藤城
心房細動についてその概念の変遷から教えていただけますか。
山下
私が大学を卒業したのは1986年、昭和の終わりのほうですが、その頃、心房細動はまったく注目されない、ネグレクトされた疾患でした。リウマチ性の弁膜症に伴う心房細動がメインで、それ以外の心房細動は予後がいいということで、当時の『ハリソン』の内科学書にも、ジギタリスとアスピリンを投薬すれば事足れりとされてきた時代でした。しかし1990年代になって社会が高齢化すると同時にがぜん注目を浴びたのが、心房細動が脳卒中を5倍ぐらい増やすという知見でした。
なぜそのようなことが当時にわかったのかというと、1980年代までは平均寿命が短く、心房細動のある方も脳卒中や心不全を起こす前に、別の病気で亡くなっていたのです。ところが、公衆衛生あるいはほかの病気の治療が良くなって皆が長生きするようになると、脳卒中というかたちで私たちの目の前に現れた。だから1990年代に大きな変革を迎えて、まずアスピリンが反省されました。大規模臨床試験がなされて、教科書に載っていたアスピリンは実際やってみたらほとんど無効だったことで、当時、唯一の抗凝固薬であったワルファリンが7割も心房細動の脳卒中予防をすることが示されて普及が進みました。
このように、心房細動は脳卒中の原因疾患であることが1990年代にわかり、2000年代に抗凝固療法、ワルファリンの普及がなされたのですが、やはり使いづらい薬剤でなかなか普及せず、心原性脳卒中はまったく減らない。知識はあるけれども扱いにくさや出血への懸念から処方されないケースがあったのです。
2010年代になって、ワルファリンに代わる直接経口抗凝固薬が4種類出て、世の中は一変しました。心房細動の脳卒中予防が広く一般開業医にも行き渡り、心房細動患者さんの抗凝固薬の普及率は5割から8~9割に上昇し、現在では心房細動に起因する心原性脳卒中が激減しました。
概念自体は1990年以前の、ネグレクトされた疾患の時代から、1990年代、疾患としては認識されたけれど治療がうまくいかなくなった。それから2010年代から実際に治療が一般開業医にも行き渡ったということから、私が医師をやっている間に少なくとも3回の疾患概念の変化があったことになります。
藤城
心房細動に関する直接的な治療の変化はあるのでしょうか。
山下
まさしく今言った変革と同じように、時期を同じくして『ハリソン』に書かれていたジギタリスではまったくだめだということが知れ渡り、同じく1990年代に、心房細動を治そうとして多数の抗不整脈薬が開発されました。ところが2000年代になって、各社の抗不整脈薬の効果を予後という観点から無作為化比較試験をすると、有意差はないけれど投薬したほうがむしろ悪いということで、2000年代から2010年代に反省期を迎えました。
その頃に開発されつつあったのがカテーテルアブレーションという、カテーテルを用いた肺静脈隔離術で、心房細動の原因が初期は肺静脈にあることがわかり、そこを隔離しようというものが普及し始めたのが、ちょうど直接経口抗凝固薬が使われ始めた2010年ですね。それから2010年代から2020年代にかけて、およそ年間2~3割の割合でアブレーション件数が増加し、現在では年間10万件以上になっています。
心房細動に対しても直接的にカテーテルで治療できる現在は、完成期に入ったという状況です。
しかしDOACとカテーテルアブレーションは普及したけれども、経口抗凝固薬も投薬できないし、カテーテルアブレーションも高齢でできない方は、もう心原性脳卒中になるしかないということで治療から取り残されてしまったわけです。しかし、2020年辺りからWATCHMAN(ウォッチマン)デバイスというものが出ました。心房細動における心原性脳卒中の9割は左心耳が原因だとわかっていたので、左心耳を閉鎖するWATCHMANデバイスが開発され、使われるようになりました。したがって2020年以降は、抗凝固薬もできない、アブレーションもできない、自然のまま放っておくのかという患者さんに対しても、脳卒中だけはデバイスで予防できる時代になったのです。
藤城
今のお話をうかがいますと、2010年ごろに一つ大きな転機があったということですね。DOACおよびカテーテルアブレーションという技術革新があった。そして、2020年ごろにもう一つ大きな変化があって、左心耳の閉鎖術というものが行われて、残されていた高齢者、特に超高齢者に対する治療法も出てきたということですね。
あと、高齢者になると、心房細動の頻度が上がっていくことは知られていると思うのですが、80歳90歳になったら、心房細動にならないように予防する手立てがあったらいいと考えてしまいますが、何か知見はあるのでしょうか。
山下
難しい問題だと思いますが、心房細動は昔はコモンディジーズではなかったのですが、今はコモンディジーズの一つとして捉えられるようになりました。その中でわかったことが、心房細動の原因は遺伝的背景が半分で、高血圧などとよく似ており、両親が高血圧だった子どもは高血圧になりやすい。両親が心房細動だと、子どもは心房細動に2倍なりやすいという何とも動かしがたいものがあるのです。
残る5割を決めているのは高血圧です。高血圧を管理できれば、3割の心房細動は自然になくなっていくといわれていて、次に挙がるのが肥満です。これがだいたい10%程度であり、後天的な要因として、高血圧と肥満を自分で管理し、それらがないようにすれば4割は減ります。一般的にいわれている生活習慣病の教育と同じになりますが、60代70代の方にしっかり啓発しておくことが、80代90代の心房細動を予防する唯一の手だと思います。
現在の80歳90歳は高血圧や肥満の管理をしなかった生活習慣の方が多く、そういう方に「血圧管理をしっかりしましょう」とか、肥満の管理といってもなかなか難しい話です。脳卒中や心不全になるのを予防するという経過観察のために健康診断などを利用して、できるだけ早く発見できるようにするということにつきますが、現在、60歳70歳の方々は、今日明日からの生活が、80歳90歳の健康状態を決めていくという気持ちで、ご自身の生活と、患者さんや患者さん家族にも啓発していっていただければと思います。
藤城
私自身も最近おなかが出てきていますので、注意しないといけないです。将来的に心房細動になっても、様々な新たな治療法や、抗凝固療法の発達はあるのですが、そこに頼るのではなく、ならないように注意していくのが非常に重要なのかと思います。
心房細動について、昭和の時代から令和にかけての概念の変遷、そして治療法の変化について教えていただき、ありがとうございました。