大西
慢性膵炎というテーマでうかがいたいと思います。
慢性膵炎の現在の状況ですが、以前と比べてだいぶ病態や状況が様変わりしてきているのでしょうか。
下瀬川
慢性膵炎に関する疾患概念は大きく変わっています。我々学生の頃は慢性膵炎というと、膵石症とイコールで、膵臓が異常に硬くなって、膵実質と呼ばれる部分が荒廃し、外分泌不全や内分泌不全を起こして、膵管が拡張して中に石が詰まっている。そういったものが慢性膵炎という概念で捉えられていたと思いますが、今から10年ほど前にこの疾患概念が大きく変わりました。これは慢性膵炎が起こる機序がだいぶわかってきて、機序を含めた概念に変えようということで、ピッツバーグ大学のDavid Whitcomb先生という有名な医師がいるのですが、私も参加して、この疾患概念を作りました。それによると、慢性膵炎というのはもともと遺伝的な素因や環境因子など危険因子を持った人が、その方の膵臓にいろいろな障害やストレスが加わると、持続的な反応を起こして、線維化や炎症が生じる特殊な状況、すなわち病的な線維化症候群という捉え方をするようになっています。したがって、よりダイナミックに臨床経過を捉え、発症していない前の危険因子を持つだけの状態から、急性膵炎で発症して、それを繰り返して次第に形態学的に変化が起こり、早期慢性膵炎という新しい病態が生まれます。さらに進んでいくと、完成した慢性膵炎となり、最終的に終末像に至るという、5段階の臨床経過が疾患概念の中に盛り込まれるようになっています。
大西
以前はかなりお酒を召し上がる人に多いというイメージが強かったですけれども、様々な素因がわかってきたと考えてよいでしょうか。
下瀬川
飲酒が一番大きな原因であることは今も変わりありません。それも後天的な因子、大事な危険因子になるのですけれども、そのほかに喫煙や、先ほど言いましたような様々な膵炎の遺伝子がわかってきました。お酒を飲んでいても、みんながみんな慢性膵炎になるわけではないですが、そういった方々はもともと素因を持っている可能性があるということが次第にわかってきています。
大西
女性の慢性膵炎というのは、何か素因がわかってきたのでしょうか。
下瀬川
女性はアルコールの関与というのは男性に比べると非常に少なく、男性の10分の1ぐらいです。その代わり、特発性の慢性膵炎という、原因がこれまでわからなかった慢性膵炎が多く、そういった特発性の慢性膵炎の中には、膵臓を守るような遺伝子に異常がある方がけっこうな頻度で見つかるようになっています。
大西
慢性膵炎の病態というのは、日本と諸外国とでは少し異なるのでしょうか。あるいは、だいたい共通なのでしょうか。
下瀬川
基本的にはあまり変わらないです。ただ、海外の方はどうしても飲酒量が多く、肉食だったり、脂肪をたくさん取られますので、炎症が激しいですね。日本人に比べると、激しい臨床像を示す方が多いような印象を持っています。
大西
慢性膵炎の病態というのは基本的には炎症と線維化と考えて間違いないでしょうか。
下瀬川
それは間違いないと思います。遺伝性膵炎で膵炎を起こすような遺伝子異常を分析しますと、基本はプロテアーゼのトリプシンなのですね。トリプシンが過剰に活性化されている状態。トリプシンにはトリプシンを分解する自己分解という作用があり活性を制御します。さらにはトリプシンと結合してトリプシンの活性を抑える膵分泌性トリプシンインヒビターという因子が膵臓で作られる。そういった働きが悪くなって、攻撃因子であるトリプシンと防御因子とのバランスが崩れて、炎症が起こり持続する。さらには膵臓の中には星細胞という特殊な細胞があるのですね。肝臓の中にも伊東細胞という細胞がありますけれども、それと同じように線維化を促進したり、あるいは線維を分解したりして、線維形成を調節しているような特殊な細胞があります。慢性膵炎ではそういった細胞が活性化されて、細胞外基質がたくさん蓄積していく。そういったこともわかってきています。
大西
診断に関しては、何か新しい進歩のようなものがあるのでしょうか。
下瀬川
2009年に日本の慢性膵炎の臨床診断基準を改訂しましたけれども、その時に世界で初めて、早期慢性膵炎の診断基準を作りました。10年経って2019年にさらに改訂されて、早期慢性膵炎の診断がより感度、特異度が高くなるような修正がされて、現在使われています。
大西
治療に関しては何か最近の進歩はあるのでしょうか。
下瀬川
治療に関しても、いろいろな意味で進歩がみられます。例えば外分泌不全に関しては、高力価のパンクレリパーゼという製剤が使えるようになりました。膵外分泌不全の患者さんの栄養状態が保てるような高力価のリパーゼ製剤が保険適用となり、内服することによって、QOLの改善がみられています。
膵石に関しては内視鏡的治療が発達して、膵石を除去したり、ESWLという体外から衝撃波を加えて、膵石を分解した後に内視鏡的に膵管内を掃除したりといった、内視鏡や最新の技術を用いた治療が普通に行われるようになってきました。
大西
慢性膵炎の患者さんは、よく疼痛を訴えると思いますが、その辺りの対処はどのようにしたらよいでしょうか。
下瀬川
昔は利胆剤と呼ばれる鎮痙薬、例えばフロプロピオンやトレピブトンという薬を使っていました。現在でも慢性膵炎や膵炎に適応があるので、繰り返すような軽い痛みに対して一時的に使うのはいいと思います。
持続的な痛みに対しては、一般的には最初はNSAIDsを使う。それで効かない場合には、弱いオピオイドとしてトラマドールが有効であることがわかってきています。さらに、例えば内視鏡治療や外科治療を行っても疼痛が軽減しないような方には、最終的には強いオピオイドとしてオキシコドンを使うことで、かなり疼痛のコントロールはできるようになってきました。
大西
次に慢性膵炎と膵癌との関係をうかがいたいのですが、かなりのリスクにはなるのでしょうか。
下瀬川
炎症が膵臓に持続しますので、慢性膵炎の患者さんは一般の方に比べると膵癌の発症が13倍ぐらい高いと言われています。それから先ほど言いました遺伝性膵炎では、子どもの頃から膵炎を繰り返しますので、そういった方ですと50~60倍の膵癌の発症リスクがあるということで、やはり慢性膵炎と膵癌は密接な関係にあります。
大西
外来でも慎重に患者さんをフォローしていかなくてはいけないということですね。
下瀬川
そうですね。常に膵癌の発症の危険性を頭に入れて経過を診ていますが、慢性膵炎の患者さんは膵石があったり線維化が強くて、画像上、膵癌を早期に見つけるのは非常に難しいですね。そういった意味でも定期的にMRCPやCTを撮って、膵癌の合併がないかどうか、あるいは腫瘍マーカーを経時的に追っていくといった心掛けは必要だと思っています。
大西
腫瘤形成性膵炎に遭遇することがあるのですけれども、その対応が難しい場合もあります。どうしたらよいですか。
下瀬川
腫瘤形成性膵炎という概念は確かにあります。腫瘤を形成するような、特に膵頭部に石がたまっているような方というのは腫瘤状に見えます。膵癌との鑑別がなかなか難しくて、疑われたときには針生検、EUS-FNAといったもので細胞を採ってみて、癌がないかどうか精査してみる必要があります。場合によってはPETといった検査を加えて、癌の可能性を否定していく必要もあると思います。
大西
ありがとうございました。