ドクターサロン

 医療現場で日々診療にあたっていると、患者からいわゆる「クレーム」と呼ばれる発言に直面することがあります。日本語の「クレーム」という表現には、「苦情」や「文句」といった否定的で対立的なニュアンスが含まれているため、対応する側も身構えてしまいがちです。しかし一歩引いて考えてみると、その発言の背景には患者の不安や疑問、あるいは期待が存在していると言えます。
 英語圏の医療コミュニケーションでは、患者からのこのような発言は必ずしも医療者への「攻撃」として捉えられているわけではありません。むしろ、患者の思いや懸念が表出した重要な兆候として理解されます。つまり「クレーム」とは、問題そのものではなく、「患者との良好なコミュニケーションの入口」と捉えられています。
 ここでまず確認しておきたいのが、「クレーム」という日本語の英語表現です。日本語の影響でclaimという単語を思い浮かべる方も少なくありませんが、英語のclaimは「主張」や「保険請求」などを意味する語であり、日本語の「クレーム」とは大きく異なる意味を持ちます。医療現場で「苦情」に最も近い英語表現はcomplaintですが、これはやや強い不満や正式な申し立てを指します。そのため日常的な診療場面では、より柔らかい表現であるconcernissueといった表現が使われます。たとえばThe patient has some concerns.やThere seems to be an issue.といった表現は、患者の発言を否定的に扱うのではなく、「医療者と共有すべき課題」として捉えるニュアンスを含んでいます。このように考えると、日本語の「クレーム」に対応する表現として、an expression of concern患者の懸念の表現」というものも適切といえます。
 そしてこの考え方と密接に関係するのが、challengingという英語表現です。英語のchallengingは「困難な」と訳されることが多い語ですが、英語では単に「扱いにくい」という否定的な意味にとどまらず、「対応に工夫や配慮が求められる」「乗り越える価値のある難しさ」といった前向きなニュアンスも含んでいます。英語圏の医療現場でも、しばしばdifficult patientという言い方がなされますが、この表現は「患者そのものが問題である」という印象を与えかねません。そのため近年の医療コミュニケーション教育では、「難しいのは人ではなく状況である」という視点から、challenging encounterやchallenging situationといった表現が用いられるようになっています。
 このような視点に立つと、日本語の「クレーム」に相当する場面も、別の表現で捉え直すことができます。その一つがchallenging questionsという考え方です。患者からの厳しい問いや強い不満の表明は、一見すると対応に困るネガティブな場面と感じられるかもしれません。しかしそれらは決して「避けるべきもの」ではなく、患者の不安や価値観、あるいは切実なニーズが凝縮された「関係構築のチャンス」として理解することができます。ですから米国のpatient encounterを重視した医学教育においても、このようなchallenging questionsに適切に応答する能力は、重要な到達目標の一つとされているのです。
 ではこのようなchallenging questionsにどのように対応すればよいのでしょうか。私が臨床現場や教育の中で特に有用だと感じているのが、下記の5つのステップからなる対応の「」です。
 最初のステップとして重要なことは「相手に関心を示すこと」です。自分が不在の場面で患者がchallenging questionを発し、その後に自分が対応する場合には、まず“I understand there has been a concern. My name is Dr. Oshimi, and I'll be taking care of you.”のように述べて、自分が責任を持って対応する立場であることを明確に伝えましょう。英語を話す患者の場合、それまで十分に対応してもらえなかったという不満や不信感を抱いていることも少なくありません。そのため“Thank you for waiting. I'm here now, and I'd like to focus on your concerns.”“Let's make sure we address what matters most to you.”といった一言を添えることで、「今この場では私はあなたに集中しています」という姿勢を示すことができます。その上で>“Could you tell me more about your concern?”“Help me understand what worries you the most.”といった表現を用いて、相手の語りを丁寧に引き出していきましょう。ここで重要なのは、言葉だけでなく態度でも関心を示すことです。英語圏では“You have my full attention.”“I'm here to listen.”といった表現がよく使われますが、これは単なるフレーズではなく、視線や姿勢も含めたコミュニケーション全体で伝えられるべきメッセージといえます。
 2番目に「相手のクレームを言い換えて理解を示す」ことを行います。ここで重要なのは、事実関係よりも先に感情に対応することです。相手の言葉を繰り返し述べることで、患者には「自分の話が理解された」という安心感を与えることができますし、同時に医療者自身にとっても、状況を整理しながら対応を考える時間を作り出すことができます。
 例えば“I have been waiting here for 3 hours!”という「クレーム」に対しては、まず“You've been waiting here for three hours?”“So you've been waiting for quite a long time.”のように、相手の言葉をそのまま、あるいは少し言い換えて表現します。このような技法はechoingreflective listeningと呼ばれ、英語圏の医療コミュニケーションにおいて非常に多く使われています。
 そのうえで“I understand that you’re frustrated about the long wait, and I’m very sorry about that.”や“That sounds really frustrating. I’m sorry you had to wait so long.”と続けることで、感情に寄り添うことができます。このように“I understand...”“That sounds...”といった「」もこのような場面で頻用されるものであり、相手の感情を言語化する際に非常に有用です。このように、まず相手の言葉を反復し、次にその背後にある感情に言及するという順序を意識することで、その後の対話は格段にスムーズになります。
 3番目のステップは、「共感と安心を提供すること」です。英語ではreassureという動詞が「安心させる」という意味で使われますが、これを具体的に実践するための枠組みとして知られているのが“PEARLS”です。
 このPEARLSは、Partnership, Empathy, Apology, Respect, Legitimization, Supportの頭文字を取ったもので、それぞれが患者に安心感を与えるための具体的なコミュニケーション行動を示しています。
