藤城
まず、昭和から令和にかけての胃食道逆流症の概念の変化を教えていただけますか。
三輪
私は1982年の卒業ですが、その頃は胃癌、胃潰瘍、十二指腸潰瘍といった病気に焦点が当たっていて、逆流性食道炎は授業でもほとんど問題にされなかったような病気でした。
そのときはとにかく癌を見つけるのが医学だ、消化器病学だということから、レントゲンあるいは内視鏡で癌や潰瘍を見つけようとしていました。潰瘍の研究をする人たちはなぜ潰瘍ができるのか喧々囂々していました。そして、小さな癌を見つけることに先を競っていた時代だったので、逆流性食道炎は昭和には、ほぼないに等しかったのです。
ただ、海外の学会に行くと逆流性食道炎のセッションがあったので、何でこんな病気を扱うのだろうなと思ったのは覚えています。当時はピロリ菌がようやく見つかるかどうかの頃でしたが、1980年ごろにH2ブロッカーが導入され、それからやっと薬物治療が確立されて、潰瘍の手術が減ってきたところでした。
逆流性食道炎が増え出したというのは、1960~70年ぐらいに日本人の栄養状況が非常に良くなってきたことと、衛生状態が良くなってピロリ菌が少しずつ減ってきたことから、日本人の酸の分泌が食事の変化とともに増えたからです。それで1990年ぐらいを境に、逆流性食道炎がちらほら報告されてきました。
その頃、十二指腸潰瘍、胃潰瘍にH2ブロッカーがよく効くので、逆流性食道炎にも絶対効くだろうと思っていました。しかし、実は逆流性食道炎はpH4以上に胃酸を抑えないと、つまりpH4以上にpHを上げないと逆流した胃液の中では、ペプシノーゲンがペプシンに変換されてかなり凶暴な液体となるので、粘膜障害が強くなるのです。ということでH2ブロッカーを投与してもpHが3ぐらいまでしか上がらず、まったく無力でした。そのときにちょうどPPIができてきて、これは効くということで、少しずつ広まってきた。薬の歴史と日本における逆流性食道炎の広がりはパラレルになっていると思います。
藤城
昔は胃癌だったり、十二指腸潰瘍、胃潰瘍が大きな問題だったのが、それが克服されてくるとともに、また新しい薬が出てきて逆流性食道炎が注目を集めるようになった。それで今のように逆流性食道炎といえば、もしくは胃食道逆流症といえば、皆さん知っているようなコモンディジーズになってきたのですね。
三輪
そうですね。昔はピロリ菌で胃炎があって、胃癌になって、あるいは胃潰瘍になって、十二指腸潰瘍になってということでしたが、だんだん胃がきれいになってきて、最近は胃潰瘍になる人もほとんどいないですよね。先生のところもそうかもしれませんが、胃潰瘍を診ることは少ないですね。
藤城
そうですね、だいぶ減ってきています。
三輪
胃潰瘍もだいぶ減ってきて、胃癌も減ってきた。逆に胃がきれいになって、胃酸がどんどん分泌できるようになってきたから、逆流性食道炎が増えてきたということだと思います。
藤城
逆流性食道炎の診断の中心は、内視鏡だと思いますが、診断における時代的変遷はあるのでしょうか。
三輪
昔は内視鏡で見て、食道がただれているというか、明らかな粘膜障害があるものだけを相手にして、診た病気を治せばいいだろうという考え方でした。ただ、胃食道逆流症という言葉が出てきた背景には、粘膜障害があるものを逆流性食道炎といっていた、つまり、逆流性食道炎は内視鏡的な診断名でしたが、内視鏡で診断できなくても、胸やけや逆流感で苦しんでいる人が多いという事実があります。逆にいうと、胃癌や十二指腸潰瘍、胃潰瘍が少なくなって、目で見える病気がみえなくなり、国民の関心がQOLに向いてきて、症状に対する考えがだいぶ注目されるようになってきました。見た目は何もないけれど、症状が非常につらい人がいることがわかってきました。その人たちも治療対象になったということが、だいぶ変わってきた証左ではないかと思います。
藤城
内視鏡的に粘膜障害がない方でも、症状があれば薬を処方するのですか。
三輪
そうですね。
藤城
昔は食道炎を治すことがゴールだったのかもしれないですが、そうではなくて、症状を取ることに変わってきたということでしょうか。
