~2時間痛みが続くということですので、患者さんのウイークリーのライフスタイルに合わせてということになるのでしょうか。

渡邊

そうですね。仕事から少しずれたような、週末などに行うのが非常に便利だと思いますが、そこは通っておられるクリニックの医師とご相談していただくのがよいと思います。

池田

非常に痛いというお話ですが、痛み以外に副作用はありますか。

渡邊

けっこう血が出ます。私自身もEAT治療を受けたときに鼻から血が出たり、口からの唾、痰に血が混じったりしました。見た目にインパクトがあるので、これは副作用の一つと考えていいと思います。

もう一つ重要なことが、迷走神経反射が起きることもあります。非常にまれですが血圧が一気に下がってしまい失神する人がいるので、注意が必要です。

池田

それは一過性のものですよね。

渡邊

一過性のものなので、血圧が下がって、脳貧血で倒れてしまったら足を上げていると改善します。EAT治療は見よう見まねでやってしまうと、患者さんが迷走神経反射で倒れる可能性もあります。

池田

では、手技を行うときのポジションというか、体勢も大切ということですね。

渡邊

はい、そのとおりです。

池田

30回ほど治療を続けるとおっしゃっていましたけれども、そういった手技後の出血、粘膜発赤などがだんだん軽減して無反応になってくるという考え方でよいでしょうか。

渡邊

そうです。最初にあった出血が処置を重ねるごとに、効果とともにだんだん減っていきます。ですので、そこをきちんと追っていただけたら、効果の判定ができると思います。

池田

粘膜の発赤もなくなってくるのですね。

渡邊

おっしゃるとおりです。粘膜の発赤がなくなると、これに合わせて炎症も減ってくるように理解しています。

池田

それを大きくまとめると、粘膜の正常化ということなのでしょうか。

渡邊

そうですね。

池田

スタートするときは赤い、いわゆるゴツゴツした粘膜だったものが、回数を重ねるにつれて、だんだんスムーズな正常色の粘膜に変わってくるということなのですね。

渡邊

そうですね。そこをゴールとして、頑張って治療しています。

池田

そういうふうに変わってくる方が多いと思われますが、どのくらいの方がそのような反応をするのでしょうか。反応されない患者さんもいらっしゃるのでしょうか。

渡邊

まず適応の問題があると思います。例えば、慢性の上咽頭炎ならば、ウイルスや細菌など何か感染症状が先行的にないと、やみくもにやっても効かないと思います。あるいは上気道炎で咳を伴う発熱があって、一般的に風邪であったということで、風邪は治ったけれども頭痛だけが残った、鼻声だけが治らない、咳だけが少し続く。そういう症状を訴える方が主な適応になって、それ以外の、いわゆる頭痛やメニエル氏病に関わるめまい症状には適応としては処置をしても有効ではないだろうというのが私の実感です。

池田

わかりました。経験的には行われているけれども、奏効機序も含めてまだ研究半ばとうかがいました。今後はどのような動きになっていくのでしょうか。

渡邊

現在、先ほどIgA腎症の話で触れましたが、堀田修先生をはじめ腎臓内科医を中心に日本病巣疾患研究会が立ち上がっています。そこで臨床的なデータを積み上げ、それをさらに大学の医師らで基礎的なデータも取っていこうという動きになっています。

池田

極めて臨床的なことから入っていって、できるだけ基礎データを取っていくということなのでしょうか。

渡邊

その積み重ねになります。

池田

でも、やはり我々医師は臨床的な反応から疑問を呈して、科学的に裏付けを取っていくという仕事が大切だと思いますので、今後もぜひ頑張っていただきたいと思います。どうもありがとうございました。