池田
認知行動療法とは、いつ頃からある治療法でしょうか。
大野
1960年代の初頭にアーロン・ベックというアメリカの精神科医が提唱した対話を通した治療法で、認知という人の情報処理のプロセスに着目したアプローチです。最初はうつ病の治療で使われていましたが、エビデンスが蓄積されて不安症などいろいろな精神疾患のほか、最近では身体疾患に伴う精神的な苦痛などに対しても使われるようになっています。
池田
短時間でできるものがあるそうですが、本来はどのくらいの時間を費やしていたのでしょうか。
大野
認知行動療法の定型的なものは45~50分ぐらいで行うことが基本になっています。
ただ、現在の日本の診療体制で時間をかけるのは難しいので、忙しい外来でも短時間でできないかという趣旨での質問だと理解しました。
池田
診療報酬上は何分以上と決まっているのでしょうか。
大野
はい。認知行動療法の診療報酬は、対話という治療で付いた珍しいタイプのもので、2010年に30分以上で診療報酬が取れる仕組みになりました。しかし、1人に30分以上時間を使うのはなかなか難しいものの、通常の精神科の診療である通院外来精神療法などの診療報酬点数でいいので、認知行動療法の考え方を短時間で使いたいという質問だと思います。
池田
その考え方というのはどのようなものでしょうか。
大野
私たちはいろいろなものを体験するときにパッと判断をするのですが、人間はだいたい良くない可能性を考えて自身を守ろうとします。そして現実を見て少しずつその考えを調整しますが、うつ病など精神的に不調な状態にある方は考えを切り替えるのが難しいので、最初の考えにとらわれないように現実を見ることをお手伝いするというのが基本的な考え方です。
池田
もし30分以上の時間をかけるとすると、どのような感じの会話になるのでしょうか。
大野
最初に今の状況をお聞きして、どのようなことが問題になっているか、今回はこの話題について話そうと決めます。例えば職場や家庭での出来事について話し、最後にその話の全体をまとめて、「もう少しこういう考え方、こういう工夫ができそうですね」とお互いに話し合ったうえで「では次にお会いするまでに、ちょっとこの工夫を確かめてみてください」という感じで話をします。
池田
そして患者さんは職場、家庭で先生とお話しされたことを何とか実践しようとした後、うまくいったり、うまくいかなかったりしたことを次にお話しに来たとき、先生はどのような対処をされるのですか。
大野
次にいらっしゃったときには、「それはどうでしたか」とうかがって、いま先生がおっしゃったように、「ここがうまくいきませんでした」「ここがうまくいきました」、そして「ここでまた困りました」ということも含めて話し合いながらまた工夫をして、最後にまとめて確かめてもらい、問題に対処できるようになっていただきます。
なぜそういうことをするかというと、人によって失敗するパターンがほぼ決まっており、その失敗を見ながら修正する工夫をしていくと、いろいろなストレスを受ける状況に出会っても、うまく対処できるようになります。うまく対処ができると自信も出てくるし、気持ちも楽になる。それが治療効果にもなり、再発予防にもつながっていくという考えで行っています。
池田
「認知」と「行動」というのがありますが、認知というのは、患者さんがよく陥りやすいパターンを認識する、そういう意味なのでしょうか。
大野
そうです。パッとそういうふうに考えてしまう。人によっては、自分はだめな人間だと考える方もいれば、自分は人から受け入れられないなどと考える方もいる。そうすると、同じようなところでつまずきます。
だから、またつまずいたというところで、どうすればうまくいくだろうと考えていただき、それを工夫する力がついてくると、つまずかないで済むようになるものなのです。
池田
自分のパターンを認識するのが認知で、次にそれを克服する、あるいは違うパターンに持ってくるのが行動という理解でしょうか。
大野
まったくそのとおりです。行動をする中でまた新しい気づきが生まれてきます。これも認知ですが、「こうすればうまくいく」とわかれば、それをまたやっていき、「何かうまくいかないな」ということがあれば、それもまた一緒に工夫を考えていく。その繰り返しで、その人の力を伸ばしていくということです。
池田
その繰り返しですね。次に薬物療法との比較や併用効果についてはいかがでしょうか。
