日本語の「議論」という表現を聞くと、「相手を言い負かす」といったイメージを持たれる方も多いかもしれません。しかし英語のdiscussは、「離す・分ける」を意味するdis-と、「叩く・砕く」を意味するquatereに由来し、「細かく砕く」や「分解してよく見る」というニュアンスを持つ表現です。つまり英語のdiscussは、相手を打ち負かすことではなく、「複雑な事柄を細かく分析しながら検討する」という共同作業を意味する動詞なのです。
このdiscussという動詞を使う際に、日本人の多くがdiscuss aboutのようにaboutをつけてしまうのですが、discussは他動詞であり、discuss aboutは文法的に誤った表現になります。ですから“We discussed the treatment plan.”や“Let’s discuss your concerns.”のようにdiscuss+名詞の形で使います。ではなぜdiscuss aboutという誤った使われ方がされるのかというと、名詞であるdiscussionではdiscussion aboutという表現が使われるからだと思われます。これは「~という話題についての話し合い」という意味で、“a discussion about the new schedule”のように使われます。一方で「~という内容についての深い議論」という意味では、aboutではなくofを使ったdiscussion ofが適切な表現です。ですから薬剤の「作用機序」のように、内容そのものについて議論する場合には、aboutを使わずにofを使って、“a discussion of the mechanism of action”と表現するのです。
英語圏では、この「共同作業」であるdiscussionを行う際に、様々なunspoken rules「暗黙のマナー」やimplicit norms「暗示的な規範」が存在します。たとえ流暢な英語を話せたとしても、こういったunspoken rulesやimplicit normsから逸脱する行為は、軽蔑の対象となってしまいます。
Discussionの場面で最も重要視されるのが、“Listen respectfully.”という姿勢です。“Silence is part of the conversation.”と言われるように、国や文化を問わずactive listenerは高く評価されます。Stephen R. Covey著の世界的ベストセラーThe 7 Habits of Highly Effective People(邦題『7つの習慣』)でも、Habit 5として“Seek first to understand, then to be understood.”が紹介されています。これは「まずは相手の理解に徹し、その後で自分の伝えたいことを述べよ」という意味の習慣です。また学会などでは“Listen to understand, not to respond.”という表現も使われます。これは「反論するために聞くのではなく、相手を理解するために聞け」という意味で、反論が先行しがちな人の態度をいさめるためによく用いられています。
次に大切なのが、“Assume positive intent.”という考え方です。これは「相手が悪意で発言していると決めつけない」という意味です。同じような意味として“Be curious, not judgmental.”「相手を品定めする前に相手に好奇心を持とう」という表現もよく使われます。そして特に有名な表現が“Be critical of ideas, not people.”というものです。これは「発表者個人を攻撃するのではなく、方法論やデータ、解釈などのアイデアについて批判しよう」という意味で用いられます。また感情を抑えて“Disagree without being disagreeable.”「不機嫌にならずに異議を唱える」ことも求められますので、厳しいコメントをする際にも“I’m not entirely sure I agree with that interpretation, but your data are very interesting.”のような表現を使うことが望まれます。
会議の性質によっては、「会議の中で話されたことは口外してはならない」という“Respect confidentiality.”というルールがあります。これをユーモラスに表現したものとしてよく知られているのが、“What happens in Indiana stays in Indiana.”という表現です。この表現のオリジナルは、Las Vegasの有名なキャッチコピーである“What happens in Vegas stays in Vegas.”です。これは「ベガスでの羽目を外した出来事は外に持ち出さない」という観光キャンペーンの一環として生まれた表現なのですが、その後、「この場で語られたことをほかの場所で話さない」という意味で、華々しいVegasとは対照的なイメージを持つIndianaを使った“What happens in Indiana stays in Indiana.”が、「会議の中で話されたことは口外してはならない」というルールの象徴的な表現として普及しました。
