ドクターサロン

 日本語では「塩コショウ」のことを「コショウ塩」とは言いません。同じように英語でもsalt and pepperという語順になり、pepper and saltとは言いません。物事をはっきりさせる場面でも、日本語では「黒白つける」ではなく「白黒つける」と言います。英語でも同様に、“Let’s make it clear in black and white.”のように日本語とは逆のblack and whiteという表現が使われます。
 このように「意味としてはどちらでも通じるはずなのに、なぜかこの順番でしか言わない」という2語の組み合わせのことを英語ではbinomial expressionsと呼びます。bi-は「2つ」を、nomenは「名詞」を意味するので、binomial expressionsは「2つの単語が決まった順序で並ぶ表現」を意味し、word pairsとも呼ばれます。このようなbinomial expressionsの中には日本人になじみのあるものから、意外と知られていないものもあります。そこで今回は医師にとって役に立つbinomial expressionsを幾つかご紹介したいと思います。
 まずは読者の皆さんにも比較的なじみのあるものから見ていきましょう。日本語と同じ語順のものとしてはmore or lessがあります。これは“I’m more or less done.”「だいたい終わりました」のように使われますが、日本語の「多かれ少なかれ」と同じ語順となっています。これに対して日本語とは語順が逆になっているbinomial expressionsも数多くあります。日本語では「行ったり来たり」と言いますが、英語では“We’ve been going back and forth on this.”のように日本語とは語順が変わります。日本語の「あちこち」も英語では語順が変わり、“There are problems here and there.”のようにhereが先になります。同じように「遅かれ早かれ」も、英語では“You’ll understand it sooner or later.”のようにsoonerが先に来ます。またbinomial expressionではあるものの、状況によっては逆にして使われるものもあり、“I go there now and then.”のようにnow and thenという語順なら「ときどき」というbinomial expressionになりますが、“Medicine has changed a lot between then and now.”のように語順が変わると、これはbinomial expressionではなく「当時と今」という文字どおりの意味になります。
 ではここから日本人には意外と知られていないものを見ていきましょう。日本語では「メリットとデメリット」という表現を使いますが、英語ではこれをmerits and demeritsとは言いません。英語では“Let’s go over the pros and cons.”のようにpros and consというbinomial expressionを使うのが一般的です。ただ医療の現場では“We need to weigh the risks and benefits.”のようにrisks and benefitsというbinomial expressionもよく使われます。
 医療現場での英語に目を向けると、典型的なbinomial expressionとしてsigns and symptomsがあります。現在の医療現場ではhistory takingでsymptoms症状」を尋ね、その後にphysical examinationでsigns兆候」を確認するのが一般的です。しかし歴史的には、客観的に観察できるsignsのほうが主観的なsymptomsよりも重視されていました。そのためsigns and symptomsという語順が定着したのです。診察の手順に従ってsymptoms and signsと表現してしまうと、その英語は不自然に聞こえてしまうので注意してください。
 患者さんとの会話でもbinomial expressionsはよく使われます。「うんざりしている」を意味するsick and tiredや、「無事に」を意味するsafe and soundなどは覚えておくと便利です。
 日本語では「浮き沈み」のことを「アップダウン」とも表現しますが、英語では“Recovery has its ups and downs.”のように複数形になるので注意してください。複数形と言えばaches and painsも複数形で、なおかつ必ずこの語順になります。ですから「どこか痛いところはありますか?」を英語で表現する場合、“Do you have any aches or pains?”のようになるのです。またpainを単数形にしたpain and discomfortもbinomial expressionですので、「痛みや不快感はありませんか?」を表す“Do you have any pain or discomfort?”は、頻出の定型表現として覚えておきましょう。
 「吐き気と嘔吐」はこの順序で現れるため、nausea and vomitingという語順は比較的納得しやすいでしょう。一方で、「悪寒と発熱」は通常chillsが先に現れるにもかかわらず、英語ではfever and chillsという語順で表現するのが自然です。ですから「悪寒や発熱はありませんか?」は“Do you have any fever or chills?”のように表現されることが多いのです。
 またbinomial expressionsには、音の響きが似たrhyming韻を踏む」表現も数多く存在します。その代表的な例として、sympathetic nervous system「交感神経系」の機能を表すfight or flight闘争か逃走」と、parasympathetic nervous system「副交感神経系」の機能を表すrest and digest休息と消化」があります。いずれも音の響きが似た2つの語を組み合わせた表現ですが、必ずこの語順で用いられる点が重要です。
 これ以外にもrestを使ったbinomial expressionsとしてはrest and recreationを覚えておきましょう。これは「休養とリフレッシュ」という意味のbinomial expressionで、R&Rとも表記されます。また皆さんもよく「安静にして水分を摂ってください」というアドバイスを患者さんにされると思いますが、そこでは“You just need rest and fluids.”のようにrest and fluidsというbinomial expressionが役に立ちます。このfluidsは水やお茶などの様々な飲み物を指すため、必ず複数形になります。
 ただし救急や集中治療室の場面で使われるfluids and electrolytesでは意味がやや異なります。ここでは単に水分というよりも、体液の補充やそのバランス全体を指す表現になり、“We need to correct fluids and electrolytes.”のように使われます。