大野
精神的に不調なときは、なかなかご自身の力だけでそこから回復するのは難しいので、薬は非常に役に立ちます。一方、薬だけで改善したとしても、いろいろな対処法が身に付いていないと、ストレスの状況で再発が起こりやすいので、薬で気持ちを軽くするのと同時に、対処法も身に付けていただくと、その方は今の状態も良くなり、その後ストレスを感じてもうまく立ち直りながら生活をしていけるようになります。なので薬も認知行動療法どちらも大事だと考えています。
池田
薬物療法と認知行動療法は並行して行うのでしょうか。
大野
エビデンス上なかなか難しいのですが、本格的な認知行動療法と薬物療法は少し時期をずらして行ったほうがいい。どちらかを先に、どちらかを後にしたほうが、再発予防効果が高まるといわれています。
ただ、日本の場合にはなかなかその時間的余裕がないので、薬を使いながら一般の臨床の中、外来などで先ほどお話ししたような認知行動療法の考え方を使っていただければ患者さんの役に立つと思いますし、医師だけではなくて看護師や薬剤師、作業療法士(OT)、理学療法士(PT)の方にも使っていただくと、患者さんの支えになると思います。
池田
医療経済的にはいかがですか。
大野
それは私たちが日本で実施した研究で解析しているのですが、医療経済的には認知行動療法を使ったほうが役に立つ、いいという結果になっています。薬物療法の場合、薬をやめると再発する確率がけっこう高いため、基本的に飲み続けたほうがいいというのが原則です。
すると薬剤費が高く、ずっと飲み続けていると累積のお金がかかってきます。認知行動療法でうまく再発を予防できるようになると、その累積の部分がなくなるので、かなり早い時点で医療経済的に逆転が起きてくる。つまり、認知行動療法を使うと最初は時間がかかるのでマイナスの部分があるのですが、認知行動療法を使っているほうが結果的にはお金を使わなくて済むと考えることができます。
池田
いかに薬をやめるかということですね。
大野
はい。薬をやめてご自分のいい状態を維持できるか。そこに認知行動療法は役に立てると思っています。
池田
長い目で見ると、認知行動療法の経済的効果も大きいと思いますが、この療法をよく知らない方、あるいは経験したことのない方には難しいと思います。先生はよく講演をされていて、本も出版されるとうかがいましたが、どのような内容でしょうか。
大野
認知行動療法のきちんとしたやり方については、研修をしたり本を出したりしていますが、質問いただいた短い時間でこの考え方を、医師が外来で使ったり、薬剤師が薬を出すときにちょっと相談にのったり、いろいろなかたちで使えるようなエッセンスをまとめたものを出そうと思っています。
最近はいろいろな動画がネットに上がっています。「これについては、こういうものを見たらどうですか」というのもお伝えできると、面接の事例や有名な方の話が見られるので、紹介できるといいと思っています。
文字で読むだけではなかなかピンとこないので、動画を見るなど、百聞は一見に如かずのようなかたちの情報を提供できるといいと考えて作っています。
池田
慣れていない医師や薬剤師が戸惑うところは、患者さんへの声かけの時点ですよね。「いかがですか」といったことではなくて、適切な言葉から始められると、担当の医師、薬剤師もすごく心が和やかに対処できるのではないかと思います。
大野
まったくそのとおりだと思います。私は認知行動療法の研修を続けている中で、悪い面接例という動画も作っています。これはネットにも上げているのですが、嫌な医師を模した私が患者さんと面接している場面に、「これはこういうところに課題がありますね」という字幕を付けたりしています。本を読むだけではなく、見て、読んで学ぶということができるといいなと思っています。
私は動画サイトの「こころコンディショナー」というチャンネルで幾つか情報を発信しています。多くの方に登録していただいていて、ストレスを感じたときにどうするのか、人とどのようにコミュニケーションをとるのか、認知行動療法についてなどを各10分程度で解説しています。それなりに皆さんに見ていただいているので役に立っているのではないかなと思っています。
池田
動画サイトで先生のお名前を入れたらヒットするのでしょうか。
大野
「こころコンディショナー」と入れていただければヒットします。
池田
ありがとうございました。