医学系学会ではevidence-based discussionが求められます。ですから“Speak from evidence.”「根拠に基づいて話すこと」という姿勢が基本となります。これと同じ意味の表現として“Base your comments on data, not emotion.”というものがあります。これは「感情ではなく、データに基づいて話そう」という意味の表現です。また科学という営みは常に複雑性を含むものですので、「単純化せず複雑性を扱う姿勢」が高く評価されます。したがって“Assume complexity. Avoid simplifying others.”や“Slow down to go deep.”といった表現が使われるのです。
さらに“Make room for discomfort.”や“Expect and accept non-closure.”という姿勢もevidence-based discussionでは重要です。前者は「不快感も学びの一部である」ということを示し、後者は「結論が出ないまま終わる議論もある」という成熟した対話観に基づく表現です。医学研究では白黒つかない議題が数多く存在します。そのためnon-closure「未完結」を受け入れる態度は、科学者としての誠実さにもつながっていきます。
その一方で、医学系のdiscussionでは“Be concise.”と“Stay on topic; don't derail.”という姿勢も極めて重要です。そのため質問をする際に長い前置きや背景説明は避け、疑問点を短く、そして具体的に述べる必要があります。話が長くなりがちな人にとっては、特に意識してもらいたいマナーと言えます。
また、“Give credit.”「貢献を認める」という姿勢も欠かせません。質疑応答の場面で“Thank you for your presentation.”といった表現が必ず使われるのはこの原則があるためです。学会は批判の場であると同時に、共同体として知識を高めていくための場でもあります。「批判」が「攻撃」とならないようにするためにも、相手の貢献をまず認める文化が根付いているのです。
また少人数での議論を活発にするためには、「誰がどれくらい話すか」というバランスも重要になります。特に教育系のセッションなどでは“One mic.”や“Take space, make space.”といった表現がよく使われます。前者は「マイクは1つしかないので、誰かが発言している間は、ほかの人は発言を控えるようにしましょう」を、後者は「発言していない人にはもっと発言する機会を、話しすぎている人は一歩引いて発言する機会をほかの人に譲りましょう」という意味になります。同じようなものとして、“Step up, step back.”という表現もあります。これは「発言していない人は勇気を出して一歩前へ、そして話しすぎている人は一歩下がるようにしましょう」という意味の表現です。どれも議論の公平性を保つために重要なマナーと言えます。
自分の意見を述べる際には“Use ‘I’ statements.”が重要になります。自分の意見を述べる際には“I think…”のように、必ず主語をIにして、自分の視点として語ることが原則になります。本当は自分の意見なのに、それを一般論のように述べることをいさめるマナーと言えます。また“Speak from your experience, not assumptions.”という表現が示すように、経験に基づいて語る際には、相手も自分と同じように考えるだろうという思い込みを排除する姿勢を推奨するマナーです。
そして国際的な場で特に重視されるのが“Own your impact, not just your intention.”という考え方です。これは「自分の意図だけでなく、その発言が相手にどのように受け取られるかにも責任を持とう」という意味の表現です。「そんな意図ではなかった」と後で言い訳することがないように、発言の前にしっかりとその影響を考える必要があります。これは議論に参加する人々の文化的背景が多様な際には特に重要な姿勢と言えます。“Open your mind. Open your world.”という表現も、こういった文脈でよく強調されるマナーです。
また近年の教育現場の議論では“Call people in, not out.”という考え方も重要視されています。これは相手の誤りを公の場で攻撃するのではなく、「一緒に考えてみませんか」という姿勢で対話に巻き込む、包摂的な議論のスタイルを指します。また“No fixing unless asked.”という表現もよく紹介されます。これは相手が求めてもいないのに解決策を提示してしまうと、相手が圧迫的に感じることがあるからです。特に教育的な議論ではまず相手の文脈や意図を理解し、必要な状況においてだけ助言するという態度が重視されています。
最後に少しユニークな表現をご紹介しましょう。皆さんは“Don't yuck my yum.”という表現を聞いて、その意味がわかりますか? これは直訳すると「私のyum(好きなもの)をyuck(気持ち悪い)と言わないで」という意味になります。これはワークショップなどで「他者の大切にしている価値観を目の前で否定しないようにしましょう」と伝える際によく使われている表現です。多様な価値観が共存する学習環境においては、他者の“yum”を尊重する心理的安全性が重視されているのです。