 集中治療室で使われるbinomial expressionとしては、tubes and wiresというものも知っておくと便利です。これは点滴やドレーンなどの「」を意味するtubesと、モニター用のコードや電極などの「配線」を指すwiresを組み合わせた表現で、患者さんの体に付いている様々な医療機器をまとめて表す言い方です。例えば、“You’ll see a lot of tubes and wires.”のようにbinomial expressionとして使うだけでなく、“We can get the tubes out today and maybe keep the wires another day.”のように、それぞれを区別して説明する際にも用いられます。
 小児科の場面では、さらに特徴的なbinomial expressionsが多く使われます。「成長と発達」を意味するgrowth and developmentは、“We monitor your child’s growth and development.”のように、定期健康診断で頻出の表現です。
 乳幼児の状態を評価する際には、crying and fussingという表現もよく使われます。これは「泣いたりぐずったりすること」を意味し、“Has he been crying and fussing more than usual?”のように用いられます。また日常生活の基本的な状態を確認する際にはeating and sleepingも重要な表現であり、“How is her eating and sleeping?”のように使われます。発達や行動の文脈では、play and interactionという表現も便利です。“How is her play and interaction?”のように尋ねることで、社会性の発達を確認することができます。さらに小児に特有というわけではありませんが、up and aboutも覚えておくと便利です。“He should be up and about in a few days.”と言えば、それは「数日で元気に動き回れるようになります」という意味になり、回復の見通しを伝える際にとても便利な表現です。
 症状に関するbinomial expressionsとしては、まずcome and goを押さえておきましょう。このcomeは「出現する」、そしてgoは「消失する」という意味です。したがって、痛みが間欠的なものか持続的なものかを尋ねる場合には、“Does the pain come and go, or do you have it all the time?”と表現します。
 このcome and goとよく似たものとして、wax and waneという表現もあります。これは症状や状態が「良くなったり悪くなったりする」こと、すなわち増減を繰り返す様子を表します。このwax and waneは元々「月の満ち欠け」を意味する表現で、waxが「月が満ちていく=増える・強くなる」を意味し、waneが「月が欠けていく=減る・弱くなる」を意味しています。ただこのwax and waneはやや専門的な表現ですので、医療者同士が“The symptoms have been waxing and waning.”のように使うのが一般的です。
 もう一つ、症状に関するbinomial expressionとして絶対に覚えておきたいのがwear and tearという表現です。これは長年の使用によって徐々に組織が摩耗していく状態を表す表現で、特にosteoarthritis変形性関節症」の病態を説明する際には、ほぼ定型表現として“This is due to normal wear and tear of the joints.”のように使われます。
 次に医療者間でよく使われるbinomial expressionsを見ていきましょう。現病歴を報告する際によく使われるのが、onset and durationfrequency and severityというものです。必ずこの組み合わせと順序になるので気をつけてくださいね。
 患者の「経過観察」としては、monitoring and follow-upという表現がよく使われます。このbinomial expressionは日本人医師にあまりなじみがないかもしれませんが、“The patient requires close monitoring and follow-up.”のように表現できるようにしておきましょう。
 「診断と治療」を表す表現としては、diagnosis and managementという言い方が重要です。日本人の感覚としてはdiagnosis and treatmentと言いたくなるかもしれませんが、treatmentは治療そのものに限定されるのに対し、managementは治療方針や経過観察なども含むより広い概念として使われます。したがって、実際の臨床では“I will discuss the diagnosis and management.”のように使われるのです。
 検査や研究の文脈では、sensitivity and specificityという表現も欠かせません。これは「感度と特異度」を意味し、“We evaluated the sensitivity and specificity of the test.”のように使われます。この語順が逆になることはほとんどないため、必ずこの順序で使うようにしましょう。同様に治療の評価に関しては、efficacy and safety有効性と安全性」という表現が頻出です。“The study assessed the efficacy and safety of the new drug.”のように用いられ、こちらもこの順序で用いられるのが一般的です。
 英語圏の病院では定期的にM&M conferenceというものが開催されます。このM&Mとはmorbidity and mortalityの略で、M&M conferenceとは「合併症や死亡例を振り返り、医療の質改善につなげるカンファレンス」という意味になります。これはもともと“We aim to reduce morbidity and mortality.”「罹患率と死亡率を低下させることを目標とします」という考え方に基づく表現です。なお、語順はmorbidity and mortalityと決まっており、mortality and morbidityとは通常言いません。
 ここまで読まれてきた方の中には、「そんな細かいことまで覚えてられないよ!」と思っている方もいることでしょう。そんな方は「細かい事情まではすべて把握していない」という意味で“I don’t know all the ins and outs.”と表現してみましょう。このins and outsは、「物事の内側も外側も含めた細かい事情」という意味で使われるbinomial expressionです。同じように日々の細々とした用事については、“I have a few odds and ends to take care of.”と表現して嘆いてみましょう。これはodd半端なもの」やend切れ端」から成るbinomial expressionで、「こまごまとした雑多なもの」という意味を持ちます。そしてこれらも当然、この順序で使われます。
 医学の世界も突き詰めていけばこうしたins and outsに満ちていますし、日々の診療もまたodds and endsの積み重ねと言えるかもしれません。そうした一つひとつを楽しみながら、皆さんも英語表現の幅を広げていっていただければ幸いです。