 まずPartnershipは「一緒に対応していく」という姿勢を示すものであり、“Let’s deal with this together.”や“We’ll figure this out together.”といった表現が代表的です。Empathyは「共感」を意味し、“This must be very upsetting.”や“This must be very distressing.”のように、患者の気持ちを言語化して寄り添います。Apologyは「共感的な謝意」を示すものであり、必ずしもこちら側の過失を認めるものではなく、“I’m sorry this happened to you.”といった表現が用いられます。
 さらにRespectは「患者への敬意」を示すものであり、“You obviously have worked hard on this.”や“You’ve been managing this very carefully.” といった言葉で患者の努力や姿勢を認める行為を指します。Legitimizationは「感情の正当化」を意味し、“Anyone would be upset by this situation.”や“It’s completely understandable to feel this way.”のように、患者の感じていることが当然であると伝えることを指します。そしてSupportは「支援の表明」であり、“I’ll be here when you need me.”や“We’re here to support you.”といった言葉で継続的な支えを示します。
 このようにPEARLSの各要素を意識して組み合わせることで、患者に心理的な安心を与えることが可能になります。例えば“Is this a heart attack? Am I going to die?”という強い不安を伴う問いに対しては、“I can see that you’re very worried. This must be frightening. Let’s go through your condition together.”のように応じることで、Empathy共感」とPartnership一緒に対応していく姿勢」を同時に示しながら安心感を提供することができます。
 4番目のステップは、「正直でありながらも配慮のある説明をする」ことです。ここで重要になるのがhonest but diplomaticという考え方です。honestは「正直に伝えること」、そしてdiplomaticは単に遠回しに言うことではなく、「双方にとって望ましい方向に導く伝え方」を意味します。
 例えば医療費に関する不安に対しては、“I understand that you are concerned about the cost, but your life will be in danger if you don’t have surgery.”と医学的な必要性を率直に伝えたうえで、“Let our social workers help you with the cost issues.”と支援の選択肢を提示することで、現実と配慮の両方を示すことができます。
 また診断に関する問いに対しては、不確実性を適切に伝えることが求められます。“Do you think I have colon cancer?”といった問いに対しては、“I cannot answer that question at this time. Let’s wait for the test results and discuss the issue when we have more information.”のように、現時点での限界を正直に伝えつつ、今後の見通しを示すことが重要です。ここでは“at this point”や“based on what we know so far”といった表現が頻用されます。
 さらにインターネット情報に基づく自己診断や特定の治療を要求されるといった場面では、いきなり否定するのではなく、“That’s an important concern.”や“I understand why you might think that.”といった一言を添えることで、対話のトーンが大きく変わります。そのうえで“However, antibiotics wouldn’t help in this situation.”や“Let me explain why this may be different.”と続けることで、相手の理解を促すことができます。
 最後の5番目のステップは、「患者にほかの質問がないかを確認すること」、すなわち「対話を開いたまま終える」ということです。英語ではAsk if your patient has more questionsと表現されますが、これは単なる形式的な確認ではなく、「あなたの声は大切にされています」というメッセージを伝える重要な一言です。
 例えば“Does that answer your question?”“Do you have any other questions?”といった表現は最も基本的なものですが、これに加えて“What other concerns do you have?”“Is there anything else you'd like to talk about?”“What questions do you still have?”といった言い方も、英語圏では非常によく用いられます。これらはいずれも、患者にさらなる発言の機会を与え、対話を継続する姿勢を示すものです。
 さらに非常に汎用性の高い表現として、“Does it make sense?”も覚えておくと便利です。これは簡潔でありながら、相手の理解を確認しつつ対話の余地を残すことができる表現であり、日常診療から教育の場面まで幅広く用いられています。
 また“Please feel free to ask any questions at any time.”“I'm here if anything else comes up.”といった一言を添えることで、診察室の外でも安心して相談できる関係性を築くことができます。このように、対話を「閉じる」のではなく「開いたままにする」ことで、患者は心理的な安心感を得ることができます。
 このように考えると、「クレーム」と呼ばれる場面は決して避けるべきものではなく、むしろ患者との信頼関係を深める機会であるといえます。患者の言葉をchallenging questionsとして受け止め、その背後にある思いに目を向けることができれば、クレームの場面は対立から協働へと変わっていきます。
 英語圏のprimary care doctor、すなわちfamily doctorやgeneral practitionerは、今回ご紹介したような形で患者と向き合い、こうしたchallenging questionsに応答するbedside mannerに長けています。これは特別な技術というよりも、日常診療の中で培われてきた基本的なコミュニケーションの姿勢と言えます。
 英語での対応に自信がない場合でも、今回ご紹介したような「」を意識することで、外国人の患者さんにも満足していただけるbedside mannerを提供することは十分に可能です。次に皆さんが外国人患者からの「クレーム」を受ける場面で、この視点を活かしていただければ幸いです。