三輪
そうですね。症状を取ってQOLを高めることが最終的なゴールと考えてもいいと思います。
藤城
そして、令和に入っていろいろな治療が出てきているとうかがっていますが、その辺りで最近のトピックスはありますか。
三輪
1990~2020年ぐらいまでは、PPIが花盛りでした。世界でも薬のナンバーワンセールスがPPIになり、逆流性食道炎でなくてもPPIさえ使っていればいいのではないかという時代になってきた。とにかくPPIを使おうという流れになってきたことは、多くの先生方にも心当たりがあるかもしれません。
ただ、だいぶ日本人の胃袋も変わってきて、PPIでも治らない逆流性食道炎がちらほら出てきた。今、ロサンゼルス分類のCまたはDを重症型といっていますが、そういう患者さんの3割ぐらいは、PPIを使っても粘膜障害が治らないことがあるので、新しいカリウム拮抗型胃酸分泌抑制剤のP-CABと呼ばれるものができてきた。P-CAB自体の概念はわかっていたので、さまざまなメーカーや、さまざまな国の製薬会社が競って開発しています。ただ肝障害が強くて、なかなか臨床では使えなかった。あるいはP-CABを使っても、それほど強い酸抑制ができなかった。
ところが武田薬品工業が自社のライブラリーから取ってきたものが、驚くほど強くて、肝障害がなく、早く効くことから、現在はP-CABもけっこう使われるようになっています。当初は大丈夫かなと思ったのですが、10年経ってみてもほとんど大きな副作用はないし、比較的安全に使える薬ということで、少しずつ治療がPPIからP-CABに変わってきつつある状況ではないかと思います。
藤城
例えば外科的な治療や、内視鏡的な治療の最近の発展はあるのでしょうか。
三輪
日本ではまだまだ外科的治療や内視鏡的治療は少ないですが、今、アメリカを見ると、中学生からPPIを飲んでいますね。ドラッグストアやコンビニでもPPIを置いています。Over the counterで、多くの人が飲んでいます。日本では医療機関のみだったのですが、最近OTC薬として発売されるようになりました。
安全だとはいえ、20~80歳まで胃酸分泌を抑え続けて本当に大丈夫かという問いに関しては、誰も答えられないと思います。ということで、私は本当に若いうちから逆流性食道炎あるいは胃食道逆流症でつらい人は、はっきり言って外科的逆流防止術を行えばいいのではないかと考えています。外科の手術も今は侵襲なく簡単にできるので外科的逆流防止術に目を向ける時期に来ているのではないかと思います。
藤城
H2ブロッカー、PPI、P-CABと新しい薬が出てきて、長期の安全性は示されているけれども、さらに長期を考えたときには外科的治療や新しい内視鏡的な治療のようなものも、今後、見直される時代かもしれないということですね。
三輪
そうだと思います。
藤城
将来的なこの分野における発展はいかがでしょうか。今、シーズ的に育っているものなどはありますか。
三輪
シーズ的という意味では、たぶんP-CABがある程度完成形だと思います。ただ、今は薬に頼ってしまうことが多いですよね。先生方のところに患者さんが来られて、胸やけがあるならPPIを飲みましょうと。でも、本当に逆流自体を少なくするならば、生活習慣の改善や食事を見直すなどに、これからはもっと力を入れていく時代に来ているのではないかと思います。
ピロリ菌がまったくいない時代が近づいていますので、日本人の胃はどんどん元気になってくる。あとは社会が複雑化してストレスが増えてくるので、知覚もどんどん鋭くなってくるのです。ですから、昔に比べるとちょっとしたことですごく不調を感じる人が増えていると思います。そういう意味では、全体的に薬に頼るのではなくて、その人の生活習慣や生き方をトータルマネージして、胃食道逆流症に対応していくことが大事ではないかと思います。
藤城
胃食道逆流症について、時代的変遷、そして将来展望までのお話をわかりやすくしていただきました。ありがとうございました。