ドクターサロン

齊藤

慢性胃炎について、昭和から今日に至るまでの流れをうかがいます。

以前はおなかの症状がある場合に、しばしば慢性胃炎と言ってましたが、どうだったのでしょうか。

上村

昔から日本の保険診療で慢性胃炎といえば、上腹部の症状から診断されるもので、今では症状からいわれる症候性胃炎ですが、それはずっと昔から続いているものだと思います。それが次第に症状で診断される慢性胃炎と、内視鏡で診断されるような形態的な胃炎、さらに生検して組織学的に診断される慢性組織学的胃炎という3つに分類されてきました。

齊藤

一般の医師は症候性ということで診断していたのですね。

上村

そうですね。今でもそれがわかりやすいというか、慢性胃炎といえば症状からくるものだという認識がずっと続いていると思います。

齊藤

ヘリコバクター・ピロリ菌が発見されたことが、その辺に影響を与えているのでしょうか。

上村

1983年にピロリ菌が発見されて、Lancet誌に報告されました。ピロリ菌の感染によって生ずる組織学的胃炎が慢性胃炎として確立していったということだと思います。

齊藤

この発見にはおもしろい経緯があったとうかがっていますがどうなのでしょうか。

上村

1970年代末にオーストラリアの病理医であるロビン・ウォレン先生は胃粘膜にバクテリアがいるのではないかと疑っていたのですが、研修医のマーシャル先生が1982年にやってきて、彼が偶然、培養に成功しました。休暇を取っていたため通常よりずっと長い4日間も培養したことが幸いして、ピロリ菌の培養に成功したそうです。さらに、彼は培養液を飲んで、急性胃炎になったのです。彼自身の体でピロリ菌が胃の中で炎症を起こすことを証明したということで、おもしろいエピソードとなったのです。

齊藤

その論文が出て、専門医の反応はどうだったのでしょうか。

上村

最初はピロリ菌が胃潰瘍や十二指腸潰瘍さらに胃がんと関係があるとはまったく信じていませんでした。私は広島大学の第一内科出身ですが、潰瘍に関しては胃酸分泌が最も影響すると教わっていました。

私は1987~89年にかけてアメリカに留学していましたが、向こうの医師に、当時の名称であるカンピロバクターを「知っているか」と聞かれて、まったく知らないと答えたのを記憶しています。

齊藤

先生はさらにどういった研究を続けていったのでしょうか。

上村

留学から帰って、1989年に呉共済病院に赴任したのですが、当時、大学病院には胃癌の患者さんばかりで、消化性潰瘍の患者さんがまったく来ませんでした。「呉共済病院は潰瘍の患者さんが多いので、そこで調べてくれないか」ということで、いろいろな検査をして臨床研究を始めたのです。

齊藤

どのようなかたちで行われたのでしょうか。

上村

今では常識になっていますが、「正常な胃」に関して、当時は胃底腺ポリープを有する胃は、胃酸分泌もガストリン値もすべてが正常であることが広島大学ではわかっていました。十二指腸潰瘍は胃酸分泌が多い高酸の胃である。一方、日本人に多い分化型胃癌は非常に酸が低いという特徴を持っていました。この3つを分類することが可能かどうかを調べるためにピロリ菌の感染動態の検討を始めました。そうすると、はっきり3つを分けることができたのです。胃底腺ポリープではピロリ感染はまったく陰性であり、十二指腸潰瘍は強陽性でした。一方、分化型胃癌は弱陽性というか、ピロリ菌が少ない状態になっていることがわかったのです。今では到底できないことですが、内視鏡を行う患者さんにはすべて口頭同意で生検をして、血液を採取し、ピロリ菌の有無も調べて定期的に経過観察させていただきました。

齊藤

先生は胃癌との関係を追求されたのですね。

上村

そうですね。胃癌に関する発見は偶然でした。私ども消化器内科医は、内視鏡治療ができる早い段階の胃癌を見つけるのが一番重要だと思っていました。ただ、早期胃癌で見つかった人に内視鏡治療を行った後、また癌ができてくるのです。その頃、胃潰瘍の方に除菌してみると、胃の中がとてもきれいになることを知り、除菌すると胃癌を早く見つけることができるのではないかと思って、早期胃癌の内視鏡治療後にピロリ菌の除菌治療を行ってみました。そうすると、除菌治療を行っていない人からは胃癌が出てくるけれども、除菌治療を行っていると癌が出てきにくいことが偶然わかったという研究でした。

もう一つの研究は、ピロリ菌が完全に陰性の人と、少しでも陽性の人とを分けて、10年間内視鏡でフォローしたコホート研究です。ピロリ菌陰性の280人からは一人も胃癌は出てこなかったのに対して、陽性の方からは10年間で5%の方に胃癌が出てきました。これは2001年に『The New England Journal of Medicine』に報告しました。

齊藤

ピロリ菌の炎症作用がかかわっていたということでしょうか。

上村

今ではピロリ菌が惹起する炎症によって遺伝子の変異が起こることがわかっています。したがって、ピロリ菌にまったく感染していない人は胃粘膜に炎症がなく、遺伝子変異が重積しにくいことから、ピロリ菌に未感染、生まれつき陰性の方は、ほとんど胃癌ができません。突然変異で胃癌ができても、粘膜下層以深への浸潤や進行癌にはならないということがわかってきています。

齊藤

胃炎と癌とのつながりもあるということですが、元に戻り、症候性胃炎で特段の異常がない場合、今は別の言い方になっているのですね。

上村

欧米では慢性胃炎といえば組織学的胃炎と定義されています。症候性胃炎をどのように扱っているかというと、昔はnon-ulcer dyspepsia、非潰瘍性の症状があるもの。それから1990年にシドニー分類という胃炎分類で組織学的胃炎が確立したのですが、それ以降、症候性胃炎はfunctional dyspepsia、機能性ディスペプシアと呼称されるようになっています。

日本では2013年になってやっと保険診療上「機能性ディスペプシア」という病名が承認されました。しかし、皆さん「慢性胃炎」になじみがあるから、患者さんにも慢性胃炎というと、そうですねと納得してくださるので、まだまだ慢性胃炎という言葉は生き残っていると思います。

齊藤

機能性ディスペプシアには薬があるのですね。

上村

はい。2013年に初めてアコチアミドという薬の臨床治験を行うときに、慢性胃炎ではなくて機能性ディスペプシアという病名で臨床治験を行いました。それでプラセボに対して有用性が高いということで、初めてこの薬と一緒に「機能性ディスペプシア」という保険病名が確立したのです。

しかし、一般の診療現場でまだ十分に認知されていないようです。この病名をつけてアコチアミドを処方する過程が非常に複雑で、診断するために内視鏡を行わなければいけないのです。慢性胃炎の症状に通常は内視鏡をやらないですよね。学問と一般臨床に乖離が出ているひとつの例だと思います。

齊藤

慢性胃炎ということで、ピロリ菌の話もたいへん興味深くうかがいました。ありがとうございました。