このように英語圏の医学系学会や教育現場では、「何を話すか」と同じくらい、「どのように聞くか」や「どのような姿勢で話すか」も重視されています。英語のdiscussの語源が示すように、議論とは本来「相手を打ち負かす」行為ではなく、「複雑な事柄を細かく分析しながら検討する」という共同作業です。皆さんが国際学会や海外からの訪問者との会議などで議論に参加される際には、ぜひ今回紹介したマナーを思い出して、実践してみてくださいね。
このdiscussという動詞を使う際に、日本人の多くがdiscuss aboutのようにaboutをつけてしまうのですが、discussは他動詞であり、discuss aboutは文法的に誤った表現になります。ですから“We discussed the treatment plan.”や“Let’s discuss your concerns.”のようにdiscuss+名詞の形で使います。ではなぜdiscuss aboutという誤った使われ方がされるのかというと、名詞であるdiscussionではdiscussion aboutという表現が使われるからだと思われます。これは「~という話題についての話し合い」という意味で、“a discussion about the new schedule”のように使われます。一方で「~という内容についての深い議論」という意味では、aboutではなくofを使ったdiscussion ofが適切な表現です。ですから薬剤の「作用機序」のように、内容そのものについて議論する場合には、aboutを使わずにofを使って、“a discussion of the mechanism of action”と表現するのです。
英語圏では、この「共同作業」であるdiscussionを行う際に、様々なunspoken rules「暗黙のマナー」やimplicit norms「暗示的な規範」が存在します。たとえ流暢な英語を話せたとしても、こういったunspoken rulesやimplicit normsから逸脱する行為は、軽蔑の対象となってしまいます。
Discussionの場面で最も重要視されるのが、“Listen respectfully.”という姿勢です。“Silence is part of the conversation.”と言われるように、国や文化を問わずactive listenerは高く評価されます。Stephen R. Covey著の世界的ベストセラーThe 7 Habits of Highly Effective People(邦題『7つの習慣』)でも、Habit 5として“Seek first to understand, then to be understood.”が紹介されています。これは「まずは相手の理解に徹し、その後で自分の伝えたいことを述べよ」という意味の習慣です。また学会などでは“Listen to understand, not to respond.”という表現も使われます。これは「反論するために聞くのではなく、相手を理解するために聞け」という意味で、反論が先行しがちな人の態度をいさめるためによく用いられています。
次に大切なのが、“Assume positive intent.”という考え方です。これは「相手が悪意で発言していると決めつけない」という意味です。同じような意味として“Be curious, not judgmental.”「相手を品定めする前に相手に好奇心を持とう」という表現もよく使われます。そして特に有名な表現が“Be critical of ideas, not people.”というものです。これは「発表者個人を攻撃するのではなく、方法論やデータ、解釈などのアイデアについて批判しよう」という意味で用いられます。また感情を抑えて“Disagree without being disagreeable.”「不機嫌にならずに異議を唱える」ことも求められますので、厳しいコメントをする際にも“I’m not entirely sure I agree with that interpretation, but your data are very interesting.”のような表現を使うことが望まれます。
会議の性質によっては、「会議の中で話されたことは口外してはならない」という“Respect confidentiality.”というルールがあります。これをユーモラスに表現したものとしてよく知られているのが、“What happens in Indiana stays in Indiana.”という表現です。この表現のオリジナルは、Las Vegasの有名なキャッチコピーである“What happens in Vegas stays in Vegas.”です。これは「ベガスでの羽目を外した出来事は外に持ち出さない」という観光キャンペーンの一環として生まれた表現なのですが、その後、「この場で語られたことをほかの場所で話さない」という意味で、華々しいVegasとは対照的なイメージを持つIndianaを使った“What happens in Indiana stays in Indiana.”が、「会議の中で話されたことは口外してはならない」というルールの象徴的な表現として普及しました。
医学系学会ではevidence-based discussionが求められます。ですから“Speak from evidence.”「根拠に基づいて話すこと」という姿勢が基本となります。これと同じ意味の表現として“Base your comments on data, not emotion.”というものがあります。これは「感情ではなく、データに基づいて話そう」という意味の表現です。また科学という営みは常に複雑性を含むものですので、「単純化せず複雑性を扱う姿勢」が高く評価されます。したがって“Assume complexity. Avoid simplifying others.”や“Slow down to go deep.”といった表現が使われるのです。
