山内
まず先生、この症例を見てどうお考えになりますか。
菅野
私どものところには時々こういう方を紹介いただくのですが、赤血球数だけ観察すると基準値より多いので、赤血球増加症のような診断でいらっしゃる方もおられます。ヘモグロビン値がはっきり記載されていないのですが、小球性低色素性貧血の方で、前年のデータも同様だということなので、たぶん生まれつきこういう体質なのかなと思われます。
それから、鉄欠乏が否定されているかどうかですが、そうすると小球性低色素性貧血の鑑別診断というように話を進めていくべきかと思います。
山内
まずここで大事なポイントですが、先生方は赤血球の数よりはヘモグロビンに注目するのですか。
菅野
おっしゃるとおりです。ヘモグロビン濃度で貧血の有無を判断して、先生が先ほどおっしゃったように、赤血球恒数であるMCV、MCH、MCHCを見て、どのように鑑別していくかを頭の中で考えをめぐらせるのです。
山内
そうしますと、一般的にはこの後、鉄とフェリチンという、いつものパターンになりますが、この流れは問題ないということですね。
菅野
はい。
山内
それで以降の鑑別診断が始まると思いますが、まずこういうパターンの鉄欠乏性貧血もありうると考えてよいでしょうか。
菅野
鉄欠乏性貧血のいろいろな先行研究で、MCVが小さいといっても赤血球数が700万を超えていることから、まず鉄欠乏ではあり得ません。
山内
それは一つのポイントになるということですね。そうしますと、鉄やフェリチンを測ったうえで鑑別としてですが、ヘモグロビン異常としては具体的にはどういった病気が念頭に置かれるのでしょうか。
菅野
皆さん気になっていると思いますが、血液の専門医であれば、地中海性貧血という表現でいわれることもある、サラセミアの体質をお持ちではないかと考えます。
山内
頻度的には比較的多い症例なのでしょうか。
菅野
大事なポイントなのは、サラセミアは遺伝性、先天性の貧血です。ヘモグロビンを構成するサブユニットにはαグロビン、βグロビンの2つの種類がありますが、αグロビンの産生がうまくいかないαサラセミアの保因者は日本人にけっこういらして、αの方が2,000~2,500人に1人です。一方、βの方は600~1,000人に1人で、合わせると東京ドーム約5万人の観客の中に、小学校1クラスか2クラス分ぐらいの方はそういう体質を持っていることになります。
山内
何となく名前から地中海周辺で多いというイメージですが、決してそうではなかったのですね。
菅野
そういうことです。
山内
そうなりますと、専門医に紹介して、精査になるかと思いますが、日本人のαサラセミアの方は基本的にはあまり重症化しないとみてよいのですか。
菅野
そうですね。ちょっと専門的になりますが、体質は両親から受け継ぐわけです。どちらか片方の親御さんからそういう体質を受け継いだ方は、健診で「ちょっとこの赤血球恒数はおかしいぞ」と引っかかるぐらいで、そういう保因者状態であれば、ヘモグロビンレベルは10g/dL、11g/dLと保たれます。健診に行くたびに引っかかってしまいますが、実際には健康上は何も問題ないという状態が終生続くということで、ご安心いただけたらと思います。
山内
なるほど。「対応についてご教示ください」とのことですが、専門的な精査が終わって、大丈夫ですよと言いますか、それほど重症ではない場合には、年に1~2回のフォローアップだけで、その方の予後としても特段問題ないとみてよいですか。
菅野
おっしゃるとおりだと思います。追加させていただくと、もちろん専門施設に紹介いただいてもけっこうですが、血液一般検査くらいの情報で、医師がサラセミアの体質があるかどうかを鑑別するのにとても便利なインデックスがあります。Mentzer indexというアメリカの医師が見出したものですが、紹介いただいた方はMCVが59.1、赤血球数は738万で、Mentzer indexで計算すると8.0ぐらいです。
このMentzer indexが13未満の場合は、ほぼ間違いなくサラセミアの体質をお持ちであるということです。今後このような患者さんが来院した場合にはMentzer indexを計算なさってみるとよいかもしれません。
山内
それは非常に簡単かつストレートにわかるという優れた計算式ですね。
ちなみに、このようなケースですが、なぜ赤血球の数が増えるのか、これは代償性に増えていると考えてよいでしょうか。
菅野
おっしゃるとおりで、サラセミアの体質を持った方、一つのヘモグロビンの分子がαサブユニット2個、βサブユニット2個、ヘテロ四量体というかたちで酸素を持つヘモグロビンの分子になりますが、αとβのグロビン鎖のアンバランスは成熟赤血球だけが影響を受けるわけではなくて、骨髄で、成熟過程で赤芽球の細胞死につながることでもあり、一般的に無効造血と私たちは言っています。ですから、サラセミアというのは無効造血疾患の一つであって、骨髄での造血が盛んに行われなければならない、何とか増やそうというシグナルが生体内で駆け巡っている。先生が今ご指摘のところが非常に大事なのですが、赤血球数が増えるのです。ですから、鉄欠乏性貧血でMCVが小さくても、赤血球数が500万以上になることはまずないと知られているので、こういう方がいらっしゃって、700万を超える、そしてMentzer indexが8ぐらいであるというだけでも、おそらくサラセミアの体質ではないかということができると思います。
山内
最後に、一般論ですが、MCV、MCHCの値だけ見ますと、時々、赤血球数もヘモグロビンも正常なのに、これだけがわずかに異常、低いというのを健診などで見かけます。こういった例はどう考えたらよいでしょうか。
菅野
そういう方が全例そうだとは言いきれませんが、潜在性の鉄欠乏がある方がその中には一定数いると思います。
そのときに鉄欠乏があるかどうか、血清鉄、総鉄結合能(TIBC)、それからフェリチンの3つをきちんと測っていただくことが大事です。血清鉄だけだとそれがいえないので、血清鉄÷総鉄結合能╳100ということで、トランスフェリン飽和率といいますが、これがやや低く、あるいはフェリチンもやや低いという方で、先生が今おっしゃったようなヘモグロビンは大して下がっていないけれども、MCVもMCHも低いという方は、おそらく潜在性の鉄欠乏をお持ちの方が多いのではないかと思います。
山内
まだ深刻なレベルではないということなので、例えば生活指導で栄養指導をしていくということでしょうか。
菅野
おっしゃるとおりです。食生活をお聞きになって、野菜中心であまり肉も魚も口にされないといったことがあれば、多少、鉄欠乏も是正するような食事が必要だと思います。高齢の方はそれだけではなく、トランスフェリンが低い、低蛋白血症の中の貧血の方も同じような傾向で出てくることがありますので、食事指導、生活指導はとても大事なことだと思います。
山内
どうもありがとうございました。