さらに“Make room for discomfort.”や“Expect and accept non-closure.”という姿勢もevidence-based discussionでは重要です。前者は「不快感も学びの一部である」ということを示し、後者は「結論が出ないまま終わる議論もある」という成熟した対話観に基づく表現です。医学研究では白黒つかない議題が数多く存在します。そのためnon-closure「未完結」を受け入れる態度は、科学者としての誠実さにもつながっていきます。
その一方で、医学系のdiscussionでは“Be concise.”と“Stay on topic; don't derail.”という姿勢も極めて重要です。そのため質問をする際に長い前置きや背景説明は避け、疑問点を短く、そして具体的に述べる必要があります。話が長くなりがちな人にとっては、特に意識してもらいたいマナーと言えます。
また、“Give credit.”「貢献を認める」という姿勢も欠かせません。質疑応答の場面で“Thank you for your presentation.”といった表現が必ず使われるのはこの原則があるためです。学会は批判の場であると同時に、共同体として知識を高めていくための場でもあります。「批判」が「攻撃」とならないようにするためにも、相手の貢献をまず認める文化が根付いているのです。
また少人数での議論を活発にするためには、「誰がどれくらい話すか」というバランスも重要になります。特に教育系のセッションなどでは“One mic.”や“Take space, make space.”といった表現がよく使われます。前者は「マイクは1つしかないので、誰かが発言している間は、ほかの人は発言を控えるようにしましょう」を、後者は「発言していない人にはもっと発言する機会を、話しすぎている人は一歩引いて発言する機会をほかの人に譲りましょう」という意味になります。同じようなものとして、“Step up, step back.”という表現もあります。これは「発言していない人は勇気を出して一歩前へ、そして話しすぎている人は一歩下がるようにしましょう」という意味の表現です。どれも議論の公平性を保つために重要なマナーと言えます。
自分の意見を述べる際には“Use ‘I’ statements.”が重要になります。自分の意見を述べる際には“I think…”のように、必ず主語をIにして、自分の視点として語ることが原則になります。本当は自分の意見なのに、それを一般論のように述べることをいさめるマナーと言えます。また“Speak from your experience, not assumptions.”という表現が示すように、経験に基づいて語る際には、相手も自分と同じように考えるだろうという思い込みを排除する姿勢を推奨するマナーです。
そして国際的な場で特に重視されるのが“Own your impact, not just your intention.”という考え方です。これは「自分の意図だけでなく、その発言が相手にどのように受け取られるかにも責任を持とう」という意味の表現です。「そんな意図ではなかった」と後で言い訳することがないように、発言の前にしっかりとその影響を考える必要があります。これは議論に参加する人々の文化的背景が多様な際には特に重要な姿勢と言えます。“Open your mind. Open your world.”という表現も、こういった文脈でよく強調されるマナーです。
また近年の教育現場の議論では“Call people in, not out.”という考え方も重要視されています。これは相手の誤りを公の場で攻撃するのではなく、「一緒に考えてみませんか」という姿勢で対話に巻き込む、包摂的な議論のスタイルを指します。また“No fixing unless asked.”という表現もよく紹介されます。これは相手が求めてもいないのに解決策を提示してしまうと、相手が圧迫的に感じることがあるからです。特に教育的な議論ではまず相手の文脈や意図を理解し、必要な状況においてだけ助言するという態度が重視されています。
最後に少しユニークな表現をご紹介しましょう。皆さんは“Don't yuck my yum.”という表現を聞いて、その意味がわかりますか? これは直訳すると「私のyum(好きなもの)をyuck(気持ち悪い)と言わないで」という意味になります。これはワークショップなどで「他者の大切にしている価値観を目の前で否定しないようにしましょう」と伝える際によく使われている表現です。多様な価値観が共存する学習環境においては、他者の“yum”を尊重する心理的安全性が重視されているのです。
このように英語圏の医学系学会や教育現場では、「何を話すか」と同じくらい、「どのように聞くか」や「どのような姿勢で話すか」も重視されています。英語のdiscussの語源が示すように、議論とは本来「相手を打ち負かす」行為ではなく、「複雑な事柄を細かく分析しながら検討する」という共同作業です。皆さんが国際学会や海外からの訪問者との会議などで議論に参加される際には、ぜひ今回紹介したマナーを思い出して、実践してみてくださいね。